えっ⋯⋯名前、豆なの?
6000字あるので時間に余裕を持ってお読みください。今回も面白いです。
「お待たせっ! ピンピコくん、帰ろっか!」
「うん!」
ついにこの時が来た。ここんとこ急展開だったけど、今日はニンニクちゃんの家に泊まりに行って、明日はデート。夢みたいだ。本来なら昨日殺されてるはずなのに⋯⋯
替えの服とかないけど大丈夫かな。まぁ替えどころか今も着てないけど。急に泊まることになったから仕方ないよね? ね?
「ねーピンピコくん、明日どこ行きたい?」
「ラブホかなぁ」
「えっ」
しまった、つい口が滑ってしまった。
「デートって言ってるのにいきなりラブホて、昔と変わんないねほんと!」
どんな小学生だよ、もう1人のピンピコ。
「いいの?」
「ダメだよ」
ダメなんだ。
「どうしても?」
「だって私、馬だもん」
確かに。馬はラブホ入れないもんなぁ。
「そろそろ着くよ!」
はやっ。まだ3分くらいしか歩いてないんですけど。
会社の近くに部屋借りてるのかぁ。通勤便利でいいよなぁ。
「そこ曲がってすぐだよ」
楽しみだなぁ。ラブホなんか行かなくても、家に呼ばれてる時点でもう勝ちよね?
「ここだよ」
えっ⋯⋯
「ここがニンニクちゃんのお家?」
「そうだよ?」
思いっきり一戸建てなんですけど。しょうもないもの株式会社ってそんなに儲かるの?
「すごいなぁ」
「そうかな? それよりピンピコくんと一緒にご飯食べるの初めてだからそっちのほうがすごいことだよ! 楽しみ!」
それはオラも楽しみ。何作ってくれるのかなぁ。
ニンニクちゃんがドアノブを引く。ガチャリ。
あれ、鍵閉めてないの? てか、家の中電気ついてるやん。
「ただいまーっ!」
え? ただいま?
「おかえり〜」
えっ、誰!?
奥の方から50代くらいの女性が現れた。
「ピンピコくん、お母さんだよ!」
えっ!? ニンニクちゃんの家にお母さんいるの!?!?!?
って普通か。
そうだよな。よく考えたら20代のニンニクちゃんが一軒家に1人で住んでるわけないよな。普通家族とだよな。よく考えなくてもそうだったわ。ていうか早く挨拶しないと!
「はじめまして、ニンニクさんとお付き合いさせていただいているピンピコと申します!」
「えっ!? どこから声が!?」
あ、しまった。透明化解除しないと⋯⋯
いやダメだ! オラ今裸やん! どうしよう!
「彼、透明人間なの」
「えっ!?!?」
お母さんがあっち向いたりこっち向いたりしている。パニックになってるのかな。壊れたオモチャみたいで面白い。
しばらくしてお母さんは落ち着いた。
「ニンニク、説明してくれる? なんで先に教えておいてくれなかったのよ。びっくりしすぎて心臓止まりかけたわよ?」
「いきなり彼氏連れてきたらどんな反応するかなと思って。初めての彼氏だし」
ニンニクちゃんが笑いながら答えた。
「いきなり彼氏連れてきたらそりゃびっくりするけどさ、それどころじゃないじゃん」
「なにが?」
「いや、透明人間よ! 分かるでしょ! それ以外ないでしょうが! なんで透明人間が実在してるのよ! おかしいでしょ!」
お母さんやっぱりまだ落ち着いてないな。オラの存在を受け止めきれていないようだ。そりゃそうだよな、娘の初めての彼氏が透明人間だったらそりゃびっくりするよな。お母さんの反応が正しいよ。
「娘がケンタウロスなのはおかしくないの?」
ニンニクちゃんの正論カウンターが炸裂した。正しくそうだな。
「いやそうだけど、ケンタウロスはまだ科学でなんとか説明出来そうじゃない? でも透明人間はちょっと無理でしょ」
確かに。オラもよく分かんないしなぁ。
「馬と正面衝突してケンタウロスになる現象をどうやって科学で説明するのよ。ただケンタウロスがいるんじゃなくて、私のケンタウロスになった経緯は特殊なんだから」
確かに。馬と人がくっついてるだけならなんとか説明がつきそうだけど、ぶつかって上半身が入れ替わるのはちょっと科学では無理だな。
「分かったわ⋯⋯お似合いカップルってことね」
急に物分り良くなった。ありがとうございます。
「取り乱しちゃってごめんね、ピンピコくんだったかしら?」
「いえいえ、大丈夫ですよ! はい、ピンピコで合ってます!」
よかった、今度こそ落ち着いたみたいだ。
「ニンニクの母の『豆』です。改めてよろしくね」
「よろしくお願いいたします」
豆? 名前、豆なの?
