二話
超能力はある。御園燈夏はその生き証人だ。なにせ彼自身が超能力者なのだ。しかし、彼自身はそのことを吹聴して回ったりしないしするつもりもない。彼自身は平々凡々な生活を望んでいるつもりだ。
「それなのにいちいち呼び出さないでくださいよ、結衣さん」
「……君、本気でそれいってる?」
御園を見つめる女性――長瀬結衣は信じられない物を見る目をしている。
現在二人はカフェの一番奥の席に座っている。それは御園が指定したからだった。確かにき最初に用事があると電話をしたのは長瀬だ、話が長くなるとも言った。しかし、どうせならカフェでドラマみたいな感じで話したいと言い出したのは御園だった。当然長瀬は拒否した、人に聞かせられない話だし第一電話で事足りるからだ。そのことについて御園に説明したら出てきた言葉が、
「分かりました」
ああ、よかったと思ったのも束の間。
「では、30分後に集合で」
といって通話が切れた。
何度もかけなおしたが繋がらないので仕方なく長瀬は御園が会話の中で指定したカフェへと向かうことになったのだ。
「やだな、ちょっとした冗談じゃないですか」
「ほんと怒るよ、しかも遅れてくるし」
「それは言いがかりですよ、時間ちょうどに来たじゃないですか」
「普通は5分前には来るもんなの、一応は仕事の話をしに来てるんだし」
長瀬はアイスラテをストローで吸い喉を潤しながらジッと睨むように長瀬を見つめる。対面する長瀬は甘党なのかシュガースティックを次々と入れていて全くこちらを見ていない。はぁ、と長瀬はため息をこぼす。これでは暖簾に腕押しだ。長瀬は諦めて会話を進めることにした。
「御園君、仕事の話よ」
そう言ってから長瀬は店内を見渡す、店内は空いてはいるがまったく客がいないわけではない。それでもそれぞれ声を落として談笑しているところは、ドラマでよく見る秘密の会話を外に漏らさないとしているようで、それに聞き耳を立てている者もいない、なるほど確かにカフェが話し合いの場として選ばれるわけだと一人納得した。
「はいはい」
態度は適当だが、御園が話を聞いていることを確認して長瀬は口を開いた。
「今回のお仕事はあるグループの殲滅よ、そのグループは依頼主のシマで小麦粉を売り始めたらしいの、最初は上納金を払ってたらしいんだけどそのグループの小麦粉が混ざり物で品質も最悪ってことが発覚。当然、依頼主は辞めるように言ったんだけどそれを徹底的に無視。で、私たちの出番てわけ」
長瀬は自分の声が周りに合わせて低くなっていることを自覚する、軽く咳払いをしてアイスラテを飲みながら御園の反応を伺う。
「ヤクザかぁー、ほっといてもよくない?」
話を頭の中で咀嚼して御園が出した結論はこれだった。
「仕事なんだからそういうわけにはいかないでしょ」
「それにこれイタチなんじゃないですか?ヤクザが俺らを依頼したみたいにそのグループ側も誰か連れてくるのってのを繰り返すだけなんじゃないですか?」
「まあ言いたいことは分かるけど、グループ側に私たちみたいのを雇う資金力はないらしいから大丈夫よ」
御園はコーヒーをティースプーンでかき混ぜながら続ける。
「だいたいさー、ヤクザもダサいんですよ。結衣さんの話だと警告→俺らの出番って話だけどそんなのヤクザのメンツが許すはずないから実際には警告→兵隊出動→負け→俺らの出番ですよ。自分たちでどうにか出来たらわざわざ俺らに依頼するはずないですし」
「そんなのは私だって分かってるわよ」
御園は今回の依頼が乗り気ではないのだろうか?後ろ向きな感じがすると長瀬は感じた。
(ヤクザに尻込みするような性格じゃないしどうしたんだろ?)
