プロローグあるいは日常
御園燈夏は心優しい少年だ。東に病の少年が居れば偽の薬を渡し西には疲れたからと行かず南に死にそうな人間が居ればとどめを刺し北に喧嘩や訴訟があればもっとやれと囃す。
御園はふああ、と大きくあくびを漏らす、電話でいきなりにお仕事ですと呼び出され深夜の二時に自宅に迎えがやって来たのを当然のように無視、しびれを切らした上司が玄関の合鍵(御園の知らない間に勝手に作られていた)を使い布団を引っぺがして無理やり連れてこられたせいで御園は寝不足だった。
外から見て、その光景は異常であった。
御園の足元には御園よりも一回り程は年上であろう男達が倒れ伏していて、あろうことか御園はその中の一人の背中を座布団代わりのように座っていた。
スマホを眺めながらじっと座っている御園にそのことに関する感慨は特にない、強いて言えばジャージが汚れなくてラッキーくらいだ。
「な、なぁ、これから俺たちはどうなるんだ?」
下敷きにされている男が震えながら口を開く。命乞い以外の言葉が出たことが珍しいと思った御園は気まぐれで答えてやるか、という気になった。
「お前も知っての通り俺たちみたいなのは少ないからなぁ、実験材料とかにされるって話は聞いたことあるぜ。それに下働きの奴らがズタ袋を山に埋め行ってるってのも聞いたかな」
「……」
御園もそれが本当のことなのかは知らない。ただそれは彼らの中での共通認識でどこのグループでも似たような話はされている。
脳に電極を生きたままブッ刺される。地下で死ぬまで働かせられる。どれも漫画のような話だがその噂が絶えたことはない。少なくともどれかは本当なんだろうなと御園も考えている。
ひとおもいに殺してやるのも優しさなのかもしれない。そこまでの義理は御園にはないし、あの口うるさい上司のことだ、タコ耳な説教がやってくるのは間違いないのだからわざわざそんな面倒なことをするつもりはない。
「それは……嫌…だな」
「そりゃそうだ」
重く自分に言い聞かせるような男とは対照的に御園はカラカラと笑った。男の身体が震えだす、それは怒りからでもなく恐怖によるものでもなく、奮起の前兆だった。
「わりぃけど、抵抗させてもらうぜ」
男の身体から煙が立ち昇り始め、あっという間に火が付いた。文字通り火事場の馬鹿力。自らをも燃やしてしまう全力の炎。御園相手にも使うことをためらっていた力を男は開放する。
炎になったそれは男の背にいる御園もたやすく燃やして、しまわなかった。炎は御園を避け、燃料もないのに勢いを増して生い茂るように地面を這って広がっていく。アスファルトで出来ている地面は炎の熱に溶かされていく。
そんな状況でも御園は全く動じずにいた。
「力の差が分からなかったのか?こんなちゃちな炎じゃ俺は殺せないよ」
「……ほんとデタラメだな、どういう能力してやがる」
「さあね」
そんなことより、と御園は続けた。
「カチカチ山になってるけどいいのか?」
それは男だけの問題ではない。御園は平然としているが二人からほんの五メートルも離れていない場所で男の仲間二人が炎に巻かれていた。二人は御園に気絶させられていて逃げることも祈ることも出来ない。自分の能力の癖に制御も出来ないのかと御園は考えて、ある可能性に思い至った。
「お前、優しいのな」
男は自分の仲間たちが拷問を受けたりしなくていいようにここで殺してやるつもりなのだ。ひとおもいに殺してやるのも優しさ。それはさっき御園も考えたことだ。
「お前が死んでくれればこんな事しなかったんだけどな」
肉の焼けるにおいがする。炎は通常ではなしえないスピードで男たちの身体を蝕んで、まるで新聞紙に火をつけたように男たちの身体は無くなっていく。最後に残ったのは燃えカスだけだった。
その後、迎えと事後処理の人間がやってきて御園は無事に仕事を終わらせたことと対象が死んだことを報告(男たちを拘束したと連絡してあった)すると現場を見た上司は
「御園君の能力ならこんなになる前に辞めさせれたでしょ!」
と、解けたアスファルトや燃えた路地裏の壁を指さして事後処理もただじゃないんだからねと怒った。男たちが死んだことはどうでもいいらしい、いやむしろ死体処理の手間がなくてラッキーくらいは思ってそうだ。
「あんたいい趣味してるよ」
御園はひくりと笑う。
帰りの車内でもお金の大切さについてこんこんと説明をされ続けて御園はキレた。