「どうぞ上がってください」
「はい、ありがとうございます」
ついにニンニクちゃんの家に足を踏み入れるという偉業を成したのに、豆の衝撃で感動が薄れてしまいそうだ。
「あっ!」
ニンニクちゃんが家の奥を指さして言った。男の人がリビングにいる。
「たいちゃーん! 彼氏連れてきたよー!」
弟かな? なんか大々的に紹介されると恥ずかしいなぁ。
「はじめまして、ニンニクさんとお付き合いさせていただいているピンピコと申します」
「姉貴の彼氏ですか!? ケンタウロスになった姉貴と付き合ってくれるなんて⋯⋯なんとお礼を言っていいやら⋯⋯うぅ⋯⋯ううわあああああああん!」
なんかめっちゃ喜んでもらえてるけど、オラの方が喜んでるからね。ニンニクちゃんと付き合えるなんて夢にも思ってなかったんだから。
確かさっき「たいちゃん」って呼んでたな。オラはなんて呼べばいいんだろう。たいくん? それかまた別の呼び方のほうがいいのか。
「たいちゃん、びっくりしすぎだよ〜、お姉ちゃんこれでもモテるんだよ?」
え、モテるの? もしかしてオラ以外にも彼氏候補いたの?
あ、彼氏候補じゃなくてオラのライバルたちのことか。もうみんな死んだから心配なしだな、よかった。
「ふーっ、落ち着いたぁ」
よかった、たいくん落ち着いたみたい。
「たいちゃんも自己紹介してね」
「弟の『鯛』です。タイ焼きの鯛です。姉貴をよろしくお願いします」
え、名前鯛なの?
なんで?
なんで別のものの名前つけるの? 犬に「人」ってつけるのと同じだよね? おかしいよね?
ていうか、「姉貴をよろしくお願いします」ってことは、オラとの仲を認めてくれたってこと? 結婚していいの?
「もう、気が早いよ〜、まずはたいちゃんがよろしくだよねっ!」
そうやね。
「よろしくお願いしますね、お義兄さん。ていうか透明人間なんですね、すごっ」
おにいさん!? 照れる!
それにしてもすごい名前だよなぁ。鯛に豆って。まさかそんな名前とは⋯⋯
いや待てよ? もう3年見てきたからニンニクちゃんが当たり前になってたけど、ニンニクって名前も普通じゃないよな? 人につける名前じゃないよな? 女の子にこんな臭そうな名前つけないよな普通。
ニンニク⋯⋯豆⋯⋯鯛⋯⋯
もしかして、苗字は「黒」か!? いつもニンニクちゃんとしか呼ばないから苗字忘れちゃったけど、絶対黒だよね! 黒ニンニク、黒豆、黒鯛!
いや、でもそれだとお母さんもそうなのがおかしいよな。お母さんは元々違う苗字だった訳だし。いや、お母さん側の苗字に揃えた可能性もあるか。
そういえば⋯⋯
「ねぇニンニクちゃん、ニンニクちゃんはなんでカタカナなの?」
1人だけカタカナって気になるよね。
「本当は私も漢字で『大蒜』なんだけど、いきなりこんな文字出てきても読めないでしょ?」
「それは確かに」
すごいメタ発言。
「ニンニクちゃんの苗字って、もしかして黒?」
これも聞いておこう。
「そうだよ? 知らなかったの?」
そうだよな、知らないオラがおかしいよな。3年も見てたのに⋯⋯幻滅されたかな。
ピンポーン
あ、誰か来た。
「きんたま」
男の声がした。
大丈夫? 不審者か?
「あなたおかえり」
ニンニクちゃんのお父さんかよ!