少し考えたが結局何を考えているのか分からなかったので長瀬は直接御園に聞くことにした。
「どうしたの?さっきから消極的じゃない」
「結衣さん」
「な、なに?」
御園が真剣な顔をして長瀬を見つめた。見た目だけは端正な優男が自分の名前を呼んで真面目な顔をしたことに少しドキッとした長瀬は吸い寄せられるように御園と目を合わせる。
「今回の依頼、もっとヤクザが弱ってから受けませんか?」
「……そんなことだろうとは思ったわよ」
今日何度目かのため息が長瀬の口からこぼれる。
「ヤクザの力を出来るだけ削っておいた方が後々もっと依頼来るようになって荒事は俺ら頼みに、つまり依存させることが出来たらよくないですか?」
「御園君はほんと変なとこで頭回るよね、私たちしか頼れる相手がいないならそれのが良いのかもだけど残念ながらそうもいかないのよね」
長瀬が言うようにヤクザが頼れるのは何も御園達だけではない、今回は御園達にたまたまお鉢が回って来ただけで長瀬が知っているだけでも御園のような超能力を扱う解決屋は多くはないがそれでも両手の指の数はいる。それに、彼ら依頼主が望んでいるのは依頼の完了であってそれがどのような手段によるものなのかは問われないことがほとんどだ。極端な話、超能力者でなくても構わないという事。それならばいくらか手間はあっても他にも手段は無数にある。
「結局はコツコツとお仕事して信用稼ぐことが次のお仕事に繋がるのよ」
そう長瀬は結論付けた。
「そんなもんですか」
「そんなもんよ」
それ以上は御園も引きずらなかった。御園も言ってみただけというつもりはないが上司である長瀬が何か納得しているようなので慎んだ。
「で?そのグループは何人いるんですか?」
「依頼主からの情報では3人、全部が超能力者ってわけではないだろうけどさっき御園君が言ったように一度はヤクザと戦って生き残ってるってことは相当手練れよ」
「そんな手練れがやっていることが小麦粉売りってのは泣けますね」
ハンっと鼻を鳴らして笑う御園の顔は余裕気だ。実際、御園にグループ3人と戦うことになんの気負いもない。それくらいに御園は自らの能力絶対の自信を持っている。だからいざ戦闘になっても緊張もない、ただ仕事をするときに感じる面倒という億劫さを感じるだけ。
「またそんなこと言って、油断しないでよね」
だから、自分の絶対の能力を心配されるというのはその能力を疑われているようで腹が立つ。
「誰に向かって言ってんの?」
御園はこの日初めて意識せず敬語が外れた。正面に座る長瀬を冷たく睨む御園の目にはこらえられない苛立ちが混じっている。その気になればお前を相手殺すなんてわけもない。それをしないのはただ俺がそれをしないという以外の理由はないのだとその瞳は語っていた。それは長瀬にも伝わっている。そして自分が抵抗をしたところで御園に勝てないというのも。
それでも、長瀬が御園に臆することはない。
「御園君、仕事の話よ」
「……はいはい」
すっと御園の目が冷静を取り戻していく。そしてその目には羞恥がありありと浮かんでいた。それに気づいた長瀬はふふんと笑う。
「キレやすい若者ってほんと怖いわね」
「もう、やめてくださいよ、仕事の話するんじゃないんですか?」
御園は顔が熱くなった、あんな小さなことでキレてしまったのが恥ずかしかったからだ。御園は自分のことを理知的と思っている分、すぐに導火線に火がついてしまう自らの欠点が恥ずかしい。いや自分は小さな人間ではないのだ、そこのところは分かって欲しい。本当ならあんなのはスマートに受け流せて優雅にコーヒーを飲んでいるのだと、なまじ正解と思える行動が頭の中で出てきてしまうため余計失敗したことが悔やまれる御園だった。
あの後、話し合いも終わりかという間際に御園が仕事の話で集まったのだからこれ経費で落ちますよね?と確認すると長瀬はハッとした顔をした後にメニューを開きショートケーキを追加で注文した。帰り際、今後は仕事の話はここでしようかという長瀬の現金さに思うところはあったが何も言わなかったのは御園にも都合が良かったからだ。
仕事の時間に迎えに行くから絶対に用事を入れないようにと念入りに釘を刺され辟易しながら了承の意を伝えても長瀬は疑惑のまなざしで見つめてくるので御園はイラっとしたが、長瀬がそう思うのも無理はない。
学生アルバイトかよってくらいに御園は勤務意思も態度も悪いのだ。メール一行で『今日休みます』とだけ送られてきたこともある。
最後に「明日だからね」と長瀬が言って二人は別れた。