《第一章 二節》 邂逅
よろしくお願いします。
入り組んだ庭を抜け、甲冑姿の騎士数人が立っている木々をくぐると、そこには物語によくある貴族の館のように大きな屋敷があった。俺はそのありえない大きさに驚愕する。一体何階まであるのだろうか。俺の身長は百八十センチ以上あるが、そんな俺でも腰を曲げて仰がなくてはならないほどだ。
「こちらが入り口よ。早く入りなさい。」
立ち止まっている俺に彼女は固い声で言った。暗いため表情はよく見えないが怒らせてはならない、と頷き重い足を動かした。
中は外装よりも立派だった。床には高級そうな赤絨毯が敷かれ、小ホールを兼ねているだろう玄関の天井には煌めくシャンデリアがぶら下がっている。それに加え、風情のある壺や情熱的な絵画、自分と同じ背丈の植物などが至るところに飾られている。あれらを壊してしまったら途轍もない賠償金を支払わなくてはならないのだと考えると身震いがした。賠償金問題にならないためにも絶対に近づくものかと心に決めた。
小ホールをまっすぐ歩くといくつもの道が現れた。二メートル以上ある廊下もあればギリギリ一人通れるかどうかという裏道らしきものもある。彼女はその中でも一番広い道を突き進んでいった。
その突き当たりにある部屋の前に来ると後ろを振り向き、「ここよ」と扉を開けた。
そこは応接室のようだった。壁には玄関ホールのものまでとはいかなくても高いだろう装飾品が飾られているし、中央に置かれているソファーとローテーブルは年季が入っているけれどもいい素材でできていることがわかる。それに明るすぎない照明は目にも優しそうだし室温もいい具合に調節されている。まさに客を招くための部屋だった。
彼女に促され、ソファーに腰掛けた。人生最高の(とはいってもまだ二十年も生きていないが)座り心地に驚いている間に目の前の彼女はティーカップとポット、茶菓子を用意していた。コポコポと音を立てて紅茶を注ぐと俺の前に置く。いらないものを片付けると、彼女は俺の前に座った。
俺はやっと彼女の顔をしっかり見た。あの月明かりの元でも綺麗だなとは思っていたが、明るい所で見るのとでは大違いだ。しだれ藤のような美しさをもつ髪にアメジストのような眩しいほどの輝きを放つ瞳がマッチし、彼女の神秘さをより増しているようだ。
じっと顔を見つめていると彼女は眉を顰めた。
「そろそろお話してもいいかしら?」
「あっっ、はい。すみません。」
俺は慌てて返事を返した。
「まず先に少しだけ―――私の名は月光闇夜と言うわ。訳あってこの屋敷に一人で滞在しているの。――――――あなたは?」
短い自己紹介に俺は困惑するしかなかった。彼女を信じて良いものなのか悩む。巷で話題のファンタジー本などでは名前を知ることで命を掌握出来るだとかいう設定があるし、個人特定されてしまう可能性だってあるから自己紹介は少々躊躇われた。
でもそんな気持ちとは裏腹に彼女は信じられるという謎の感覚があった。
「俺は、新谷勇一と言います。え、っと…自分も、色々とあって、ここの森に入りました…」
ここまで話せばいいかな、と彼女の顔を見た。だが、彼女は納得しなかったようだ。
「もっと詳しく話しなさい。」
彼女は、いい笑顔でそう告げた。
頭の中で「勿論余らすことなく、ね?」という副音声が聞こえた気がした。
「実は・・・」
俺は誤魔化すことが出来ず、話し始めた。
ありがとうございました。
今後も少しずつ投稿する予定です。
よろしくお願いします。