ゆきさき。
四時間目の間、授業は、三時間目よりもちゃんと聞けたけど。それでも、チャイムが鳴ると、一度は落ち着いた鼓動が、激しく鳴る。小山田さん、本当に来るのかな。食堂で食べに行くような人たちはさっさと出ていって、お弁当を持ってきてるのは七、八人くらいしかいない。その人たちも、仲のいい人どうしで机を近づけたり、他の教室に行ったりで、その中で取り残されてるのはわたしくらいだ。
スマホを覗いても、通知は一つも来てない。本当に、来るのかな。
「茜ちゃんいるー?……あ、いたいた」
後ろ側のドアから覗かせた顔と、目が合ってしまう。もう片っぽの手には、黒いランチバッグを手にして、肩には大き目な水筒をかけた姿。思わず、熱くなった頬。わたしの、どうしようもなく嫌いな体質。向日葵の花みたいに朗らかに笑って、手を振ってるのを見ると、余計に惨めになる。
「あ、小山田さん……」
「せっかくだしさ、一緒に食べない?」
「え、と、い、いい、ですけど……」
その光が眩しくて、流されて。結局言うなりになって。それでも、小山田さんは一人よがりってわけじゃなくって。一緒にいるだけで胸がざわつくのは、警戒心がないわけじゃないけど、
「けど、何?」
「その、……お外で、食べませんか?」
「んー、いいよ?わたしいいとこ知ってるんだ、涼しいし汚れないし」
わたしなりに、隠れて食べるにはいいとこは知ってるけど、なんで小山田さんみたいな人が知ってるんだろう。運動部にも入ってるみたいだし、こんなに明るいし。……でも、わたしにLINE返すのは、けっこう早かったし、他の友達とお弁当だって食べられるよね。
「えっと、じゃあ、……そこで、いいですか」
「うんっ、おいで?」
お弁当と水筒を持って、小山田さんの背中についていく。歩くのも、けっこう早いな。わたしのほうが背が高いのに、少し早めに歩かないと置いて行かれそう。ときどき振り返ってくるから、目が合って、その度に、頬の奥が熱くなって、伏し目がちにになる。
旧校舎のほうに続く廊下を進んでいくと、次第に人気も少なくなる。旧校舎は文化部の部室になってるから、普段はこっちのほうに来ない時間だし。わたしも旧校舎のほうに行くのはたまにあるけど、高等部側からだと遠いからあまり行かなくなってた。
「あ、あの……、なんで、こういうの、知ってるんですか?」
「あー、……わたしも、たそがれたい時くらいあるよ」
「えっと、そうじゃなくて……」
「どうやって見つけたかってことね、ちょっと長くなるから、着いてからでいい?」
旧校舎までやってきて、二階に上がる。三階に行く階段は立ち入り禁止の札が立ってるから、そっちには行かないで廊下を進む。そっちだと、部活が使ってない空き教室もあるし、鍵も開いてるから入り放題だ。一番隅っこまで来て、「220」と書かれた教室のドアを開けてくれる。
「あ、ここだよ、入って入って」
「え、じゃあ、お邪魔します……」
「もう、わたしのおうちじゃないんだからさ」
そう言って、ころころ笑われる。どうしよう、また失敗しちゃった。逃げ出せるなら、逃げ出したい。でも、小山田さんのほうが足も速いだろうし、約束をこっちから破ったら、それこそ嫌われてしまいそうで。
「そ、その、ごめんなさい……」
「謝んなくていいからさ、こっち座って?」
小山田さんが先に席に座って、その後ろを指される。机には、先に小山田さんのお弁当と水筒が置かれて、椅子ごとその机のほうに向けている。一番壁側の、真ん中あたりの席。ここだったら、外からはあんまり見えない。
「は、はい……」
二人きり、逃げられない空間で向き合う。ふわついたままの心は、どの感情のところこにも行けないまま。