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はじまり。

 人のいるところは、どうしても私には合わない。誰かに、見られているような気がして。今日も、学校に着くのは7時半。運動部の人たちはもう部活にいそしんでいて、そうじゃない人たちは、まだ学校になんて来ないような時間。我ながら、なにか隠し事でもしてるみたいだ。隠れたいのは、わたしのただの勝手だっていうのに。

 無人の教室に入って、鞄だけ机の横のフックに掛ける。もうちょっとすると、さすがに人も来るし、もう少しだけ、落ち着きたい。落ち着きなく無人の廊下を早足で抜けて、いつもの隠れ場所に。一応外だし、スマホとメモ帳だけ持って。朝の時間だと、中庭にはほとんど人はいないけど、それでもそのさらに隅っこに縮こまる。ここが使えるのも、あともう少しかな。大分粘ったけど、もうそろそろ暑すぎて溶けそう。そんなことを考えながら、スマホのアプリを開く。

 今だと、ネットで調べるだけでも、おいしそうなレシピは結構出てくる。柱の陰に座り込んで、レシピが載ってるサイトをしばらく探す。できるだけ、お弁当にも入れられるくらい手早くできて、おいしそうなの。確か、冷蔵庫に、半端な玉ねぎとキャベツがあったしけど、それが使えそうなやつ。豚コマがあったら生姜焼きにすればいいけど、今ソーセージが半端だし、そっちのほうを使い切りたいし、それにしよう。具材が決まれば、あとはどういうのにするか決めるだけ。夏場だから煮ものは暑すぎるし、自然と炒め物になる。あとは、どういう味付けにするかを、レシビを見て考えるだけ。検索画面に入れて、炒め物のレシピを何品か見てみる。塩こしょうだけっていうのもあるけど、夕飯には物足りないよね。ポン酢はさっぱりしてていいけど、……カレー粉を使うなんてあるんだ。なんか、面白そう。今晩は、これにしよっかな。メモとペンを取り出そうとした途端に、すらりと通った声が聞こえる。


「んー、何してるの?」

「ひゃああっ!?」


 声のしたほうを見ると、誰か、わたしの方、見てる。そのまま逃げだそうとして、ちょっとした段差に足が引っかかって、そのまま床に突っ込んでしまう。スマホもメモ帳も落として、廊下を滑る音だけが聞こえる。


「ったたた……」

「……大丈夫?怪我してない!?」


 手を差し伸べてくれてるのは、さっき声をかけてきた人で。青いシャツを着て、後ろでポニーテールがゆらゆらしてる。とりあえず、起きようとして、膝、けっこう打ったのかじんじんして、立てそうにない。


「えっと、たぶん、血は出て、ない、から……」

「でも、一応保健室行こっか、立てる?肩、貸すから」

「だ、大丈夫です、から……」


 その手をとって、強引に起きようとして、膝がまだ動いてくれない。まだ、じんじんしてる。


「でも、全然力入ってないじゃん、……それにさ、わたしがびっくりさせちゃったせいだから、責任とらせて?」

「そ、それじゃあ、おねがい、します……」


 あんまり、人に頼るのも苦手だけど、ここまで言われて突っぱねるのも、不自然、なんだろうな。一回、掴まれた手を離されると、脇のあたりをぐいっと引っ張られる。細身な体なのに、思ったよりすんなりと持ち上げられる。

 

「んっしょ、……どう?一人で立てる?」

「え、た、たぶん……」

「じゃあ。ちょっと待ってて、いろいろ落としちゃって、大変なことになってるよ?」


 まだ、痛いけど、一応立てなくはない。その間に、スマホもメモ帳も拾ってくれる。やさしい、けど、……また、熱くなって、真っ赤になった顔、見られたくない。まとめて渡してくれるのを受け取る。


「画面も割れてないし、こっちは大丈夫かな」

「うん、あ、ありがと……」

「それより、体のほうが大事だよ、……腕と膝もだけど、顔擦っちゃった?真っ赤になってるけど」


 かがんで膝を見て、それから腕を見て、上がった視線が、ちょうど、わたしのうつむいてるとこと合う。目、合っちゃった。逸らしたいけど、そしたら、また転びそう。


「それは、たぶん……、ひりひりしてない、ですから……」

「わかった、じゃあ肩担ぐけど、いい?」

「え、……っ!」

「速さ、そっちに合わせるけど、進めそう?」


 いい、なんて言う前に腕を回されて、早口で訊かれる。こっち、見ないでほしいのに、ずっと、わたしの顔ばっかり見て。


「は、はい……」


 痛む足を引きずって、保健室までつかえながら歩く。いつもだったら、ちょっと歩けばすぐなのに、焦る気持ちともどかしさで、星のむこうまで歩いてるような気分。


「さっきはごめんね、びっくりさせちゃって」

「いえ、だ、大丈夫、です……っ」

「そう?でも、話しかけないようがよかったかな、慌てさせちゃって」


 そうだけど、なんかそうじゃない。別に、悪い事したわけじゃないんだし。言おうとしても、喉がつっかえて、何も言えない。わたしこそ、申し訳ない気分だ。


「何してるか、訊かれたくなかった?」

「それは、その、そんなでも、ないです、けど……っ」

「じゃあさ、後で訊いてもいい?」

「え、えっと、いいよ、……です、よ」


 言った瞬間、後悔する。こんなのやっても、ただ、苦手な時間が増えるだけなのに。多分、話をしたら、絶対「こんなことしなきゃよかった」って思うだけなのに。

 保健室に着いて、説明も何もかもやってもらっちゃった。その人も、荷物取りに行くって外に出ちゃったし。

 保険医の先生に椅子に座らせてもらって、打った場所の様子を調べてもらう。血も出てないけど、膝はちょっと打撲みたいになってるらしく、氷で冷やしてもらうことにする。

 ……そういえば、さっきの人、誰なのかまだ訊いてなかった。ため語で話してたから、多分同級生か先輩なんだろうけど。戻ってきたら、お礼も言わなきゃ、……考えるだけで、頭がくらくらしそう。

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