オラが透明人間になった経緯とそれからの話
「さて、第2ラウンドと行きましょうか!」
聞き覚えのある声のする方を見ていると、うっすらと人の姿が浮かび上がってきた。
訂正、人じゃなかった。ケンタウロスだった。でも半透明だ⋯⋯半透明人間ってこと!? それってオラより凄いの? 凄くないの?
「なっ⋯⋯! 貴様はさっき殺したはず!」
屈舌が驚いている。オラもビックリだよ。だってさっき脳みそ掻き回されてそこにぶっ倒れ⋯⋯あれ、倒れてる。ニンニクちゃんいるやん。
でも、こっちにも薄いニンニクちゃんがいる。ニンニクちゃんが2人⋯⋯
幽霊ってこと!? ケンタウロスの幽霊!? ってことはやっぱりニンニクちゃん、死んじゃったのか⋯⋯
「ふはは、次はこちらの番だ!」
元気だな、死んだのに。
「ぬうううううううう」
ニンニクちゃんは力をためている。屈舌がニンニクちゃんを殴っているが、すり抜けるばかりで当たらない。手刀防ぐ時は当たってたのに、もしかして実体のオンオフが可能なのか? だとしたら最強じゃないか!
「ぬうううううううう」
しばらくすると、ニンニクちゃんの遺体がゆっくりと浮き上がり、ニンニクちゃんの幽霊に重なるように被さった。
「完全復活!」
逆だろ。幽霊が体の方に行けよ。
「ぐほあ!」
生き返ったニンニクちゃんの腹に屈舌のパンチが直撃した。さっきのまま戦えばよかったのに⋯⋯
「脳みそ掻き回されたのに生きてるって気持ち悪すぎるだろ! 死ねぇ!」
屈舌の正論パンチがニンニクちゃん目がけて放たれる。
「生きてるけど、なんか記憶が抜けてる気がする⋯⋯いや、その程度なら万々歳か」
ニンニクちゃんは呑気に独り言を言っている。
「ぐほあ!」
実はさっきので何かが覚醒していて、それで今余裕だから呑気に喋ってたのかと思ったよ! 普通に食らうのかよ!
「ヒヒーン!」
ヒヒーン?
ニンニクちゃんはそう言って馬の後ろ脚で立ち上がり、前足で屈舌の胸を蹴り抜いた。
屈舌は大量の血を吐いて動かなくなった。
やはりいくら強くても馬には勝てなかったか。
今日の邪我理蠱と屈舌との戦いを通じてオラが学んだことは「やっぱ馬は強い」ということ。それだけだった。
「さ、ピンピコくん、サブちゃん、帰りましょ!」
え、オラのことを名前で呼んでくれてる⋯⋯殺す前だから優しくしてくれてるのかな。
「ひゃっはっはっはっはっ! 帰りまヒョーーーーー」
サンバサンバブンバボンバちゃんはやたら元気だった。パンツびしょびしょのまま帰るのかな。
ニンニクちゃんを先頭にオラ達はカスタマーセンターに帰還した。
「おかえりー!」
「まさか生きて帰ってくるなんて! すごいよ2人とも!」
「ほんとすごい! あの2人を倒しちゃうなんて!」
「先輩として鼻が高いよ〜」
みな口々に2人を褒めていた。今までいじめを見て見ぬふりしてきたくせに、なんなんだこいつらのこの態度は⋯⋯
「へへへ」
でもまぁ、ニンニクちゃんも嬉しそうだしいいか。オラはもう殺されるんだよね。死んだらもうニンニクちゃんに会えないのかぁ。寂しいなぁ。でも、最後までニンニクちゃんのそばにいられて幸せだったなぁ。
「そういえば、透明人間さんってなんで透明人間になったんですか?」
サブちゃんが聞いてきた。今から殺される人間によく質問出来るな、君。そういえばさっきサブちゃんの中で何かが壊れる音がしてたな。だからこんな質問が出来るんだな。でもまぁ答えてやるか。
「オラ、5年前までブラック企業に勤めてたんだ」
「えぇ⋯⋯」
サブちゃんが可哀想、と言わんばかりの表情でオラを見つめている。
「オラは仕事が遅くて、いつもリーダーに叱られていたんだ」
「それはお前が悪い」
サブちゃん辛辣だなぁ。
「で、いつしかオラはみんなからいじめられるようになったんだ。殴る蹴る、仕事を押し付ける、罪を被せる、バケツで水をかけられる、つまようじで刺される、炙られる⋯⋯ありとあらゆる暴力を受けた」
「ひどい⋯⋯」
涙を浮かべているサブちゃん。この子、怖いな。
「時間が経つにつれてみんないじめに飽きてきて、いつからかオラは社内で無視されるようになった⋯⋯」
「うぅ⋯⋯」
ニンニクちゃんも泣いている。今から殺す人のために泣けるってすごいな。そのメンタル、好きだよ。
「オラはまるで透明人間だった。無視されて無視されて、何年も何年も無視されて、気付いた頃には本物の透明人間になってたんだ」
「ワロタ」
「草」
2人ともひどい。
「どうして笑うんだい?」
理不尽過ぎるから聞いてみた。
「いや、漫画みたいだなって思って」
確かに。サブちゃん的確やなぁ。
「そういえばニンニクちゃん、大人しくオラの話を聞いてくれるんだね」
「どういうこと?」
ん?
