へんじは。
「んぅ……?」
ぼんやりとした部屋が、少しずつクリアになっていく。まだ、日は落ちてない。レースカーテンの向こう側に、オレンジ色の光が見える。まだ、六時ちょっとくらいかな。スマホで確認しようとして、……まだ、鞄にしまいっぱなしなのを思い出す。制服を脱いで、そのまま寝てしまったのも。
重い体を起こしながら、のろのろと鞄まで向かう。引っ張り出すと、通知はやっぱり来ていた。寝ぼけ眼には、それが何なのか分からないけど、まず間違いなく、『えり』という差出人の名前と、何件かのメッセージ。別に、期待してたわけでもない、……はずなのに。それが来るたびに、毎回のように心を乱されて、それなのに、心の中で欲しがってるわたしがいるような。
目をこすって見直すと、その予想はやっぱり当たっていた。しかも、三件も。最初のから巻き戻してみると、よく通る、夏の日差しのような声が耳をくすぐる。……そこに、恵理さんはいないのに。
『えっ、すっごくおいしそーっ!(o'¬'o)ジュルリ
レシピも待ってるからね☆』
『いくらでも待つから、茜ちゃんがいいなって思うほうを選んでほしいなo(^-^)o』
『でも、決めたときは教えてくれるかな?(人'v`*)』
本当に、今日会ったばかりの人なのかな。顔も表情も、すぐそこに見えてしまう。そういえば、レシピのことも結局考えてないし、調べなきゃな。あ、……その前に、ご飯研がなきゃ。やることに押しつぶされて、寮にしなかったのを、多分初めて後悔してる、かも。たった一人の存在に、ここまで狂わされていくなんて。まさか、恋でもあるまいし。そんなもの、わたしとは宇宙の端っこくらいに遠いもののはずなんだから。そりゃ、いろいろと気になる人ではあるし、嫌いか好きかで訊かれたら、多分、「好き」ではあるんだろうけど。別に、それ以外には何の意味もない、……はず。
そんな事より、お料理のことを考えよう。それだったら、意識も逸れるはず。今日の晩御飯のことだったら、少なくとも関係ないはずだ。こんなに頭の奥を揺さぶられるのなんて初めてだから、それにどう対処すればいいかなんて、全然わからない。
下着だけなのを思い出して部屋着に着替えてから、キッチンに向かう。気が付いたら、何かから逃げるように早足になっていた。あの光は、温もりは、きっと幻想なんだ。そう思わなきゃ、吸い寄せられて、虹の端っこに向かうみたいに、永遠に届かないものを追いかけ続けそうだから。
お米を研ぐ水の冷たさだけじゃ、現実には戻れない。……やっぱり、気がかりは、先に潰しておかなきゃ、指が傷だらけになりそう。
返事は、まだ返せない。レシピのことはともかく、……りんりん学校のことは、書類の締め切りもあるし、ずっと悩んでられるわけでもない。答えを探しに、また彷徨いそう。