57.神の花嫁
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成人した未婚の貴族子女や、巫女達……穢れ無き処女たちが多く暮している塔の内部に、未婚の皇太子が滞在している事は、極一部の者にしか知らされていなかった。
皇太子の過ごす部屋の周囲には、人払いをし、部屋の扉の前には、レイラを配していた。
レイラは、皇太子のいる部屋を警護するようにと、大巫女に命じられていた。
皇太子が塔に滞在するというこの好機に、従兄弟の娘を皇太子の御前に差し出そう、とレイラは画策していた。
皇太子の世話係として皇太子の御前にと、レイラは考えたが、皇太子の世話は、エレンが一人でする事になっていた。
大巫女ユーフェミアは、皇太子ユークリッドと、夕食を共にしていた。
王宮での豪華な食事と違い、栄養価は高いものの、見た目が地味で質素な食事内容に、皇太子は嫌悪感を隠さずに、
うんざりした顔をしていた。
「まったく……このような食事ばかりでは、『白の塔』の
出身者が貧相なのも、わかろうというもの……」
「……不服ならば、無理に食べずともよいのじゃ……いっそ、王宮に戻ってはどうじゃ?」
「大巫女様……いえ、伯母上……その様な意地の悪い事を…」
「意地悪などと、馬鹿を申すな。何故そのような事をせねばならぬ?被害妄想というものじゃ……」
「……それならば、良いのですが、伯母上は私よりも、
異母妹を可愛がっております故……」
「それは……仕方あるまい。我が育てたも同然の娘じゃ」
「だからといって……今回も、別の者が嫁ぐのでしょう?『迷い人』を使うと……」
「口を慎むが良いぞ……あの娘は、『迷い人』などではない。『稀なる者』、神に呼ばれし者じゃ……それを使うなどと……」
「……神に呼ばれし、稀なる者……ですか。では、嫁がれる前に、お目通りを願いたい……構いませんよねぇ?」
「それは出来ぬ相談じゃ……あの娘には今……」
「今……何です?」
「……ただの人である其方では、近寄る事も……」
そんな中、皇太子に話すことがあるからと、レイラの制止を振り切って、玲奈が部屋に侵入してきた。
給仕をしていたエレンは、玲奈からは見えない側の、左の眉尻を跳ね上げていた。
「皇太子さまぁ~やっとお会い出来ましたわぁ……」
玲奈は椅子に座る皇太子の傍らに跪き、その身体を摺り寄せた。
エレンは大巫女ユーフェミアの傍らに立ち、小声で玲奈をどうするかと聞いていた。
「ふむ、我はこれで退出するとしよう……残りは好きに、
『豊穣の乙女』なる娘と取るが良い」
「大巫女様、『稀なる者』への、目通りを……」
「それは出来ぬと言ったはずじゃ。お主など、目通りどころか、目にする事もかなわぬ……命が惜しければ、近寄らぬことじゃ」
そう言うと大巫女ユーフェミアは、皇太子のいる部屋から
出て行った。
エレンは手早くテーブルの上を片付けると外にいるレイラに食事の追加を指示していた。
身分が高いというわけでも、年齢が上というわけでもない、同じ巫女という立場のエレンに、指図をされる事を、レイラは苦々しく思っていた。
レイラはエレンの事を、いつも大巫女と共に行動し、大巫女の威光を笠に、好き放題していると、思っていた。
この私に追加の食事を持って来いだと?エレン……あの女、何様のつもりなの?……でも、考えようによっては、これは絶好の好機……そうよ、従兄弟の娘……あの娘に、持って行かせればいいんだわ……
レイラは、従兄弟の娘を呼びつけると、食事の用意をさせ、皇太子のいる部屋へと送り込んだ。
レイラに言われて、パンや果物を乗せたトレイを持って、
若く美しい娘が、皇太子のいる部屋へと入って行った。
部屋に入った娘は、皇太子に近寄って取り入るどころか、
