《第一章 一節》 邂逅
一つ一つのお話は短いと思いますが何卒よろしくお願い致します。
サクサクと落ち葉を踏みしめる音が森の中に響く。
もう歩き始めてからどのくらい経っただろう。そう思い腕時計を見れば既に五時間を過ぎていた。
自分の頭上には生い茂る森とその間に浮かぶ丸い饅頭みたいな月が浮かんでいる。勿論、饅頭というのはたとえだ。あんなに不気味な色で光っている饅頭など見たことはないし絶対に食べたくない。
風が森を駆け巡る。11月の半ばの風は寒い。一応防寒着を着ているが一年以上前から使っているため吹く度に身震いをし、くしゃみまでしたくなる。おまけに真夜中の風は一段と冷えているから余計に厄介だ。―――考えに沈んでいると、足がもつれ派手にすっ転んだ。もつれた、といっても別に病気などではない。ただ何時間も慣れない森の中を歩いていたために足が限界を超えていたのだ。
「いたたたた・・・」
立ち上がろうとするが上手く起き上がれず、そのまま地面に寝っ転がった。今の俺はとてもみっともない姿を晒しているだろう。でもしょうがないと思い仰向けになった。転びはしたものの下はふかふかの落ち葉が何重にも重なっているし、何より背負っていたリュックサックが重かったのだ。体重計で計ってみれば十キロ以上あるだろう。それを持って再び歩こうとする体力は――残念ながら今の自分には残っていなかった。
ぐったり地面に身体を預ける。ひんやりとした風が心地よく感じた。だがこのまま寝てしまえば風を引いてしまう可能性もある。せめてと手を伸ばし寝袋を掴んだ。大雑把に広げ、中にはいると自分の体温で段々暖かくなってくる。
日付はとっくに変わっている。それに疲れも溜まればすぐに眠れるだろうと俺は目を閉じようとした。
その時だった。
カサカサと木々が揺れるの音がした。
それも距離が近いのか随分と音が大きい。俺は至福の基地からなんとか這い出ると辺りを見渡す。眠気はさっぱり晴れてしまった。
音はどんどん近づいてくる。この森に猛獣がいるなどという情報は聴いた覚えはないが用心するに越したことはない。持っていた鋭利物を出来る限り取り出すとポシェットに詰めた。そして一番攻撃力が強いと思われるキャンプ用の小型ナイフを手に持ち、構えた。
一番大きな木の横に隠れ、じっと息を潜める。
そして、現れたのは―――人間だった。
「は?」
俺の口から間抜けな声が漏れ、手で口を塞いだ。
真っ黒な日傘を差し、同色の細かなデザインのレースを沢山用いたワンピースを纏い歩く姿は儚い妖精のようだ。多分このような服装をゴスロリというのだろう。ある見方だと痛々しいだとかアニメチックだとも言われているようだが、彼女を見る限りはそうとは思えない。寧ろそれでなくては駄目なようにも思えてきた。
息継ぎをするのさえも忘れ、俺は彼女を見ていた。別に変態の要素があるわけではない。彼女の神聖さにみとれていたことを一理あるがそれ以前に彼女がどのように動くのかを見ていたのだ。
彼女はキョロキョロと周囲を見渡し始めた。月明かりが彼女に当たり、より姿が鮮明に見えた。と思うと彼女と目が合った。すぐに目を逸したが流石に誤魔化せなかったのか俺を指差した。
「そこのあなた、出てきなさい。」
もはやここまでなのか、と腹をくくると俺は木の陰から出た。月が眩しい。周辺の空気に光が混じっているような感覚が自分を襲う。頭がくらくらするが根気でなんとか体勢を持ち直した。
アメジストの瞳が俺を捉える。すると、彼女は一瞬目を見張った。
「・・・お客さんかしら?案内するわ。こちらにいらっしゃい」
最後の言葉を言い終える前に彼女は既に歩き始めていたので俺は急いで寝袋やらリュックサックやらを乱暴に掴んだ。そして彼女の後ろを追いかける。彼女の足の速度は気を使っているように思えないほど、速かった。
しばらくすると目の前が開けて大きな建物が出てきた。赤レンガ造りのそれの前には先が尖ったゆるやかなアーチ状の門が構えている。力技で開けたりしたら警備員が突撃してきそうなそんな頑丈さだ。乗り越えようにも4メートル以上もあるそれを登るのは超人技で、もしそこまで辿り着けたとしても槍の先のようなものがその者を捉えるだろう。―――どう考えても無理だ。
ああまた思考回路が狂ってしまった、と頭を振り、前を向く。そこでは門に手を添えている彼女の姿があった。
「―――開いたわ。入って」
ギギィと重厚な音を響かせながら門が開いた。正直この時間帯にこの音は心臓に悪い。よくあるホラー映画やゲームの始まりの音みたいだ。もう過ぎてしまったことかもしれないが言わせてほしい。
この音を変えてほしい、と。
そう思いながら俺は吸い込まれるように中に入った。
読んでくださりありがとうございました。