よどんで。
「その、あんまり恵理さんが好きそうなのないけど……」
「いいよいいよ、あれ、この卵焼き何か入れてるの?」
結局、昨日と同じ空き教室で、二人きり。純粋にお料理のことを訊いてくれるのは、ちょっと嬉しいけど。それでも、やっぱり慣れない。
「えっと、しらすとほうれん草で……」
「へー、わたしお肉苦手だからそんなに食べなくて貧血になりやすいんだよね。こういうのいいかも、帰ったらお母さんに教えてあげよっかな」
「あー、ほうれん草ってけっこう鉄分多いんですよね、あとは海藻とか貝類とか……ですかね」
「そうなんだ、あんまりそういうの覚えてないからなぁ……」
わたしも、自分で作り始めた時、倒れかけたことがあるし。今は自分のご飯はほとんど自分で作るようになって、それこそ、ちゃんとしたおいしいご飯が食べれないのは死活問題だから。
「自分で料理するようになって、結構調べたから、それだけです」
「えー?そめちゃくちゃすごいよ、どういうのが栄養あるかなんて普通分かんないって」
「そう、ですかね……」
それくらい、普通のことじゃないのかな。褒められるのもなんでか分かんないし、どういう風に返せばいいのかも分かんない。お世辞なんてものじゃないのは、まっすぐすぎて、まぶしい笑顔でわかっちゃうの。
「もー、すごいって、……もらっていいかな、わたしの鯖のムニエルあげるから」
「あ、うん、ありがとう、ございます……」
恵理さんって、なんかわんこみたい。真っ直ぐに気持ちを向けてくるとことか、リアクションが大きめなとことか。
二個あったのの半分を箸で切って、わたしのお弁当箱に入れてくる。それから、わたしの卵焼きをつまんで、そのまま口に運ぶ。
「ん〜っ、おいし〜っ。やっぱり茜ちゃんのお料理すごいよ〜!」
「そ、そう。かな……」
恵里さんにとってはそうだっていうのは、わかるけど。だって、こんなに喜んでる。さっき、わんこみたいって思ったけど、後ろで、ぶんぶんってしっぽを振ってる幻覚が見える。……もっと前に出会えてたら、わたしも、こんな風になってなかったのかな。
「そうだよ、もう……」
何か言いたげに、一気に寂しそうな声になる。わたし、何かしたかな。せっかく、『ともだち』でいようとしてくれてるのに。
「その、……わたし、何か変なこと……」
「ううん、そんなことないよ。……でも、ちょっと寂しいな、……茜ちゃんが、自分のごはん、おいしいって思ってないの」
そうじゃない、そうじゃないけど、……じゃあ何って言われたら、うまく言えない。エアコンは効いてるはずなのに、わたしの周りの空気が、急にじっとりする。
「なんでもないよ、忘れて?……わたしのやつ、どうかな?」
からりとした空気、作ってくれようとしてるけど、……わたしは、出られないよ。このよどんだ空気から。