4 日常は戻らない(4)
演劇×恋愛系ライトノベルです。
パクパクとケーキを口に運びながら、奈央子が筋の通った推理を披露する。が、問題はそこではない。
「それでね、ホントについ最近知ったことなんだけど……あの男のフルネーム、篠目貴博だった」
「はい?」
「つまりはササメのいわゆる御曹司で、肩書としては副社長」
彼女はキョトンとして瞬きを繰り返した後、女優らしいきれいなオーバーリアクションを見せた。
「え!?」
分かる、分かるよ。その気持ち。
「そんな出来過ぎた展開、あります?」
「正直、まだ半信半疑なんだけど」
「あるわけですね」
意外とすんなり頷かれた。
「そっかあ。今からでも玉の輿を狙えませんかね?」
「何言ってるの?」
「妄想する分には自由でしょう。深雪さんだって、そういうところから脚本を書いているんじゃないですか?」
「……確かに?」
とはいえ、そんなふうにうそぶける彼女が羨ましい。
「深雪さんは玉の輿、どう思います?」
「さあ?」
「真面目に聞いているんですけど」
「妄想だったんじゃないの?」
「私にとっては妄想ですけど」
キラキラした瞳がこちらをじっと見据えた。
「わざわざ私に話したってことは、最新情報があるんじゃないですか? もったいぶらないで教えてください」
今日の奈央子はなかなか鋭い。この勘の良さを初めから発揮できていれば、器量もよくてとっさの対応力も高いこの子は、普通に貴博さんに見初められていたんじゃないだろうか。
「だいぶ前に、お見合いを蹴ったって話してたじゃない?」
「なるほど、そこはリアルなんですね」
「うん。そういう縁談? が、結構舞い込むような御曹司らしいんだけど。その……結婚しないかって言われた」
またしても短い沈黙が流れる。
そして奈央子は、今日一番の叫び声をあげた。
「プロポーズじゃないですか!」
「いや、違うの。そういうことじゃなくて、お見合いを断るのにちょうどいい女だと思われたみたいで」
終演後に交わした会話をできるだけ正確に再現して聞かせると、しかし彼女は一層声を弾ませた。
「それを先に言ってくださいよ。めっちゃチャンスじゃないですか」
「チャンスってもう一回アタックするつもり? 婚約者の演技なら任せろとか?」
「じゃなくて、深雪さんですよ。今の話って、つまりはイケメン御曹司がパトロンになってくれるってことですよね? 乗らない手はないじゃないですか」
たとえお見合いを断る口実だったとしても、貴博さんはこの結婚がちゃんとウィンウィンになると判断した上で申し込んだのだと、奈央子は主張したいらしい。
「それに、他のお見合い相手よりも深雪さんを選んだことには、変わりないじゃないですか。本当に結婚してもいいと思っているくらいには、彼も深雪さんのことが好きですよ」
「演劇フリークのヤバい女だと思われているみたいだけど」
「別に演劇と恋愛は関係ないじゃないですか」
ついさっき同じようなことを言われた気がする。まるで正反対の意味で。
「でも、結婚だよ。急にそんなこと」
「だったら納得いくまで話し合えばいいじゃないですか。深雪さん、言葉を扱うことは得意でしょう」
奈央子はスッと右手を差し出した。
「スマホ、出してください」
「え?」
「貴博さんに連絡してみましょう」
「何で?」
反発するように聞き返してしまったが、彼女の意図は考えるまでもなかった。
「私から電話してあげましょうか?」
「……いい、自分でする」
美女からの圧に押されて、発信ボタンをタップする。スリーコールも鳴らないうちに電話がつながった。
『深雪?』
「もしもし、貴博さん」
で、どう切り出す?
「あの、先日話があるとおっしゃっていたじゃないですか」
『……ああ、でも無理に持ち掛けるような話じゃなかったから』
やはり結婚のことなのか。
「大丈夫です」
『え?』
「いえ、伺う分には大丈夫です。急に会社で話し掛けられたのがあれだっただけで」
目の前で奈央子が小さくガッツポーズを作る。更に口パクで「いけ!」と発破を掛けていた。
「だからもう一度、ゆっくり話せるところで会えませんか?」
『もちろん、深雪がいいなら』
時間と場所を告げると、貴博さんはすぐに電話を切った。相変わらず素っ気ない。
「……これ、プロポーズした相手にする態度かな?」
「それを確かめにいくんでしょう? 単純に忙しいタイミングで電話を取っただけかもしれませんし」
奈央子は大真面目に、こちらが気後れするくらい真剣に言い放った。
「深雪さん。目指せ玉の輿、目指せ専業脚本家ですよ!」
急展開と後輩のエールへの対応に困りながらも、最後に頬張ったピンクのマカロンは、とても甘くて美味しかった。