54.精霊と暴走する神
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私は、地図を書庫に戻しにいくという、ミレーヌに頼んで、塔の南側にある書庫に連れてきてもらった。
ミレーヌが地図を棚に戻している間に、私は精霊について書いてある本を探して、書庫内を移動していた。
書棚に直射日光が当たらないように、設置された窓から、外の様子が目に入った。
「!」
私が目にしたのは、二十人程度の騎士の集団だった。
何より目を引いたのは、見事な巻き毛の騎士と、真っ直ぐ伸びた金髪の騎士の二人組だった。
あの巻き毛は、フォルクスさん?もう一人は……
「エディ……」
エディを見かけた私は、ミレーヌを置いて書庫を飛び出していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
屋外にエディの姿を見かけたリンカが、出ていった書庫に、シンディに案内された玲奈が、訪れていた。
書庫の様子を見た玲奈は、学校の図書室の様に思っていた。
書棚から適当に抜いた本を開いても、玲奈には本の内容がわからなかった。
隷属の首輪によって言葉は通じても、文字までの、翻訳機能は付いていなかった。
玲奈は本を見る事を早々に止め、シンディに聞いていた、窓から見える風景を楽しむことにした。
窓の外では、騎士が訓練をしている様だった。
お城にいる騎士も美形が多いけど、凄いわ……
あの巻き毛の騎士とか……もっと近くで見たいわ
玲奈は、面食いで肉食な狩人だった。
今迄に玲奈が言い寄って、落ちない男は一人としていなかった。
『豊穣の乙女』と傅かれ、皇太子に愛されている……旧家の娘として育ち、気位の高かった玲奈は、自分は騎士に守られるべき高貴な存在だと思い込んでいた。
窓の外を眺めていた玲奈は、騎士に近付いて行く黒い髪をした人物に気が付いた。
「あら?あれはリンカ様ですね」
「リンカ様?」
「ええ、『神の花嫁』になるリンカ様ですわ」
「神の花嫁……?」
「別の方が選ばれていたのですが、大巫女様の神託で、急遽リンカ様が『神の花嫁』になったのですわ」
「大巫女様……神託……」
玲奈は皇太子に対して、横柄な態度の、大巫女の姿を思い出していた。
シンディは、リンカが大巫女の庇護を良い事に、我儘な振る舞いをして対応が大変だと、独り言の様に、呟いた。
玲奈の内で大巫女に抱いた憤りは、リンカに対する憎悪に上塗りされていた。
窓の外を見ていた玲奈が、まるで姫の様に麗しい男性に、
庇護されているリンカに、嫉妬の炎を滾らせていた。
シンディは玲奈の内で増大していく妬み、憎しみといった黒い感情に、恍惚の表情を浮かべ、舌なめずりしていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
書庫の窓から、エディの姿をみたリンカは、急いで書庫から出ると、階段を駆け下り、塔の外に出た。そして、騎士団の鍛練場を目指した。
「あ、あれ?」
書庫の窓から見えた場所にリンカがたどり着くと、其処にエディの姿は無く、騎士達の鍛錬も、既に終わっていた。
訓練用の模擬剣を片付けていた騎士がリンカに気がついて、声を掛けた。
「何か用か?」
「あ、あの……エ、じゃない、リビングストン様に……」
「隊長に?何方かのお使いか?」
「い、いえ、私が、その、お聞きしたい事があっ……」
「はぁ?何用か知らんが、隊長に、お前如きが、会えるわけ無いだろう。隊長はお忙しいんだ。お前の様な孤児院出の、神官見習いの相手なんかしている暇無い」
神官風の、貫頭衣を着ていたリンカを見て、騎士はリンカを神官見習いだと侮った。
「塔の中に戻るがいい。目障りだ……鍛錬場に、二度と近寄るな」
そう言うと、騎士はリンカを突き飛ばす様にして、リンカのすぐ横を通り抜けた。
名も知らぬ騎士に、突き飛ばされてしまったリンカは、
前のめりに倒れ込み、手のひらと、膝を打っていた。
「痛っ……」
ザワザワと、音を立てて木々が揺れ動いた。
リンカの目の前に、白金の髪に金の瞳をした中性的な幼児が膝をついて、リンカの顔を覗き込んでいた。
《リンカ……だから、我等と契約をと……》
《風の、リンカを諭すより、早く、癒しを……》
風の精霊ウィンディを窘めたのは、水の精霊アクアだった。
水色の髪に銀灰色の瞳、遠くからでもそうだとわかる、麗しい青年の姿をしていた。
アクアは倒れこんでいたリンカを抱き上げた。
光の精霊・ルーチェは白い蝶の姿になって、リンカの頭の上にとまっていた。
《リンカ、ボク役に立たなくて……ごめんなさい》
