scene.8「コドモガエリ」
ゆっくりと目を開けて、ベッドから起き上がる。
体の感触を確かめるように、関節を動かす。
――特に、違和感は感じない。
眠る前と違っている事と言えば、体毛が綺麗になくなっていることと、体の大きさが大きく縮んでいることくらいだ。
「お早う――。どうやら、実験の第一段階は成功したようだな」
長身に白衣の男が現れ、そう言った。
俺はうなずき、そして言った。
「ああ、体調には、特に異常ない――」
声も高くなっている。甲高く、細い、声変わり前の特徴的な声だ。
「の、ようだな――。だが、結論は最終検査が済んでからだ」
と、博士は言った。
そして、最終検査が始まった。
――と、そういえば説明していなかった。
俺は今、目の前にいる博士の依頼を受けて、ある新薬の臨床試験の被検体をやっている。
元々この博士は俺の従兄弟にあたり、昔から度々実験に付き合わされているのだが、一度として完全に成功した試したない――。
つまりは、トンデモ博士だ。学会からは全く相手にもされていないし、彼を知る人からは、"変人ガルレオ"なんて呼ばれているらしい。
ちなみに、"ガルレオ"というのは、彼の本名が"軽間是男"であり、なおかつ、某俳優に似たムダに整った顔立ちをしていることからついた名前である。
オリジナルと違うところは、完璧な意味で"変人"ということだ。自分の研究以外は認めない。味覚も思考も異常にズレているし、後先なんて全く考えない。科学者のくせに論理など完全無視。信じているのは自分の理論のみだ。運動なんて面倒くさがって何もしないくせに、その辺の世界レベルのアスリートより高い運動能力をもち、どこまでも執拗に被検体を追いかける。女にも全く興味がないが、そのくせムダに整いまくった顔立ちと、モデル並の引き締まった長身痩躯のせいで、興味はなくても女にモテまくる。
全く持って、もったいないとしか言えないようなやつだ。
だから、当然友達なんてものもいない。俺がつき合っているのは、ガキの頃から一緒だったせいで、腐れ縁になってしまっているからだ。
と、話を元に戻そう――。
今回こいつが開発したのは、その名も"若返り薬"だ。
読んで字のごとく、飲めば若返る薬、というやつらしい。
無論、そんな、どこぞのマンガみたいな薬がホイホイできるわけないだろうが――。
ともかく、その臨床試験につきあわされている、ということだ。
で、まずは、基本的な身体測定からだ。
「身長――135cm。体重――31.5kg。実験前と比較して、身長マイナス40cm、体重マイナス24.5kg。ほぼ、想定通りだな」
「135cm、ってことは――、大体10歳くらいん時の身長だな」
「断定するのは、完全に検査が済んでからだ。次、いくぞ」
続いて、血液検査、細胞組織検査、体力測定、知能測定等がおこなわれる。
その結果は――。
「血液と細胞組織の検査では、血液年齢・細胞年齢、共に小学校中学年の平均値に相当する。運動能力についても、同様の数値だ。ただ、知能レベルに関しては実験前と変化していない。記憶に関しても、わずかに欠落はみられるが、ほぼ変化してないといえるレベルに留まっている」
「つまり、どういうことだよ」
「つまり――、論理的に判断して、君は20歳若返ったことになる」
なら、ややこしい御託を並べずにそう言えよ――。
「とにかく、実験は成功ってことだな?」
「ああ――」
「お前にしては珍しいな」
「何を言う。世間に認められた発明品の、何百倍――、いや何千倍の失敗作が存在していると思っている。それに比べれば、僕のこれまでの失敗等微々たるものだ」
こいつは全く――。
「とにかく、実験は成功したんだろ? じゃあ、さっさと俺を元に戻せ」
「――は?」
キョトンとした顔で、そいつは言った。
「いや、だから、実験が終わったんなら、俺を元の姿に戻せって。このままじゃ仕事にも行けないし、知り合いにしれたらエライ事だろうが」
だが、次の瞬間、そいつは信じられない事を口にした。
「僕が研究していたのは、"若返る薬"だ。それ以上でも以下でもない」
「だから?」
「だからもなにも、それだけだ」
「――まさか、戻せない、ってんじゃないだろうな」
ちょっと待て――!
「戻せないというより、戻す薬など存在しない。なぜなら、そんなものは研究していないからだ」
「じゃあ、効き目が切れるまでこのままってことか? いつ、切れるんだ、この薬の効き目は?」
そいつは、某ドラマの主人公よろしく、ハッハッハッ、と笑って、言った。
「分からない」
「はあ!?」
「そもそも、若返る事だけを目的に研究していたから、薬の持続時間なんて考えてない。というか、この薬のメカニズム自体、細胞の新陳代謝を逆行させて、肉体年齢を逆行させる仕組みだからな。一度逆行させた細胞は、その代謝と成長に任せるのが、もっとも有効な方法だと思う」
だから、いちいち言い方が回りくどい、って言ってるだろ――!
「お前の説明はいちいち分かりづらいわ。もっと簡単に説明しろ」
「だから、そのままだよ。もう一度成長して、元の年齢に戻るまで待て、ってことだ」
「アホか!」
俺は、思わずそうツッコんでしまった。
何が悲しゅうて、またガキからやり直さにゃならんのだ。
「じゃあ何か!? 俺にもう一度小学4年からやり直せ、ってことか!?」
「論理的に言って、そういうことになる。いいじゃないか。純真だった子供時代と、自由だった青春時代をもう一度やりなおせるんだ。昔できなかった事をすればいい」
「そういう問題じゃねえだろ!」
大体、身内や知りあいにどう説明しろってんだ!
こんな非現実的な事、どうやって信用させろってんだ!
「とにかく責任取れ!」
そいつは、肩をすくめた。
そして、デスクの引き出しから、黒光りする筒を取り出したのだった。
「おい――」
「心配するな。この銃に殺傷能力はない。この銃に装填されているのは、軽間式瞬間即効型冷凍麻酔弾だ。急所にさえ命中しなければ、瞬時に肉体は超睡眠状態――、一種の冬眠状態となる。この弾薬量なら、ちょうど20年は眠れるだろう。目覚める頃には、ちょうど元通りの年齢になっているはずだ。――まあ、時間も20年経過してしまっているがね」
「待て――」
「それでは20年後まで、ごきげんよう」
そいつは、なんのためらいもなく、それを俺に向けて発射した。
俺の意識は、一瞬のうちに遠のいていった。
そして――。
再びベッドの上で目覚めると、全く同じ姿のそいつが枕元にいた。
そして、頭をかきながら、言った。
「全く変化していない。まいった――。また、失敗のようだ」
<あとがき>
夢オチ的笑い話。w
元ネタは『コナン』のAPTX4869だったり、そうじゃなかったり。(笑
もちろん、ガルレオ君の元ネタはガリレ(ry
たまには、こんなギャグ話もいいかなあ、と思い、書いてみました。
次回は「コンニチワ」をお送りします☆