表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

scene.6「キモチ」

「いいかい? これは花だ。――さあ、言ってごらん」

「ハ、ナ――。花――」


 花瓶に活けられた一輪の花を眺め、ぎこちない口調で男の子がしゃべる。

 小柄な七、八歳くらいの男の子だ。ただ、普通の男の子と違うところがあるとすれば、彼が人間ではない、というところだ。


「それでは次だ。この花を見て、何を感じたかな?」


 男の子の目から光が放たれ、花瓶に活けられた花に照射される。

 少しの間の後、男の子はゆっくりと言った。


「学メイ、ロサ。和メイ、バラ。被シ植物モン、双子ヨウ植ブツ網、バラ亜モク、バラ目、バラ科、バラ属のショク物。色ソ・イ伝子分セキの結果、96パーセントの確率デ品シュはピース――」


「あー、もういい、もういいよケン」


 年老いた白衣の男は、そう言って男の子を制した。


「はぁ――、やはり上手くいかんのう……」

「博士、ボク、どこかデータを間違エテいましたカ?」


 博士、と呼ばれた男は首を振った。


「データは間違っていない。完璧だよ。――だが、そうじゃないんだ。人間はね、データを照合するよりも先に、綺麗だとか、美しいとか、そういった事を感じ、感情として表現するんだよ。それが、人間だ。――それと、私の事は"博士"ではなく、"おじいちゃん"と呼べばいい」

「オ、じいチャン――。おジイちゃん――。インプット、しましタ」

「それから、敬語も使わなくていい。人間の子供のように、普通に話しかければいいんだよ」

「ハイ、おジイちゃん」


 白衣の男は科学者である。名前を相馬そうまという。

 相馬はロボット工学の研究者で、長年人型ロボットの研究をしてきた。

 動力、関節、AI、あらゆる部分を研究し、研究に研究、改良に改良を重ね、ようやくひとつの結果に辿りついた。

 それが、開発コードK901-N――、通称・ケンである。

 ケンの外見は人間の男の子とほぼ変わらない。人間の骨格をほぼ完全に再現した人工骨格と、それを繋ぐ本物と同様の可動性を持つ人工関節。その外側を大量の情報を瞬時に送受信する事ができる人工筋肉で覆い、内側に動力回路や人工知能等の重要なパーツを封入してある。重力制御回路の開発成功によって、それらのパーツはどんな体勢、どんな動きをしても常に同じ位置に維持される。人工筋肉を覆う人工皮膚は、本物の皮膚に極限まで近づけた生体樹脂でできていて、質感も手触りも皮膚そのものだ。顔は相馬の一人息子の少年の頃の顔を元にしてあり、より精密な人工筋肉によって複雑な表情も瞬時に作る事ができる。

 ただ、ケンにはたったひとつだけ足りないものがあった――。

 相馬が今まで研究してきて、唯一どうしても開発できなかったもの――。それは、"感情"だった。

 ケンは、人間と全く同じ動き、表情、思考をする事はできても、感情を表現する事ができないのだった。

 相馬は、なんどもなんども改良を重ねたが、どうしてもケンに感情を持たせる事が出来なかった。


「今日はもう遅い――。続きはまた明日にしよう――」


 時計を見て、相馬はそう言った。


「ハイ、おジイちゃん」


 返事をして深くお辞儀すると、ケンは部屋の隅に取り付けられたボックスに収まった。

 ケン専用のベッド――、いわゆるバッテリーチャージャーだ。

 このボックス内で八時間チャージすることによって、ケンは一日活動が可能になる。

 ケンがボックスに入り、目を閉じたのを確認すると、相馬は明かりを消し、部屋を後にしたのだった――。



 なぜだ――。

 なぜ上手くいかないんだ――!

