くらやみ。
「んんぅ……」
暗がりの中、目を覚ます。ベッドのそばに置いてある目覚ましのライトをつけると、まだ九時にもなってないことがわかる。洗い物も、後でいいや。どうせ、もうすぐ帰ってくるし。
……嫌な夢を見てた、ような気がする。なら、覚えてなくてよかった。ただでさえ、今の心は土砂降りなのに、これ以上何か起きたら、わたしの心なんて、多分簡単に壊れてる。
今日だけで、多分一年分おはなしした。傷つけないように、傷つかないように、考えて、考えて、後戻りできない綱渡りはわたしには無理で、何度足を滑らせても終わらせてくれない。それどころか、手を引っ張ってきて、……どうして、こんなに危うい足場なのに、そんな早足で行けるの。どうして、わたしのほうがずっと遅いのに、手を離さないの。それを言うことすらも、息が上がってできないのに。
からかうにしては、距離が近すぎる。友達同士でも、そんなに近づいたりするのかな、それこそ、あったかいぬくもりを感じるくらいの距離に、ぐいぐい入ってきたりとか。それも、初めて出会った人に。
零れたため息は、誰にも聞かれない。家の中にはわたししかいないんだから、当たり前だけど。それすらも、もし、恵理さんがいたら、なんて考えが頭の中を巡る。「どうしたの?」なんて、顔を近づけてくるんだろうな。それこそ、あったかいかおりを感じるくらいの距離まで。
恵理さんといると疲れるのに、いないときに限って考えてるのは、何でなんだろう。苦しくて、熱いだけなのに。とりあえず、レシピのことも考えなきゃ。この気持ちを紛らわすには、大好きなことでも考えないと無理。おんなじのを作ってるメニュー、探してみようかな。本だと、和食系のものかな、新しいのを探すのは本のほうがいいけれど、あるもののを探すなら、ネットで見たほうがたどり着きやすい。けっこう見つかるけど、焼くもので、つなぎを使わないのだと、あんまり見あたらない。大体メニューだと大葉を使ってるから、その代わりにチーズを使えばちょうどいいかも。とろけるチーズの半分くらいがちょうどいいのかな。
大体、一尾に対して梅干しは十グラムくらいみたいだし、それは無理に外さなくてもよさそうかな。普通に焼くのもあるけど、蒸し焼きにするのもあるんだ。わたしはふわふわしてるほうが好きだし、……恵理さんの卵焼きも、ふわふわだったな。……よし、それのでレシピ作って、早く送ろう。何回も待たせちゃってるし。
待たせすぎて、怒ってなかったらいいんだけど。そんなに早く動けないのに、強引に手を引っ張られて綱渡りさせられるのは、純粋に怖い。でも、その手を振り落とされるのは、それ以上に怖い。落ちた先には、暗闇しかない。昔に落ちた、何もない底には、もう落ちたくないのに。