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自供

作者: 灰谷千秋



ええ、私が「彼女」を見つけたのは、日課の朝の散歩の途中でした。


いつも通り湖畔を歩いていたら、猫がしきりに鳴く声が聴こえたんです。

朝早くから妙だなって思って、私、猫が鳴く声の方へ歩いてみたんです。

そしたらそこに彼女は居たんです。


不謹慎な言い方になると思いますが、酷く綺麗でした。

私が見つけた彼女は、自分の胸を刃物で刺し貫いて、沢山の血を流して倒れていました。

凄く綺麗な赤でしたね。あまり死んでから時間が経ってなかったんでしょうね、あまり血液の酸化は進んでなかったと思います。

彼女のそばで鳴いていたのは白猫でした。彼女の赤と対比されてるかのような白い猫でした。ずっと彼女のそばでにゃーにゃー鳴いていたんです。

それがもうとってもとっても美しくて。

思わず写真を撮っちゃいました。見ますか?結構ですか。


あぁ、すみませんね、取調べの場で脱線なんかして。


なんですぐ通報しなかったか、ですか。それが彼女の望みだったんです。

貴方たちも見ましたよね、彼女の手紙。

あの文章、死ぬ間際の不安定な心で書いたとは思えないほど良い文でした。

何回も何回も読みました。

確か、


「私の心は今の世界の苦しみには耐えられない。だから私は次の世界への希望を抱いて旅立ちを選んだ。体は滅びても、私の心はもう一度何かへと宿り、本当の愛を探す旅にでるだろう。もし私を見つけても、人を呼ぶなどして私の旅路の邪魔をしたりはしないでくれ。私の心は棺や、骨壷や、霊安室に閉じ込めたりせず、大空に自由に放って置いて欲しい。それが私の今生の最後のお願いだ。では、そろそろ旅に出るとしよう。次の世界では、きっと私を愛してくれる人が見つかるはずだから。」


でしたっけ。覚えちゃいました。いい文章だったので。


初めに読み終えた時は、思わず泣き出してしまいました。彼女は何か辛い目に合って、自らの命を絶つなんて真似を選んでしまったのか、可哀想に、と思ったんです。

でも実際は違いました。彼女はただ自分を愛してくれる人を探す旅の途中だったんです。彼女の今世にはその人がいなかった。だから彼女は次の世界にその人を探しに行った、それだけだ、と思ったんです。ただ愛されたかっただけなんだ、と。

だから通報して彼女の旅に水を差すのは野暮だと思いました。それだけです。

そうですね、彼女の望みを叶えてあげよう、と思った時、私は初めはその場をそのまま去ろうと思いました。

そこでね、ふっと思ったんですよ。どうせ彼女の旅を応援するなら、少し手助けしてあげてもいいんじゃないかって。丁度ね、私から見て西の方角に湖がありました。

湖に彼女を浮かべてあげたら、水の流れが彼女の旅を手伝ってくれるんじゃないか、と思ったんです。


私は、彼女を抱えて湖に入りました。

旅立ちへのせめてもの餞別と、安らかな旅を祈って、私は彼女の額にキスをして、

「愛されたかったよね。おやすみ。」と一声添えました。

そしてそっと彼女を湖水の上に浮かべてあげました。

その朝は風があったので、彼女の体はそれにのせられ、どんどん奥の方へと進んで行きました。私はそれを見て私の仕事は終わりだ、と思ったので、そのまま岸へと帰りました。


岸へ戻ると、猫はまだ彼女が行った方向を見てにゃーにゃーと鳴いていました。

きっと彼女の旅立ちを祝ってくれていたんでしょうね。

私も猫と一緒に彼女が行った方角を見ました。岸から見ても、彼女の赤は本当に綺麗でした。彼女の体から溢れ出した新しい赤が、彼女の行った道筋を私たちに教えてくれました。


私は満足して、家への道を歩いていました。


もう、あとは貴方達の知る通りです。


私、きっと法で裁かれるんですよね。

喜んで受け入れます。


だってこんなに役に立たなそうな私でも、誰かの最期の願いを叶えるお手伝いができたんですから。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 法律には明るくないですが死体遺棄罪などになるのでしょうか…。 面白かったです。
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