なやんで。
さほど遠くない距離でも、息が上がる。頭の中を掴んで離さない影を振り払うために、必死で足を回してたせい。それでも、……振り払われることはないし、その人みたいにスポーツもろくにやらないから、それだけでも倒れちゃいそうになる。やることは、まだまだいっぱいあるのに。今日の一日が、まるで不思議の国にでも連れてかれたみたいに長い。夕方にもなってないのに、一カ月くらいに引き延ばされた感じ。
「ただいまー……」
鍵を開けて入った先は真っ暗で、いつもの事なのに、持っている買い物袋が重くなる。両親の帰りが遅いのは、今に始まったことじゃない。寮に住んだほうがいいって何回も言われてたけど、菊花寮に入れなきゃ他の人と一緒になるからって、頼み込んでこうしたのに。それだけ、人と繋がるのなんて、遠い世界の物語だったはずだった。……今日までは。
一瞬だけ、わたしの世界に来たそこは、まぶしくて。熱くて。騒々しくて。それなのに、優しくて、あったかい。思わず、ふらりと出て行ってしまいそうになる。その先が、銃弾の行きかう戦場みたいな場所だったからこそ、日の届かない影で生きてきたのに。
キッチンまで買い物袋を置いて、そのままソファに倒れ込みたくなる。……せめて、着替えなきゃな。制服のままだと、気持ちが重苦してたまらない。自分の部屋が、まだ一階でよかった。二階まで上がってたら、多分階段で行き倒れてる。とりあえず、お弁当箱と水筒をキッチンに置かなきゃ。お弁当箱といえば、……恵理さんからは、まだ何も来てないよね。でも、見る気力ないや。夏は下校時刻も長いから、まだ、部活も終わってないはずだし。
あー、……でも、洗いものとかご飯研いだりとか、いろいろまだ残ってるや。ご飯だけ研いで、洗い物は水に漬けとくだけでいいかな。今は、それ以上は無理。休む時間が欲しい。
とりあえず、流しのたらいに水を張って、お弁当箱を浸けておく。ご飯は、……六時くらいでも十分だし、いいかな。買ったものを冷蔵庫にしまうのを、ギリギリで思い出せてよかった。それも何とか済ませると、もう体力が底をつきかける。
部屋に戻って、制服を適当に脱いで、……これ以上は、もう無理。ベッドがぼふんと音を立てて、そのまま、眠気に包まれる。
あったかいのに、暑苦しくはなくて。強引だけど、優しくて。眩しいくらいにきらきらしてるのに、どこか、暗いとこがあるような。今日出会ったばかりなのに、何故かずっと前から会ってたような。
全然、つかみどころのない人。それでも、何度も頭にちらついてくる。その影に、追いつくことはできない。……何故か、近づいてくれるとき以外は。