「いや、さっき部屋に戻ったらオラのこと殺すって言ってたから」
「そんなこと言うわけないじゃない! ピンピコくんは私の彼氏なんだから!」
えっ!?
「ヒューヒュー!」
うるさボンバ!
「屈舌のせいで記憶が消えたんじゃないですか?」
なるほど、ちょうどオラに都合が悪いところだけ記憶が抜けてるのか! この前出なかった主人公補正がここで出てくるとは! あざっす作者様! あざーっす!
てことは、明後日デートじゃん! うっひょーーーーーーーー!
「んで、透明人間になってからどうしたんですか?」
サブちゃんが聞いてきた。いいよ、機嫌がいいから全部答えてあげるよ。
「無視されすぎて透明人間になったオラは、透明人間になったらやってみたかったことを全て試したんだ」
「例えば?」
「まず、銭湯に行った」
「うわぁ」
ニンニクちゃんがゴミを見るような目になった。
「お察しの通り、女湯に入ったよ。ババアしかいなかった」
「ざまみろカス」
ニンニクちゃんの言葉責めたまらんっ!!!
「オラは考えた。どうすればいいのか。すぐに思いついたよ」
2人ともずっとオラを睨んでいる。もっと睨んでくれ。
「JKのいる家に忍び込めばいいんだって気付いたんだ。だってオラ透明人間なんだもん」
「死ねよ」
サブちゃん、ありがとう。
「んで、みんながお風呂に入るであろう夜に計画を実行したんだ。でもどこも鍵がかかってて入れなかった」
「ざまぁwwww」
ニンニクちゃん、そんなインターネットみたいな笑い方しないでよ。
「次にオラは女子校に侵入することにした。JKと一緒に登校して、教室でエッチなことをやりまくるつもりだった」
「死ねよ」
ありがとう。
「でも、彼女たちは服を着ているし、暴れるんだ。とてもエッチなことが出来るような状況じゃなかったよ。2箇所骨折したもん」
「ざまぁwwww」
もうスルーするわ。
「その頃はまだ透明化を解除出来なかったから病院にも行けなくて、湯治をすることにしたんだ」
「おもろ」
笑い事じゃないよ。めっちゃ痛かったんだから。
「折れた左腕を治すために温泉に浸かってたらなんと、女子中学生が何人も入ってきたんだ」
「修学旅行か」
さすがニンニクちゃん! ビンゴ!
「そこでもう精力の限り暴れたね。それからオラは修学旅行の予定を調べては待ち伏せをし、何人もの処女を奪った。それをしばらく続けた」
「言葉も出ないわ」
ニンニクちゃん、もっと蔑むような目で見て!
「1年半が経った頃、オラは気付いた。オラは少女たちの心を傷つけてしまっていたのだ、と」
「おせーよ」
「だから、オラは少女たちの初めてを奪うことをやめたんだ。それからはOLばかり狙った。透明化のオンオフが出来るようになったのはその頃からだった」
「飽きてきた」
ごめんよニンニクちゃん、もうちょっとで終わるから!
「女の子を辱めてる時に一瞬だけ解除したりしてね、女の子の反応を楽しんだよ」
「早く捕まってくれ」
お、サブちゃん鋭いね! ちょうどその話になるよ!
「調子に乗って顔出ししてたせいで指名手配されちゃったんだ。それからオラは透明化を解くことをやめた」
「捕まらないのかよ」
オラは賢いからね。
「そして今から3年と少し前、オラはこの会社に目を付けた」
「なるほど」
「何人かいただいてそろそろ次の会社に行こうとしていた頃に、ニンニクちゃんが入社して来たんだ。それが出会いだった」
「私たちが出会えたのは奇跡だったんだね」
そうだよニンニクちゃん。
「ニンニクちゃんは本当に天使だった。天使すぎて手を出せなかった。初めての経験だったよ。こんなに可愛いケンタウロスは他にはいないって思った」
「ぽっ」
照れるニンニクちゃんも可愛い。
「ケンタウロス自体他にいねーよ」
サブちゃん、茶々入れないでよ。
「それからオラは潜伏してニンニクちゃんを眺めることにしたんだ。ブラック企業でオラをいじめてくれたみんなに感謝したよ。オラの透明人間の能力はこのためにあったんだって思ったね」
「3年前からずっといたのかよ」
ニンニクちゃんが驚いている。あれ? 気付いてたって言ってなかったっけ? あ、最近気付いたのか。
「まぁ、そんなとこです。オラの透明人間話は」
「面白かったけど9割不愉快だった」
サブちゃんは生きるの大変そうだな。全部楽しまないと損だよ。
「ということでピンピコくん! 明後日デート行こうね!」
「うん!」
こうしてその日は終業時間になった。
不審潜伏者で透明人間というところから気付いていた方もいらっしゃったと思いますが、主人公は最低な過去を持っていました。ろくな死に方しないと思います。期限切れのマヨネーズ飲みすぎて死ぬとかそういう感じかなぁ。