06話 『初めてのリア充爆発計画 1』
途中、何度か迷いながらも、なんとかギリギリ式場にたどり着いた私。
目の前には、大きくて分厚い、茶色の教会の扉がある。
……だ、ダメダメ、こういうのは一度足を止めると、もういくじがなくなっちゃうのよ……!
大丈夫、あのお姉さんにもらったパワーを忘れたの!
胸を張って、行くのよ!
私は、教会の重い扉を、ぐっと押した。
「汝、ティアラ=ラベンダー。この者を夫とし、死が二人を分かつまで、永久に愛することを誓いますか?」
うっ……タイミング悪い……
1番いいところじゃないか……
もう少しためらってから入っていれば、この1番のクライマックスは見なくて済んだのに……
ちょっと隠れてあとでまた来よう、と式場をそっと出ようとするも、母さまは目ざとく私を見つけ、「ちょっとあなた、遅いじゃない!いいところよ」と隣の席をポンポンする。
うう……ツイてない……
こんな公開処刑のタイミングからなんて、すごいツイてない……
私はしぶしぶ、母さまの隣に座った。
「誓います」
姉さまが、控えめだけど澄んだキレイな声で、神父の問いに答えた。
あーあ、姉さまきれいだなぁ…
相手がグラス様じゃなかったら、心の底から嬉しかったし、誰よりも祝福できたのにな……
神父が姉さまの目を見てうなずき、次いで、グラス様の方を見る。
「汝、グラス=ミスト。この者を妻とし、死が二人を分かつまで、永久に愛することを誓いますか?」
グラス様は、真っ白な新郎衣装を着ていた。
ああ。本当に結婚するんだ。
白いジャケットと、白いパンツ。瞳と同じ色の、空色のタイ。
夢にまで見た、グラス様の新郎姿。
だけど、想像していたのは、こんな遠くのベンチからの姿じゃない。
隣で、同じ場所に立っての姿だった。
今、隣にいるのは私じゃない。
結婚するのは、私じゃない。
何度も見た想像の中の姿より、やっぱり本物の方がかっこいい。
色々と残酷すぎるその姿は、私の胸をズキズキと苦しめた。
「誓います」
ドクン。
息が詰まった。
やだ、やだ。
そんなに真剣な声で、姉さまとの愛を誓わないで。
やだ、絶対にやだ。
「では、誓いのキスを――」
姉さまのベールを上げ、グラス様は真剣な目で、姉さまを見つめた。
ドクン。ドクン。
やだ。
やめて。
心の奥から、何か黒いものがせり上がってくる。
姉さまのこと、見ないで。
もっとじわじわと、どす黒いものが広がってきて、次第に胸が潰れそうになってきて。
気分が悪い、でも二日酔いとは違う、心が塗りつぶられるような、焼き切られるような、もっと尖った感覚だった。
2人の顔が近づいていく。
姉さまが目をつむった。
嫌だ。
やめて。
心が、黒く染まる。
絶対に、嫌だ。
姉さまじゃなくて、
「私をっ、見て!!!」
唇が触れ合う直前、
想いのまま、私は叫んでいた。
心がシンと、冷たくなった。
瞬間、
「イダダダダダダダ!?!?」
背中が燃えるように熱い!
なんで急に!
え、てかほんとに燃えてるんですけど!?
「ちょっと、ブーケどうしたの!?ど、どうしましょ…!」
隣の母さんがあまりの急なできごとに、オロオロしている。
周りも、私の叫び声に驚いて、私をたしなめるようににらんだが、羽根が燃えていることに気付くとさすがに動揺し始める。
グラス様と姉さまも、騒ぎに気付いて、そして私を見て、どうしよう、と不安げに顔を見合わせた。消火隊を呼ぼうとしてくれているのか、傍にあった非常用の電話を取ろうとし、同時に取ろうとして2人の手が当たった。
あっ、みたいに初々しく顔を見合わせ、照れる。
は?何それ、私の非常事態でもラブラブですか?
リア充調子乗ってんなよ?
と、なぜか隣でポカンとする母さま。
あれ?どうしたの母さま。
「何か言ったって、あなた……そんなに言葉遣い悪かったっけ…?」
え、私別に、心の中では口悪いけど、声には出してないと思うんだけど……
そうする間にも羽根が熱い!早く消さないと丸焦げになっちゃう!
姉さまが受話器を掴んだ。が、焦ったのか、手が震えてうまく番号が打てない様子。するとグラス様が、サッと後ろから番号を押した。姉さまは振り返って、ありがとう、とほほ笑む。
何それ何それ何それ……
こっちがこんなに切羽詰まってんのに……
イチャコラ楽しそうですね!?姉さまの羽根も燃えちゃえばいいのよ!!
「あなた、何ひどいこと言ってるの!最低よ!」
も、もしかしてこれ、心の声が駄々洩れになってる!?
なんで!?今までこんなこと生まれてから一度も無かったし、天使の間でもこんな現象聞いた事ないんだけど…!
軽くパニックになっていると、ふと、羽根の熱さが消えた。
自分からは見えないけど、どうやら、火が自然に落ち着いてきたようだ。
よ、よかった……
なんか、心が今までに経験したことないくらいどす黒い感情でいっぱいになったり、急に叫んじゃったり、羽根が燃えたり口が悪くなったり、色々一度に起こりすぎてパニックになっていたけど、とりあえず羽根の火が消えてきて一安心した…
「母さま、良かった、熱くなくなってき」
母さまの方を見ると、ひどくギョッとした顔をしている。
「あ、あなた…」と、口に手を当てながら、身体を震わせている。
「は、羽根が、黒くなってる……」
え…?
「え、……そ、そんな馬鹿な!だって、黒い羽根は堕天使の……私、普通の天使だよ、そんなことあるわけ…」
瞬間、上から声が降ってきた。
「あるんだなぁ~、んふふふ~♪」