 相馬は、モニターの前で唸っていた。

 モニターには、複雑な回路図が映し出されている。ケンの中枢部分の回路図面だ。

 "感情表現"――、それが再現できなければ、いくら外見が人間そっくりでも、ケンは完全な人型ロボットにはなれない。

 だが、相馬にはどうすれば感情を表現させる事ができるのか、どうしても分からなかった。

 今まで、考えうる限りの研究をし、改良をおこなってきた。しかし、どれも本物の"感情"には程遠いものだった。

 モニター上で、様々な回路改良のシミュレーションを施してみる。

 あっちの回路とこっちの回路を入れ替えてみたり、処理ルーチンを変更してみたり――。

 しかし、真新しい発見も、ひらめきも起こる事はなかった。

 相馬は、ため息をついた。

 人間の感情というのは、最も複雑で、最も難解な、人類最後の神秘であり謎だ――。

 その領域を創造する事など、最早神にしか不可能だというのか――。

 時計の針が深夜を指していた――。

 ため息と共に、モニターの電源を落とす。

 ベッドに向かおうと立ち上がったその時、異変は起こった。

 強烈な眩暈と頭痛が相馬を襲ったのだ。たちまち体の力が抜け、その場に倒れこんでしまう。

 指先が震え、声を上げようとしても口がパクパク動くだけで声にならない。

 体が拘束されたかのように硬直していく。視界がかすみ、ゆっくりと消え去っていく。

 最後に二度、唇を動かした後、相馬の体はピクリとも動かなくなったのだった――。



 ケンの目が、パッチリと開いた。

 通常、一度ボックスに入ると、チャージが完了するまでケンの電源はセーフモードになる。――つまりは、人間でいう眠っている状態となる。

 だがこの日は、どういうわけかチャージ中にもかかわらず電源がオンになった。

 ケンは、すぐ様自分の体内をスキャンする。


「システム・オールグリーン。中枢カイロ、異常ナシ。動力カイロ、異常ナシ――」


 体に特にエラーやバグはない――。

 しかし、ひょっとしたら自己スキャンできない部分に異常があるのかもしれない。

 ケンは、チャージ用のプラグを外すと、ボックスの外へ出た。

 一度あたりを見回すと、ゆっくりと部屋を出ていく。

 明かりが消えていて真っ暗だが、ケンのアイセンサーには暗視システムも内蔵されているので、全く不自由はない。

 暗闇の中を進んでいく。と、一箇所だけ明かりが灯っているのに気がついた。

 ケンは明かりの方へと進んでいった。


「博士、スキャン不能なエラーが発生シタようなのデスが――」


 言いながら、部屋に入る。

 明かりのついた部屋の中で、相馬が倒れている。

 ケンは、ゆっくり博士の方へ近づいていく。


「博士、眠っテしまわレタのデスか?」


 声をかけるが、相馬は返事をしない。動くこともない。


「博士、こんな場所デ寝てハ、風邪ヲひきマス」


 そう言って、ケンは相馬をひょいと持ち上げた。

 見た目は幼い子供でも、人工筋肉によって、ケンには人間よりはるかに強い力がある。

 ケンは相馬を抱え、ベッドルームまで運んだ。

 この時点では、ケンはまだ気づかなかった。

 最初に相馬を視認した時、彼が眠っているものとケンのメモリーが判断したため、スキャンをおこなわなかった。さらにケンの人工皮膚内のセンサーは、重さや固さ、物の表面の温度を識別する事はできても、体温のような、ものの内側の温度は識別・感知する事ができない。

 ベッドに相馬を寝かせると、ケンは部屋を後にした。



 日が明けて、朝になった。

 ケンは、再び相馬のベッドルームに向かった。

 結局、昨日あれからケンはボックスに戻らず、一夜を明かしていた。


「おはヨウございマス、博士」


 呼びかけたが、返事はない。

 相馬は、微動だにせず眠り続けている。

 いつもなら、どんなに遅くなっても朝は決まった時間に起きるのが相馬の習慣だ。

 ケンは、首を傾げた。


「博士、具合ガ悪いデスか?」


 メモリーに蓄積された情報を分析すれば、76パーセントの確率で体調を悪くしている――、ケンの人工頭脳はそう判断した。

 ケンは研究室に戻ると、調理マシンのスイッチを入れた。

 これも、相馬の開発した機械のひとつである。

 古今東西、あらゆる料理のレシピがメモリーされていて、ボタン操作だけでどんな料理も作る事ができる。材料や調味料は全て、水とセットされた様々な元素を合成して、人工的に作り出す。