『豊穣の乙女』玲奈に、早々に追い出されてしまった。
部屋の中では、エレンがいるというのに、玲奈は甘えた声で、皇太子に話していた。
皇太子は食事を終えると、エレンにもう休む故、侍女は要らぬ……と命じた。
エレンは女性……『豊穣の乙女』と皇太子を二人にして、
部屋を出て行く事は出来ない、と皇太子の命令に従おうとしなかった。
「皇太子様に逆らうなんて……部屋から出て行きなさい!」
「お、やめなさい……ちょっ、お止めなさい!やめ……」
玲奈は力づくで、部屋からエレンを追い出していた。
部屋から押し出されてしまったエレンは、振り返り、肩越しに部屋のドアを、眼だけで人を害しそうな表情で睨みつけると、小さく息を吐き遠ざかって行った。
皇太子の良識に賭けるしか無いわね……
エレンは、皇太子と『豊穣の乙女』とかいう娘が塔の中で、卑猥な行為に耽る事が無いようにと願いながら、二人がいる部屋から遠ざかるしかなかった。
部屋に残された玲奈は、ソファーで寛ぐ皇太子の膝の上に
跨り、肉厚な胸を固い胸板に押し付けていた。
そして皇太子の耳元に、鼻にかかった声で囁くように、話していた。
「皇太子様ぁ……私ぃ…お願したい事がぁ、あっ……
んっ……あってぇ……」
「……構わぬ、申してみよ」
「あっ、んっ……わ、私ぃ、『神の花嫁』……にぃ……
なりたいんですぅう」
手の平に収まりきらない、玲奈の胸を揉みしだきながら聞いていた皇太子は、『神の花嫁』になりたいという玲奈の言葉に、手を止めていた。
「?……皇太子さま……」
皇太子は、これまで玲奈には見せた事が無い、冷たい眼をして、玲奈を見ていた。
「何故……だ?何故、『神の花嫁』になりたいなどと……」
皇太子には、玲奈が何故『神の花嫁』になりたいと言い出したのか、分らなかった。
玲奈は、『神の花嫁』になる鈴花が、美形男性に囲まれ、
大巫女とかいう権力者に優遇されているのが気に入らなかった。
「だってぇ……あの女が『神の花嫁』だなんて……
あんなみすぼらしい娘が逆ハーでチヤホヤされてるなんて……私の方が『神の花嫁』に相応しいですわ」
「レイナ……何を言っている?みすぼらしい娘とは、この世界に其方と共に現れた……『迷い人』の事か?……」
「はい、そうですわ皇太子さま」
「レイナ、其方は『迷い人』を知っておるのか?」
「い、いいえ……あんなみっともない娘、知らないわ。ただ、一緒にこの世界に着たから……その時に見ただけよ」
「それならば良い……レイナよ、『神の花嫁』になりたいなどと申すでない……」
皇太子ユークリッドは、淡々と話を続けた……
「『神の花嫁』に選ばれるのは、尊い血族の清らかな処女、我が異母妹ユスティアが、嫁ぐ
筈であった……」
「え……?」
「『迷い人』が『神の花嫁』として、嫁ぐという事は、ユスティアの身代わり……哀れな生贄にすぎぬ……」
「生贄……儀式で花嫁をするのではなくて……?」
「『神の花嫁』とは、神を鎮める為に聖域に送られし、哀れな皇女のことよ……」
「では、あの娘は皇女様の身代わりに……」
「ああ、なればこそ、『稀なる者』として嫁ぐ日まで大事にされているのであろう……」
「生贄……皇女様の身代わり……フフ……アハハハ」
リンカ様とか言われて、チヤホヤされているあの、鈴花が皇女様の身代わりで生贄……
「ウフフフ……皇太子さまぁ、私には『神の花嫁』になるのは、無理ですわぁ……」
『豊穣の乙女』玲奈は、リンカが皇女の身代わりで生贄になると聞いて、笑いがこみ上げていた。
チヤホヤされて、いい気になっているあの娘に、
身代わりで生贄にされるって、教えてあげたら、どんな顔をするかしら……フフフ
玲奈は鈴花に、会って、早く本当の事を言いたいと、思うのだった。




