7.美人騎士にスカウトされました
「ユース兄様!」
「…ティア……成人したというのに、落ち着きのない……
甲冑姿という事は、戻って来たばかりであろう?報告は済んだのか?」
「お小言は後で……召喚の儀、滞りなく終わられたと……
迷い人の渡りもあったと聞きました。サキュラと同じ世界から来たらしい事も……彼女が新たな迷い人なのでしょう?」
扉の前で警護していた騎士、キュリアスの制止を無視して、神官長執務室に乱入してきた騎士は、捕食者の様な眼をしてリンカを凝視しながら、神官長に詰め寄っていた。
ほえぇ~、美人な騎士さんは神官長の妹さん?二人とも、銀髪に緑の眼だけど、似て……なくもないかな?……新たな迷い人って、私のこと??でも、あの目、ちょっとコワイ……
そんな事を考えていたら、神官長は手で、眉間を押さえながら、溜め息を吐いていた。
「ティア、迷い人だとしても、サキュラとは違うのだ……こわい顔で見ているから……怯えているだろう?まったく……人払いしていたのに、なぜ入って来た……」
「申し訳ございません!モナーフ様……」
「キュリアスに、私が止められるとでも?」
「難しいだろうな……騎士キュリアス、貴殿に責は無い。引き続き警護を……ティア以外の者は、退出せよ」
「シリウスは小さい頃からの、私の従者。ご存知でしょう?居ないものと思っていただいて、問題ありません。そんなことより、彼女と話を……」
う?なんか視線がイタイ……係長助けて……
「カ・カリチョとは何だ?また、心の声が漏れておるぞ」
「い……イヤイヤ……何でもありません、何も言ってないから!」
ヤバイヨ~……なんか見てるぅう……
ティアと呼ばれた騎士は私と目が合うと、微かに笑ったような気がした。
「む……すまない、怖がらせてしまったか?……お菓子を頬張って、小さくて可愛いな……」
「まだ、成人もしていない子供だからな……甲冑姿で睨まれれば、怯えて、泣き出すのではないか?」
「そんな事で、泣かないモン!むぅ……」
モンって、何だよもう……益々子供扱いされる……
「くくっ……唇を尖らせて……別な菓子も食べるか?お茶よりも果汁がよいか?」
私の機嫌を取るような神官長の様子に、美人騎士もシリウスと呼ばれていた従者も、鳩が豆鉄砲をくらったような表情で顔を見合わせていた。
って、動物虐待!ダメ、絶対!!
ユース兄様が、あんな穏やかな表情をするなんて……
「お前、名前は?私の従者見習い……いや、側仕えにならないか?」
ティアと呼ばれた美人騎士は、いきなり私の手を両手で掴み、そんな事を言い出した。
もしかして私……スカウトされてる?
「私の名前はり……」
「リンカ……それが、その子の名前だ。……側仕えなど、小さくて無理だろう。ましてや、王宮へ連れて行くなど許可出来ん。危険が無いか、暫くは監視対象だ」
私が名前を言い終わる前に、神官長が私の名前と、思ってもいなかったことを美人騎士に言っていた。
名前ぐらい自分で言うのに、話しをさせたくなかったのかな……監視対象って、私、危険人物だと思われてる?
「危険?何が危険なのです?こんな子供に、聖騎士団・副団長の私が後れをとるとでも?」
「危険人物じゃない!悪いことなんかしない!!」
焦った私は、必死に訴えた。
「……それだけではない……。王宮に行くには、礼儀作法も何も足りていない……」
「ならば、聖騎士団で、預かりましょう。従者見習いでも、騎士見習いでも……下働きでも……」
「小さいとはいえ、男ばかりの団に女性一人は……」
「手放したくないだけでは……?独占したいのでしょう?あぁ、お兄様にも、ようやく春が……」
「何をバカな事を……この様な貧相な子供になど……」
「今は小さくとも、数年たてば、大きく……」
当事者(本人)置いてけぼりだよ?しかもまた、貧相言われた……セクハラ係長メ、許さん!!
「む、胸は、もう少し大きくなるかも?だよ。でも、小さな子供じゃ無いから!もう十八歳になるから!!小さい小さい言うけど、身長165cmは平均より大きいから!!」
「「「え、えぇ~??」」」
それまで、黙って聞いていたシリウスと呼ばれた、騎士までが、驚愕の声をあげていた。
「ぅなっ、なんと……成人していないと言ったではないか」
「えぇえ?……私より年上……そんな……」
「……………………」
そんなに、驚かなくたって……
言わなければよかったかな?それとも、小さい子の振りしていればよかったかな?などと、私は思っていた
眉間に、深く皺を刻みながら、何事か考え込んでいた神官長が、壁にある紐を引いて、ヨルズを呼んだ。
「明日、リンカを『白の塔』に連れて行く。用意を……」
神官長はそう言うと、私をヨルズに託した。
「リンカ様、此方へどうぞ……」
優しく微笑みながら、左手を差し出すヨルズを前にして、私は男の子と手を繋ぐなんて、高校の学祭のフォークダンス以来だなぁ、なんて見当違いな事を思っていた。
ドキドキしながら右手を乗せると、そのまま手を引かれ、執務室の奥にある扉の中へと、足を踏み入れた。
扉の中は、二十畳程の広間で、大きな暖炉と、楽に寝ることも出来そうな、ソファーがあり、開放感のある大きな窓の外には、広いテラスが見えた。
奥にもまだ部屋があるのか、同じ様な扉がいくつか並んでいた。
その内の一つに案内されるとそこは、机と椅子のセットと、ベッドが置いてある、ビジネスホテルの様な、シンプルな造りの部屋だった。
「夕餉まで、あと半時程かかります。それまでに湯あみと、お召し替えを致しましょう」
そう言いながら、ヨルズが呼び鈴のような物を鳴らすと、
階下から、十歳ぐらいの少女が階段を上ってきた。
「お客様のお世話をさせていただきます。メリルとお呼び下さいませ」
そう言って少女は、両腕を胸の前で交差させながら、私に向かって一礼するのだった。
私、異世界に来てお世話係がつきました……