55.過去、そして……
読みに来ていただき
有難うございます。
唯一神シュタールは、鈴花が抱えている心の傷……トラウマを何とかしたいと考えていた。
リンカは、『お前なんか』・『お前のせい』・『お前がいなければ』……などと責められると、過去に義理の祖父に
責められた時の事を思い出し、自分を責めてしまう。
放っておくと心を閉ざし、何も反応しなくなる……
シュタールは、鈴花の……リンカの親が亡くなった日の事を……
何故事故に巻き込まれたのか、その出来事の真の事実を知っていた……
忌々しい……
あの日、鈴花の親と弟を、あの父親が呼びつけたりしなければ事故になど……
シュタールは鈴花の心に深く刺さっている自戒の棘を……鈴花の両親の記憶を使って取り除く事にした。
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“すず……”
“すずちゃん……”
懐かしい……
とても懐かしい声がする……
ああ、あれはあの日の、母さんと、父さんだ……
“……に、行ってくるから”
“すぐに帰って来るからね”
お隣のお姉ちゃんとゲームをしている女の子……
まだ幸せだった頃の私……
小さな男の子を連れて、家を出る両親……
待って、待って……行かないで……行っちゃ駄目!!
走り出す車……行く先は……
私の誕生日のプレゼントとケーキを買いに出掛けて、それで、事故にあって……
駄目だ……
止めなくっちゃ……
走る車を追いかけて、追いかけて……
車は大きな家の門の中に入って、止まった……
私はこの家を知っていた……
両親のお葬式の時に、一度だけ入った事がある宮坂の家……
私には見せた事のない笑顔で、弟に話しかける義祖父母……
“もっと頻繁に遊びに来るといいのに……”
“和人には尚人と二人で来るように言ったのに…”
“尚くん、今度はパパと二人でいらっしゃいな”
“いつまで、そんな態度なんだよ”
“お姉ちゃんがいないから、つまんな~い”
“玲奈お姉ちゃんがいるじゃない”
“玲奈お姉ちゃんキライ”
“余分者が、悪口でも吹き込んどるのか”
“余分者だ?鈴花は血の繋がってない玲奈と違って正真正銘、俺の娘だ”
“和人さん、何を……?馬鹿な事を言わないで”
“信じないなら調べればいいだろう?直ぐにわかる事だからな……鈴花と違って、俺の娘じゃない玲奈は、親父とも血の繋がりは無い”
“そんな……”
“とにかく、鈴花を俺の娘と認めない……嫁の花枝を無視するこの家にはもう来ない……二度と呼びつけたりしないでくれ”
“か、和人、待て、待たんか……”
“なお~、花ちゃ~ん、帰るよ~”
あの日、宮坂の家であった出来事が、鈴花の目の前で繰り広げられていた……
玄関を出て、車に乗る母さん、義父さん、尚人……
門を出た車は幹線道路と並走する高架橋へ……
事故現場へと向かっていく……
お願い止まって!!
この先には……
叫んでも、叫んでも……
私の声は届かない……
私の見ている前で、両親と弟が乗った車は事故に巻き込まれていく……
どうして……?
何故あの場所で……?
******
“……!!”
“…って、いつまで……”
中学生の男の子がお爺さんを怒鳴っている……
あれは……あのお爺さんは、宮坂の?
だったら、あの男の子は、中学生になった尚人なの?
“いつまでも嘘ばっかり、アンタが言ってる事は辻褄が合わないんだよ”
“尚人さん、何て口の悪い……母親の生まれが……”
“煩い!あの日、親父の車が事故に遭ったのは、姉さんが悪いんじゃない、アンタらが、呼び出したから……此の家に呼んだからじゃないか”
宮坂の祖父母を怒鳴りつけ、玄関の戸を乱暴に開けると、
尚人は家を飛び出した。
走って門の外に出た尚人は、駅に向かって走り続けた。
尚人が向かった先は、あの歩道橋だった……
“姉さん……鈴花姉さん、何処行っちゃったんだよ……”
尚人は歩道橋の階段の一番上に腰を下ろすと、背中を丸め両手で頬杖をついていた。
<なお……>
鈴花は尚人を、背中から包むように抱きしめた。
<尚人、寂しい思いをさせてごめんね……>
“!……鈴姉?”
<私の事は心配しないで、幸せになって……>
“どこ?どこだよ?鈴姉!一人にしないで……”
尚人は立ち上がると、周囲を見回した。
尚人の耳に、この場所で消息を絶った姉、鈴花の声が、聞こえたような気がしていた……
******
「尚人……な、お……」
『鈴花……』
寝ているリンカの頬を伝う涙を、黄金色の髪の少年が、口で吸い取っていた。
『鈴花…起きよ……』
「うぅ~ん…だ、れ……?」
『鈴花…我が誰か、わからぬのか……』
「え……?な、お…?」
寝起きでボーッっとしているリンカは、自分の事を鈴花と呼ぶその存在に、ついさっきまで夢見ていた弟の名を呟いた。
『ム、間違っている、が……鈴花、夢の中で、弟に遭えたか?……親を失くした事故の、真実が見えたか?』
「だ、れ……?」
『この姿ならば、わかるであろう?』
そう言うと、目の前の少年の姿が、小さな黒い……猫の姿に変わっていた。
その黒い猫の右前脚には、腕輪でもしているように白い部分があった。
「クロちゃん……?」
リンカが黒猫に付けた名を口にすると、黄金色に輝く長い髪、金茶色の瞳をした神々しい姿をした青年に変わった。
「あ、あなたは……?」
『シュタールだ……』
「シュタール……?」
『我の名だ…鈴花……さっきまで見ていた夢は、夢ではない……』
「え……?」
『鈴花がいた世界で……かつてあった出来事……そして、現在の事……』
「じゃ、あれは…あの中学生は尚人……
尚人だったんだ……」
鈴花の呟きに、シュタールは『そうだ』、と首を縦にしていた。
『鈴花……鈴花の親が死んだ事故は、鈴花のせいでおきたのではない。鈴花の為に出掛けたのではない……過去の事に囚われる事は無いのだ』
「…………」
シュタールは、まだ納得できていない、リンカの様子に、このまま過去に囚われ、変調をきたす様なら、辛く苦しい記憶を抹消してしまうと告げた。
『鈴花……我とてそんな事はしたくない……だが、辛そうな鈴花の顔は見たくない……』
シュタールはベッドに座って、話を聞いていたリンカを抱きしめると、不穏な事を口にしていた。
『いっそ、鈴花を傷つける者全てを消してしまうか……』
「え……?」
シュタールの囁きを確かめるように、顔をあげた鈴花の唇に、シュタールは、触れる様な口づけをすると、その姿を消していた。
部屋に残ったリンカは指先で、唇に残った感触を確かめては、顔を赤くしていた。
リンカはシュタールと名乗った青年……?
少年?精霊ではないと言っていたあの人は何なのだろう、と考えていた……




