《第二章 二節》 居候
よろしくお願いします。
「あら、やっと来たのね」
なんとか部屋に入った俺を待ち構えていたのは、手前に用意された革のソファーに腰掛けてティータイムを楽しんでいたと思われる、彼女の姿だった。
* * *
正直、この部屋を見つけることは結構な難易度だった。ヒントとして描かれていた地図は大まかな目印しか書いていない略図だったし、あらゆる所にある記載されていない抜け道やら裏道やらが俺を悩ませた。まるで精巧な造りの迷宮に紛れ込んだようだった。昨晩(日付は回っているから今日か?)の記憶が残っていたおかげでエントランスホールには出れたが、そこから彼女の書斎に着くまでに多くのものと遭遇し、俺を混乱させた。
例えば複雑に入り組まれた廊下。そしてあらゆる所に置かれている、石を削って造られたマーライオン(????)風の像。はたまた廊下の途中で現れる色彩豊かな花畑。間違って踏み込むと一面が炎に包まれる(?!?!)床に埋め込まれた石タイルなどなど…驚くほど多種多様の罠が駆け巡らされていた。自分自身、目的地に着くまでにどれほどの火や氷、雷などに神経をすり減らされたか覚えていない。多分だが数十回は優に超えているだろう。
そんな意地の悪い仕掛けに時間を奪われ、文字通り(物理的に)ボロボロになりながら辿り着いたその部屋では、屋敷の主が優雅にお茶を飲んでいた。
俺を見て「遅かったわね」と呟く彼女にあんな罠を張っておいての発言か!と言いたかったが、今この屋敷の主に言うことではないなと思い、なんとか心を落ち着かせる。
「よくここまで来ることが出来たわね。てっきり屋敷のどこかで倒れているかと思ったわ。」
「遅くなりました。…と言いたいところですけど、あれはなんですか?どんな仕組みであんな動きが出来るんですか?結構俺の体力削られたんですけど」
俺の方をゆっくり振り向き、口角を上げる彼女が少しばかり憎たらしく思えてくる。これが不細工だったらどれほどよかっただろうか。神秘さを兼ねる美人だからこそ余計にイラつく。
「あれはこの屋敷ならではの防犯対策よ。主に侵入者はアレに気づかず引っかかるでしょう?…とはいえ、最近は害虫も近づいてこないものですから仕掛けの調子が気になっていたのよ。その意味で、あなたは大活躍ね。」
「お褒めに預かり光栄でございます。――――――とは言いたいですけど、正直俺のことを皮肉っていますよね?全然嬉しくないんですけど」
「あら、そうなのね。私の心とは全く異なるようですけれど?まあ、以後気をつけますわ」
絶対に気をつけようなんて思ってないだろう、と疑いの目を投げかけたが彼女は知らぬ顔をして再びカップに口をつけていた。
「―――感情より形を気にする所は昔と変わらないのね」
彼女が水面を見ながら小さく呟いたかと思うと俺を見て「いつまで立っているのかしら?」と言う。その言葉と彼女の視線から座れと言っているのだな、と察した。
腰掛けると彼女はいつの間にか用意していた紅茶入りカップをソーサーに載せて差し出した。テーブルの真ん中に用意された茶菓子の籠から一つ青林檎味のゼリーを口に含む。表面の半透明オブラートが舌につく感覚と林檎のほのかな甘みが広がった。
「ではそろそろ落ち着いてきた頃かしら」
適当に噛み砕き鈍い音を立てて飲み込んだ俺を見る。
「話の続きをしましょう」
音を立てないように紅茶を流し込むと、頷いた。
読んでくださりありがとうございました。