09話 『公園のリア充爆発計画 1』
「さっ、着いたわよぉ~」
目を開けるとそこは、木製の狭い小屋の中だった。
寝袋、簡単なイスと机。あとは木でできた棚。家具はそのくらいで、あとは机の上やそこかしこに、何やら怪しい器具がたくさん置いてある……
ガラスでできた細長い棒とか、円柱型の容れものとか、木の複雑な台とか、天界では見たことの無いものが色々……それになんだか変な甘い香りがする……
「マティーニさん、ここは…?」
辺りを見回しながらそう聞くと、ふふ~ん♪と上機嫌なマティーニさんが、嬉しそうに教えてくれた。
「私が人間界に来たときようにこっそり作っておいた拠点で~す!ここで一緒に生活しまぁす」
じゃじゃーん、とおちゃめに手を広げて、元気に紹介するマティーニさん。
それに対し、テンションの低い私。
う、うーん……
そんなに得意げになるほど立派な拠点かなぁ……結構狭いし、謎の道具だらけだし、きたな……ゴホンゴホン。
そんな間にもマティーニさんは目をキラキラさせて、私にお気に入りの道具を紹介し始めた。
「もうねぇ、このねぇ、実験器具ちゃんたちが最高でしょう~?人間界ってほぉんとに道具が発達しているからぁ、実験がはかどっちゃ~う!」
そう言って、うっとりした顔をする。
確かに、人間界は色んな道具があると聞く。机とかイスとか、簡単なものは天界と変わらないけど、あちこちに置いてある知らない器具は、どれも面白い形をしている。
マティーニさん曰く、長細いやつは試験管、円柱型のやつはビーカー、と言うそうだ。
「マティーニさんって、こういうの好きなんですか?あ、でもそういえば、さっき天界で爆弾出してくれた時に調合したとか言ってたような……」
死なない程度の強さで調合した、と言っていた。
ていうか、そもそもなんでマティーニさんは人間界に来る必要があったんだろう?
マティーニさんに質問すると、「あ、そうねぇ、助手をお願いするんだし、話しておかないとねぇ」と、手を叩き、「まぁまぁ座って~」と近くにあったイスを私に勧めた。よっと腰かける。
「私はねぇ、ちょこ~っと変な薬を作るのが趣味なのぉ~」
そう言って、マティーニさんはそばにあった試験管を目の前に持ってくる。
フリフリと振ってみせると、中のピンク色の液体がゆらゆら揺れて、辺りにふわっとシロップみたいな香りが広がった。
どうやら、甘い香りの正体は、薬品の香りのようだ。
「私の薬、実はある筋では結構評判でねぇ。割といいお値段で売れるから、それを売って生活してるのぉ~。でも最近、天界の王宮に目を付けられ始めちゃってぇ~、突き止められないうちに、足のつきにくい人間界に移住しようと思って、こっちに来たんだぁ~」
んもう、めんどうよねぇ~、とため息をひとつ。
確かに、王宮の監視はかなり厳しい。1度目を付けられたら、かなり厄介だろう。
「なるほど…私はじゃあ、この薬を調合するお手伝いをすればいいんですか?」
「ううん~、ブーケちゃんには、この薬の材料の調達。リア充の破局エネルギー集めをおねがぁ~い♪」
ニコニコ~。
って、え!?
「この薬、リア充を爆発させたエネルギーでできてるんですか!?」
そんなことできちゃうの!?
人の不幸で食べていくを、地で行く商売だなぁ…
びっくりする私に、マティーニさんはニコニコと「そうよぉ~、だって堕天使だも~ん」と片目をつぶり、ポーチから紫色の小瓶を取り出した。
「これがぁ、さっきブーケちゃんが爆発した、カエルのリア充の破局エネルギーねぇ」
こ、これがさっき私が爆発させてしまったカップルの……!
こうやって爆発した結果を目で見ると、なんとも言えない罪悪感があるな……
「これをぉ、こっちの液体にぃ~、1滴加えまぁす」
ポチョン。
すると、液体はみるみるうちに黒く変わり、ブクブクと沸騰を始めた。
「このまま、何度かエネルギーを加え続けてぇ、愛情たぁっぷりかけて煮詰めたらぁ、完成~♪」
うふふふ~、と鼻歌を歌いながら液体を見つめている。
相変わらず楽しそうだけど、破局エネルギーを愛情込めて煮詰めるなんて、すんごい怖いこと言ってる……マティーニさん、かわいい顔して恐ろしい……
「こぉんな感じでねぇ、ずっと薬を作ってたのぉ。ちょっと前までは別の助手が手伝ってくれてたんだけどぉ、辞めちゃってねぇ~。だからブーケちゃんが来てくれてほんと助かるぅ~」
キャッキャしながら私の手を取り、ウキウキしてるマティーニさん。
無邪気なんだかなんなんだか……
「しかも人間界、ほぉんとに楽しみだったのよぉ~!天界の人たちって、堕天使に風当たり強いでしょぉ~?天使たちからす~ぐ警戒されちゃうから、エネルギーも集めにくくてぇ」
確かになぁ、天使の間での堕天使の怖がりようは凄まじい。
マティーニさんは、教会からこっちへ来る直前、忘却薬を使って、式場にいる天使たちの記憶を消してから人間界にやってきていた。
堕天使が天界でバレずに活動するのは、色々と大変なのだろう。
「ブーケちゃんも、リア充を爆発できてハッピー。私も、だぁい好きな薬が作れてハッピー。これってとっても素敵よねぇ~」
両手の指を組んで、うっとりと目をつむっている。
い、いやいやいや!?
私がリア充本気で爆発したいってなっちゃうのは、マティーニさんが勝手に体質変えちゃったからだからね!?
とマティーニさんに突っ込みを入れるも、細かいことは良いじゃなぁ~い、とやっぱりマイペースな回答が返ってくる。
やばい…早くも、このお姉さんに尻に敷かれる関係性ができつつある……
先行きが怪しくジト目をするも、やっぱりマティーニさんはニコニコしてる。
「さぁ、お金も稼がないといけないしぃ、こっちに来る直前に、グラスさんとお姉さんをチラ見して黒くしちゃったあなたの羽根も戻さなきゃいけないしぃ。さっそく、破局エネルギー求めに出かけるわよぉ~!」
うう……そうなんです……
私は、身体をねじって、真っ黒になってしまった自分の羽根を見る。
実はまだ、羽根黒いんです…
せっかくカエルカップルを爆発させたのに、その後マティーニさんにグラス様と姉さまの姿を見させられたせいで、黒くなったままなんです……
だから、リア充爆発しないといけないんです……
はぁ、と黒い羽根を恨みがましく見る。
さっき一度爆発を経験して、分かったことがある。
それは、爆発する時はいいけど、爆発した後、ものすごい虚しい気持ちになること…
ただでさえ最愛の人に失恋して、心にぽっかり穴が空いてるんだ。
これ以上スカスカな気持ちになるのは、割と結構しんどい…
そう思った私は、あっ、と閃いて、マティーニさんに1つ提案をした。
「どうせやるなら……スッキリする爆発、してもいいですか?」