 この研究所にある機械や設備のデータや操作方法は、全てケンの人工頭脳にもメモリーされているので、どの機械も操作する事ができる。

 キーボードを操作すると、あっという間にお粥が出来あがった。相馬の好きな、梅粥だ。

 それをお盆に乗せ、相馬の部屋まで運ぶ。


「食事ヲ持ってキましタ。食べテ、くだサイ」


 そう言って、ベッドの脇のテーブルに、それを置いた。

 眠っている相馬にお辞儀をすると、ケンは部屋の外に出た。

 相馬が眠っている間にも、たくさんデータを取りこみ、たくさん勉強しなければならない――。

 数時間してケンは、再び相馬の部屋に向かった。

 相馬は相変わらず眠っている。テーブルに置いたお粥にも、手はつけられていない。


「博士、なゼ、起きナいですカ?」


 声をかけたが、返事はない。

 急に、ケンの中の回路が奇妙な違和感を感知した。回路が小刻みに震えるような、圧力をかけられたような状態になる。


「回路ニ異常ハッセイ――? フメイ――。スキャン開始――」


 体内スキャンを開始する。しかし、エラーは発見されなかった。


「フメイ――、フメイ――」


 わけが分からず、ケンは首を振った。


「博士、起きてくだサイ。回路に異常ガ発生しまシタ。シュウリしてください。ボクを、シュウリ、してくだサイ」


 博士は答えない。

 目をつぶったまま、起きない。


「分からナイ――。博士、ナゼ起きナイ――」


 ロボットであるケンには、相馬の死が理解できなかった。

 どれだけ高性能なロボットでも、ロボットに死という概念はないから。壊れても修理すれば再び動けるようになる。メモリーとCPUさえ生きていれば、何度でも修理できる。だから――、ロボットには死という概念が分からない――。

 なのに、回路はずっと異常を起こしている。

 回路の振動が、震えとなって全身を揺らす。強力な圧力を受けているかのように、回路が締め付けられる。心臓部のCPU回路が振動し、強烈な衝撃を受ける。ケンには理解できないが、それは人間でいう"痛み"だった。