ニンニクちゃんのお父さんってもしかして変な人⋯⋯? 普通玄関開けて第一声が「きんたま」な事ないもんな。
「あなた、今日はニンニクが男の人を連れてきたのよ」
「えぇっ! マジで!?」
普通に喋れるし驚けるのかよ。
こっちに歩いてきた。オラは立ち上がった。
「ニンニクさんとお付き合いさせていただいているピンピコと申します!」
「えっ!? どこから声が!?」
「あなた、そのくだりは私がさっきやったわよ。透明人間なんですって、ピンピコくん」
いやお母さん、くだりがどうとかじゃなくて、お父さんすんなり受け入れられないと思いますけど⋯⋯
「透明⋯⋯人間? ニンニクの彼氏が? 透明人間?」
ほらやっぱり。
「そうよ? それがなに?」
さっきまであんたもそっち側だっただろ。なんでそんなに非情なんだよ。
「とりあえず挨拶しといたら? 娘の初めての彼氏なんだから粗相のないようにね?」
お母さん貫禄あるなぁ。
「そ、そうだな⋯⋯はじめまして、ニンニクの父の『子』です。よろしくお願いします」
子!? 子って名前なの!? 父親なのに子なの!? いや、この人が生まれた時はそりゃ子だったんだろうけどさ。将来のこと考えて名前つけなきゃダメだろ。80歳の光宙が想像できないとかそういう話流行ったじゃんよ。
お父さんは挨拶を済ませると何度も首を傾げながら奥の部屋に入っていった。こっちも不可思議な思いしてんだよ。自分だけだと思うな。
「ニンニクちゃん、お父さんフルネームで『くろこ』さんなの?」
ごめん、名前3文字なのが面白すぎてつい聞いちゃったわ。
「いや、黒子だよ」
ファッ!?
さっき「子」って言ってたのに!?
「フルネームだと読み方変わるってこと?」
「そうだよ?」
当たり前のような顔をしているニンニクちゃん。なんでホクロなの? 黒子って「くろこ」とも読むじゃん? それじゃダメなの?
「みんな手洗ってご飯運んで〜! あ、ピンピコくんはいいわよ? 座っててね」
こういう時ってどうすればいいの? お母さんの言葉を真に受けて座ってればいいの? それとも「いや、やりますよ!」って立てばいいの? お父さんこっち来てニンニクちゃんと鯛くんが料理運んでてオラが座ってるの見たら「何偉そうに座っとるんだコイツ」って思われない? 大丈夫? マジでどうすべき?
ドンッ
ニンニクちゃんがお盆を持ってきた。
黒っ! これなに? イカスミパスタ? こっちのはヒジキ? これは⋯⋯なんだ?
びっくりだけど人の家のご飯に文句は言えないよな。いや、言うつもりもないけどさ。
「ふーっ、腹減ったぁ」
着替えたお父さんが部屋に入ってきて体当たりしてきた。
「あ、ごめんよっ! 気づかなくて!」
ブラック企業時代のトラウマが⋯⋯無視されてたトラウマが蘇って⋯⋯
「みんな揃ったわね? それじゃ、いただきます!」
お母さんの声とともに皆箸を持った。
どれどれ、オラも⋯⋯ってあれ?
箸がない。フォークもない。ていうかご飯もオラの分なくない? 4個ずつしかないんだけど?
「あれ、ピンピコくん食べないの?」
「え、どれ食べていいの?」
「持ってきてないの?」
持ってきてないの? ってなに? ニンニクちゃん、それどういう意味? もしかしてオラ、弁当持参しなきゃいけなかった?
「もしかしてピンピコくん、うちで食べるつもりだったんじゃないの?」
お母さんがニンニクちゃんに小声で言っている。
「え? でもうちでご馳走するなんて言ってないよ?」
一緒に食べるの楽しみ! とか言ってたやん! 一緒に食べよ=ご馳走する、じゃないの!? 家に呼んでご馳走しないのってなんなの?
「だから先に連絡してくれればよかったのよ! いきなりだったから材料4人分しかなかったじゃないの! まったくニンニクはほんっとにバカ! なんも考えてないのね!」
小声じゃなくなってきた。
「しょうがないじゃんサプライズしたかったんだもん! そんなこと言うならお母さんがピンピコくんに弁当持ってきたか聞いてみて、持ってきてないって言ったら1人あたりの量を減らして5人前作ればよかったじゃん!」
「そんなこと聞けるわけないでしょ! あんたが4人分でいいって言ったんだからあんたがなんとかしなさいよ!」
「だって持ってきてると思ったんだもん!」
これ、オラが悪いの⋯⋯? ていうかなんで本人の前でこんなに言うの? オラが透明人間だから、見えてないから言いやすくて言っちゃってるのか?
