ふらふら。
お母さんからドア越しに呼ばれて、お風呂の準備をする。その前に、スマホは、……ちかちか、緑色の通知ランプを灯してる。胸が重苦しいのに、ちょっとだけ、ほっとしてるわたしがいる。やっぱり、優しい。どうして、そんなになるのか、気になるほどに。
「お友達、かぁ……」
たったそれだけの理由で、こんなにかまってくれるものなのかな。それも、今日初めて会ったばかりの人に。どういう距離感なのが正しいのかすら忘れてしまったわたしには、無理。恵理さんみたいに、懐に飛び込んでいくなんて。
部屋着でそのまま寝るし、替えの下着だけ持っていけばいいか。でも、その前に、ちかちかと光るスマホの待ち受けを開く。相変わらず、明るくてよく通る声が聞こえてきそうな文面。
『おー、すっごくおいしそう!!φ(c・ω・ )ψ 』
『でも、テスト前だったよね、終わってからでいいよ、無理言ってごめん(。-人-。)』
『明日もお弁当一緒していい?(ㅅ˙ ˘ ˙ )♡』
明日も、一緒にご飯なんて。想像しただけで、胸の奥が熱くて痛い。……でも、引き上げてくる糸を、自分から切り離すなんてできない。まだ、怖いよ。でも、嬉しくないなんてこともなくて。
返事は、まだ打てないや。このまま書こうとしたら、多分寝るまで何も出来ない。
大丈夫、きっと。恵理さんは、返事が遅れたくらいで見捨てるなんてしないはずだから。部屋の中に居たがる意識を、無理やりお風呂場まで引きずる。
そんな状態じゃ、のんびりお風呂になんて入れるわけなくて、考えることばかりで、のぼせそうになる。どうして、……その先は、答えなんて見つからない、あるとしても、訊く事なんてできない。ふわふわして、落ち着かない。体を洗うのも、忘れそうになるくらい。あの顔が、頭の中で何度もよぎって。
お風呂出たら、もう早く寝ちゃいたい。けど、いろいろしないといえないこともある。寝支度だってあるし、明日のお弁当のために、お米研いでおかないといけないし、……恵理さんのくれたメッセ―ジにも、返事しないといえないし。
リビングに行くと、お母さんがもう台所にいた。
「疲れてるんでしょ?炊飯器はもうセットしてるから早く寝なさい?」
「え、……うん、ありがと……」
「私が言えたことじゃないけど、もっと自分のために時間使ってもいいんだから」
「う、うん。……わかってる、おやすみ」
あまり声聞けないからかもしれないけど、いつもより優しく聞こえる。リビングに行く理由がなくなって、「おやすみ」って返してくれる声に押されて洗面台に向かう。いつも通りの事を済ませて、ベッドに思いっきり倒れ込む。
自分のために時間を使っていい、か。……自分で踏み出すための勇気は、もうどこにも見つかれないや。いつも、何かに引きずられてばかり。
そうだ、恵理さんに返事しなきゃ。……ほら、こういうときとか。嫌とは言い切れないけれど、いつも、相手の顔色を窺ってばかり。
『試験前なの、私も忘れかけてました。そうして頂けるとありがたいです。』
『恵理さんが嫌じゃないなら、明日も大丈夫です。誘っていただき、ありがとうございます。』
たったこれだけの文字を打ち終わる頃には、もうとっくに、お布団のぬくもりと、部屋の冷房でよく冷えた空気しか感じられなくなった。