 本来、ケンには痛みを感じる機能はついていない。人工筋肉や関節はリミッターによって制御されているので、一定以上の圧力がかからないようになっている。

 なのに、今ケンの心臓回路は人間でいう"痛み"のようなものを発している。

 そしてそれは、だんだんと大きくなっていく。

 気がつくと、アイセンサーから液体が洩れだしていた。


「博士――。おジイちゃん――、ナゼ起きてくれナイの――? ナゼ、何モ言ってくれなイの――? ボクは、どうしてシマったノ――? 分からナイ――、分からナイよ――」


 ケンは膝をつき、相馬の前に屈み込んでいた。

 そして、そっと相馬の体に触れた。

 回路の動きが、急激に悪くなっていく。

 昨日、十分チャージしていなかったので、エネルギーが無くなりかけてきたのだ。

 しかし、ケンはその場を離れようとしなかった。

 回路が警報を発しているのに、体がこの場を離れる事を拒否し続けていた。

 そして――。



「博士!」


 何人かの人間が、研究所を訪れていた。

 あれから、三日経っていた。

 人間達は研究所に入ってくると、中をくまなく探し、そして相馬の寝室に集まっていた。


「どうだ――?」

「既に亡くなっている――。おそらく、三日くらい経っていると思う」


 人間達のうちの一人が、そう言った。


「こいつは?」

「ロボットのようです。ですが、バッテリー切れのようで、完全に停止しています」

「親父が研究し続けていた、人型ロボットか――」


 中の一人が呟いた。

 この男は相馬の一人息子――、ケンの顔のモデルになった少年が成長した姿である。

 彼は父親と同じ道に進み、災害救助などに従事するロボットのエンジニアだった。

 数日間、父親と連絡が取れない事を不審に思い、仲間と共に駆けつけたのだった。


「アイセンサーからオイルが漏れてる――。故障でもしたのか?」

「見た感じ、回路に異常はないみたいよ? ――でもすごい。相馬博士は、ここまで完成させていたのね」


 メンバーの中でただ一人の女性が、そう言った。


「でも、なんでこんなところで止まってるんだ?」

「博士の死を悲しんで、寄り添ってたとか」

「まさか――。ロボットに感情なんてあるわけないだろ。――そもそも、人の死を理解できるわけ――」


 一人が、停止したケンの体を持ち上げて、調べる。

 その人間に向かって、相馬の息子は訪ねた。


「動きそうか?」

「バッテリーを充電してみないとなんとも――」

「できそうか?」

「多分、動力は我々が使用しているものと同じだと思います。携帯バッテリーを繋いでみます」


 そう言うと、ポケットから出した小型の箱のようなものからコードを引き出し、ケンの体に繋いだ。


「どうだ?」

「――動かないな。電源は認識してるし、バッテリーもきちんとチャージされてるんだが――」

「壊れてるんじゃないのか?」

「いや、詳しくは分解してみないと分からないが、動作不良を起こすほどの故障は見当たらない。まるで――、心臓回路が動作を拒否しているみたいだ――」


 と、その人間は言った。


「拒否って――、感情の無いロボットがそんなわけ――。回路のどこかで論理エラーでも起こしてるんじゃないのか?」

「だったら、電源も認識しないはずだよ。この手の回路はね」


 と、ケンを抱きかかえた人間は言った。


「ロボットはとりあえず置いとくとして――、どうする?」

「とりあえず、博士を運ぼう。葬儀もあげなきゃならんし、そのためには診断書やらの書類も書いてもらわなきゃならないしな――」


 相馬の息子はそう言うと、床に置かれたケンをしばらく見つめ、そして言った。


「こいつも運んでやってくれ」

「ロボットもですか?」

「形はどうあれ、親父を看取ってくれたやつだからな――。親父と一緒に墓に納めてやろうと思う」

「それって、産廃投棄にならないか?」


 と、一人が言った。


「黙ってれば分からんさ――。それに、ひょっとしたら、親父の死を悲しんでくれたんじゃないか、って思うんだよ」

「まさか――、ロボットだぞ?」

「親父は、ずっとロボットに感情を持たせる研究をしていた。最後の最後でそれが完成した――、そう考えてもいいんじゃないかな。その証拠に――、見てみろよ、この顔――。なんだか嬉しそうというか、幸せそうじゃないか。きっと向こうで、親父と仲よくやってるんだろうな――。だったら、このまま一緒にいさせてやろうじゃないか」


 と、相馬の息子は言った。

 そして、父親の方を向くと、苦笑いして呟いた。


「それにしても――、俺のガキの頃の顔を使うこたないだろう、親父。それとも――、あの頃ずっと俺に逢えなかったのが、寂しかったのか――?」


 相馬の息子・健一けんいちは、幼い頃に父親――相馬と母親が離婚してから母親に引き取られ、ずっと父親である相馬とは離れて暮らしていた。

 それでも父親と同じ道に進んだのは、父親の事が好きだったからだった。

 同じ道に進めば、いつかまた、父親に逢える――。そう思ったからだった。

 そしてその夢は叶い、健一は父親と再会した。

 父親も――、ずっと息子の事を想い続けていたのだろう――。

 その想いの形が、ケンだったのかもしれない――。

 相馬とケンが、人達の手によって運ばれていく。

 ケンが運び出される間際、健一はその顔に向かって、そっと呟いていた。


「ありがとうな――」

ロボットは感情を持てるのか――。

そんなテーマで書いた作品です。

一応、元ネタは映画の『アトム』です。

――見たわけじゃないんですけども。(マテ

あと、もうひとつ、『ドラクエ7』のフォロッド地方で発生する、ゼボットとエリーのイベントも元にしています。

プレイした事がある人なら、どのへんをモチーフにしているかよく分かるかとw


次回は「サイゴノ ヒ」をお送りします☆

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