「あの⋯⋯」
ともかく、オラのせいで喧嘩するのはダメだ。
「あっ、そうだった! そこにピンピコくんいるんだったわね! 騒いじゃってごめんなさいねぇ」
やっぱお母さん忘れてたんだ。オラがいること。「騒いじゃって」ってなによ。オラが遠いところから見てたとでも思ってるの? ニンニクちゃんとオラのことで言い合いしてたの丸聞こえなんですけど? オラ今、今年一ストレス溜まってるんですけど?
「どうする? 今からなにか買ってくる? そこにコンビニあるけど」
「ごめんニンニクちゃん、オラ今お金持ってないんだ⋯⋯」
「マジか⋯⋯」
お父さんが驚いた顔で言った。
死にたい。
ブラック企業にいた頃よりも、中学校でいじめられた時よりも、人生で1番死にたいと思った瞬間だった。早く帰りたい。この場からいなくなりたい。この世から消えたい⋯⋯
「ま! 人間1食くらい食べなくてもどうってことないよ! 明日いっぱい美味しいもの食べようよ! ね?」
ニンニクちゃん⋯⋯
「お、明日デートなのか? 俺もついて行っていいか?」
お父さん、常識ないの?
「いいよ」
ニンニクちゃん! ダメだよ! なんでそういうこと言うんだよ! お父さんいたら手も繋げないしキスも出来ないじゃないか! ふざけんなぁーーーーー!!!!
「あ、ピンピコくん、嫌かな?」
しまった、顔に出てたか!
⋯⋯にしてもだよ!
「嫌かな?」ってなんだよ! 言えるわけねーだろ! なんなんだよその質問! 答え1個しか許さない圧があるぞ!
「いや⋯⋯大丈夫だよ」
「コラコラニンニク、ピンピコくんに気を遣わせちゃダメじゃないの。お父さんが一緒にいて喜ぶ彼氏がどこにいるのよ」
お母さん⋯⋯神様ぁ⋯⋯!!
「そう⋯⋯?」
そうだよ!
「だってお父さんがいたら×××も出来ないし、%%%も出来ないし、☆☆☆☆☆だって出来ないじゃないの」
ちょっ、生々しっ! 家族で団欒してる部屋でそれ言う? お母さんも中々やばいな。この家族みんな狂ってるんか? なぁ、狂ってるんか!?
「シュン⋯⋯」
「シュンとしてんじゃねーよおっさん!」
「!?」
しまった、声に出てしまった。どうしよう。お父さん怒ってるとかじゃなくてただただ驚いてる顔してる。どうしよう。
でもこれってオラが悪いの? シュンとしていい立場じゃないよね? 娘のデートについて行こうとして断られたって、至極当たり前のことじゃない?
「ごちそーさま」
鯛くんがボソッと呟いて2階に行ってしまった。親が×××とか%%%とか☆☆☆☆☆とか言ってるのが耐えられなかったんだな、多分。
あれ、鯛くん降りてきた。降りてきて、さっき座ってたとこに座った。どゆこと?
「ごちそーさま」
鯛くんはボソッと呟いて階段へ向かった。
鯛くんの行動がなんだったのかよく分かんないけど、とりあえず2人でデート出来ることになってよかった。
タッタッタッタッタッタッ
足早に階段を降りる音がする。
鯛くんはさっきの場所に座った。
「ごちそーさま」
静かに呟いて2階へ向かった。
なるほど⋯⋯
姉の彼氏が透明人間だったり家族が喧嘩したり母親が生々しい話をしたりしたせいで頭がパンクして壊れちゃったんだな。
「ニンニクちゃん、鯛くん大丈夫かな⋯⋯」
この時間開いてる病院あるかな⋯⋯
「たいちゃんはいつもあんな感じだよ」
マジかよ。キモっ。
「なるほどね」
もう分かった。この家に常識は通じないんだ。よーく分かった。ツッコミをやってるとこっちがおかしくなっちゃうからもうやめよ。
「お風呂沸いたわよ〜、ピンピコくん一番風呂どうぞ〜」
なんと! あざーす!
お泊まりからのお風呂⋯⋯それはつまり!?