scene.5「Re:act」
「さあ、そろそろ時間だ――。選ぶのだ」
黒衣に身を包んだ男が、静かにそう言った。
マントに身を包んでいるため、体型は分からない。が、長身でかなり細身のようだ。
ハットを目深にかぶっているため、表情は分からない。
「私――」
「迷うことはないだろう? 君は弟を助けたいのだろう? だから願い、私を呼んだのだろう?」
弟は、私を助けようとして死んだ。
その事が私の中で拭いきれない後悔となり、私の心を囚えていた。
「私の力を使えば、リアクト――つまり、過去に戻ってやり直す事ができる。すなわち、弟君を救う事ができる、ということだ。――なのに君は、何を迷う?」
「でも――、タダじゃないんでしょ?」
男は肩をすくめた。
「そりゃあ、私も慈善事業でこういうことをやっているわけではないからね――。ただし、私が求めるのは金銭などではない。私が求めるのは、君の"願う気持ち"さ」
「願う気持ち?」
「そう――。実というと私は人間ではないのさ。そして、私は人の"願い"を糧にして生きている。だから、君の強い"願い"を頂ければ、それ以上は何も要求しないさ」
確かに目の前の男からは、人間の雰囲気を感じない。
現実にそんな事があるなんて信じられない。
でも――。
「お願い、します」
私は、そう言っていた。
この胸の中の後悔をなくすことができるなら、悪魔に魂を売ったって構わない――。
そう思っていた――。
ハットの中の男の顔が、微笑んだように見えた。
「毎度あり――。では、君の願い、叶えてあげよう――」
そう言うと、男は身に纏っていたマントを大きく広げた。
私の意識が、男の広げたマントの中に吸い込まれていく。その間際、男の声が私の意識の中に響いた。
「ただし――、私にできるのは君を過去へ戻すことだけだ。未来を変えられるかどうかは――、君しだいだよ」
変えてやる――。
どんな事をしたって、未来を変えてやるんだ――。
薄れゆく意識の中で、私はそう誓った――。
気がついた時、私はあの場所にいた。
事故に遭った現場――。弟が私を助けようとして死んだ場所――。
一瞬混乱しそうになったが、すぐにあの男の力で過去に戻った事を思い出す。
振り向くと、もう"それ"が近づいていた。弟の命を奪った、白い軽トラックが――。
「おねえちゃん、あぶない!」
後ろから声がした。
振り向くと、弟がこちらに突っ込んでくる。
このままだと、同じことの繰り返しになってしまう。
そうはさせない――!
私は、弟に向かって思いっきりダイブした。突っ込んできた弟に抱きつくように飛びつき、体重と勢いを利用して反対方向へ押し戻す。
間一髪、軽トラックの車体が私の背後をかすめていく。助かった――!
だが次の瞬間、私の後頭部に強烈な衝撃が走った。
視界がぼやけながら、ぐるん、と回転する。体に力が入らず、弟ごと道路の脇に倒れこみながら、私の意識は薄れていったのだった。
何これ――?
どういう事――?
一体、何が起こったの――!?
わけの分からないまま、私は深い闇の中へと堕ちていったのだった――。
視界がぼやあっと、開けてくる。
真っ暗な、何もない真っ暗な空間が目の前にあった。その空間の中に、あの男が静かにたたずんでいた。
「やあ、気がついたかね?」
私に向かって、男は言った。
「私、どうなったの――?」
「君達を避けて、軽トラックは電柱に衝突した。そのはずみで、荷台に積んであった積荷の一つが放り出され、それが君の頭を直撃したのさ」
と、男はさらりと言った。
「ちょっと待って! じゃあ、私は死んじゃった、ってこと?」
「結論から言えばそうなる」
こともなげに、男はそう言った。
どうして――?
私は未来を変えたはずじゃなかったの――!?
「弟君は無傷だよ。かすり傷ひとつ負わなかった。おめでとう。君は未来を変えたのだよ」
「でも、私は死んで――」
「人の死を覆す、という事は、そういう事なのだよ。本来、死を覆すという行為は不可能な事のだ。無理にそれをおこなおうとすれば、代償――つまり、代わりになるものが必要になるのさ」
「つまり――、弟を助けるには、代わりに私が死ぬしか方法はなかった、ってこと?」
「まあ、そういうことになる」
つまり結局、どちらかが死ぬ、という選択肢しか存在していなかった、ってこと――?
でも――。
「これじゃ変わってないのと同じだよ――」
「何故? 君は弟を救いたい、という望みを叶えたではないか。それはすなわち、未来を変えた、という事ではないのかね?」
私は、かぶりを振った。
「結果的に私が死んだんじゃ、意味がないじゃない! 今度は弟が私と同じになっちゃう――。そしたら、今度は弟があなたを呼んじゃうかも――。そしたら――」
「その心配はない」
と、男は言った。
「私は、一人につき一回しか、過去につれて行く事はできないのだよ」
「――!? ちょっと待ってください、それってどういう――」
男は、そう言いかけた私の鼻先で人差し指を立て、私を制した。
そして、ゆっくりとこう言ったのだった。
「未来は変わった、と言ったが――。訂正しよう。正確には、未来は元に戻った、と言った方が正しい。本当の事を教えよう――。そもそも、あの事故で死んでいたのは最初から君だったのだよ。目の前で姉が死ぬところを見た弟君は、強い"願いの力"で私を呼んだ。そして、私の力で過去へ戻り、自分が身代わりとなって君を救ったのだよ。君はその事を知らず、私を呼び、再び未来を変えた――、いや、戻してしまった、というわけだ。まあ、私の力の干渉を受けた者以外には分かるはずがないのだから、君が知らなかったのは無理もないことだよ。だから、君には何の責任もない。ただし、一度過去に戻っている弟君は、おそらく気づいているだろうけどね」
そんな――。
じゃあ私は、結局未来を元に戻しただけ――?
弟のした事を、無駄にしてしまったってこと――?
「無駄ではないさ」
と、男は言った。
「君達の"願い"は、ちゃんと私の糧となったのだから。これで私は、生きながらえる事ができる」
「まさか――、最初から私達二人から"願い"を吸い取るつもりで――!」
「本来、人間に名乗る事はしないのだが――。素晴らしい"願い"を頂いたお礼に教えよう――。私の名はリアジール――。人の“願い”――いや、正確には“欲望”を糧とする、悪魔・リアジールだ。“願い”と“欲望”は表裏一体――。奇跡を起こす神を呼ぶ事もあれば、私のような悪魔を呼ぶ事もある――。人間のお嬢ちゃん、次の人生では、せいぜい私のような者に引っ掛からないよう、気をつけるんだね」
自らの名と、忠告を残すと、男は霧のように消えうせてしまったのだった。
後には、真っ暗な空間と私だけが取り残された。
やがて、私は、闇の中に少しずつ、取り込まれていった。
どうしようもない、後悔だけを残しながら――。
<あとがき>
こちらも、某サイトでやったバトン小説のお題を、自分なりに解釈して綴ったものです。
ちなみにまだ開始前なので、完全オリジナr(ry
今までとは打って変わって、完全な悲劇です。
あるいは、『世にも奇妙~』的ストーr(ry
一応これも、『東京マグニチュード8.0』のオマージュですが、もっと負の部分を膨らませた感じですね。
優しすぎる心が、時に悲劇を招くこともある――。
そんな感じでしょうか。
ちなみに、作中で登場した悪魔の名前・"リアジール"とは、タイトル"react"のフランス語です。
次回は「キモチ」をお送りします☆