咄嗟に庇うことも、守ることも出来なかった、リンカが現在契約している唯一の精霊ロップが項垂れていた……
《アノ騎士に仕返し、した》
そう呟くロップに驚いてリンカは、自分を突き飛ばすように去っていった騎士を振り返って、様子を見た。
リンカを突き飛ばした騎士は、急に足元に現れた氷にすっころんで尻餅をついていた。
《あれだけで、済ませるか……》
燃えるような赤い髪に、金色の瞳の若者が、リンカを抱くアクアの右横に並び立った。
《殺ってしまっては、リンカが悲しむ……》
そう言ってアクアの左横に、茶色の髪に翡翠の様な翠の瞳……落ち着いた雰囲気の男の人が立っていた。
炎の精霊・ファイアと木の精霊・アーベルだった。
「ぁ、ぁあ……」
孤児上がりの神官見習だと侮っていた相手に、高位の精霊が守護している……
神官見習いどころか、高位の巫女だったのか……
死人の様に顔色が悪くした騎士は、足下の氷の事を忘れ、
慌てて立ち上がろうとして、前のめりに、倒れ込んだ。
痛みを堪え、這う様に氷から抜け出ると、鍛錬場施設の中に入って行った。
リンカはアクアに抱きかかえられたまま、塔の北側へと、戻っていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
書庫の窓から、玲奈はずっと様子を見ていた。
シンディから『神の花嫁』に選ばれた鈴花が、
我儘にふるまっていると聞き、騎士に突き飛ばされた様子を見た時は、口元に笑みが浮かんでいた。
それなのにまるでゲームのヒロインの様に、イケメンに抱きかかえられ、逆ハーレムの様に、男性に囲まれたのを見て、我慢ができなくなった。
リンカと呼ばれ、『神の花嫁』になって、ちやほやされているけど、私を見れば、あの、遠くからでも美形とわかるイケメンたちは、鈴花ではなく、私を選ぶはず……
そう思い込んだ玲奈が、鍛錬場前に飛び出したとき、そこには誰もいなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
高位精霊に抱きかかえられて、塔の北側にある部屋に戻ったリンカを見て、大巫女ユーフェミアとエレンは、目を見張った。
リンカに精霊がついていることは、気配からわかっていたが、ここまで高位の精霊が、何体もついているとは思ってもみなかったからだ。
今まではリンカを煩わせない為に、姿を隠していた精霊たちだったが、自分たちが姿を現すことで、リンカを侮る人間たちを、牽制する事にしたのだった。
「リンカ様……」
見知らぬ、見た目男性に見えるアクアに抱きかかえられて部屋に戻ってきたリンカに、メリルが心配して声をかけた。
リンカはメリルに返事を返す事が出来なかった。
クッと小さく呻くことしか出来なかった。
リンカは名も知らぬ騎士に、鼻先であしらわれ、お前なんかと言われたことで、過去のトラウマが蘇り、ひどい頭痛に苛まれていた。
リンカが身に着けたまま異世界に渡ってきたウエストポーチに、片頭痛の薬が入っていた。
精霊達は、ウエストポーチというのが何なのか、わからなかったが、リンカが薬を欲していることは感じ取っていた。
落ち着いた雰囲気のアクアが、お茶を持ってくるよう、メリルに頼んでいた。
メリルがお茶の用意をしに部屋を出て、リンカと精霊だけになると奥にあるリンカの寝室から、輝く黄金の長い髪に、金茶の瞳の少年が現れた。
「リンカ……いや、鈴花……」
「え?だ、れ……?ウッ、痛ゥ……」
「辛いのだろう……これを、お飲み……」
その少年が差し出したのは、片頭痛がひどい時に飲んでいた、痛み止めだった。
「な、んで?……」
「ふむ、こうしたほうが早いか……」
この世界には無い薬を何故?と、私が考えるより早く、その子は自ら薬を口に入れると、いつのまにかその手の中に現れた、カップの水を含み、私の口に……
「ん……っぐっ、んん……はぁっあっ……んぁ」
その子は口移しで、私に薬を飲ませると、そのまま、離れることなく、熱い何かが私の口内に侵入し、私の舌をからめとり、口腔内を蹂躙していた。
「はぁ、あっ……ん、ん、ん~~……コクッ……」
口腔内に、溢れるほどに混ざり合った唾液が、音を立てて、喉を滑り降りていった。
「あっぁ……ん、ん~~んん……」
その子は、私の口腔内を蹂躙し貪るように、混ざり合った唾液と私の吐息までも吸い尽くした……
「ん……はぁ、はぁ、ぅん、んぐっんぐっ……ぁあ、甘い、な……甘露の様に甘い……」
突然現れた神々しい少年……唯一神シュタールに、精霊たちは動けず、言を発するこ事も出来なかった。
だが、いつまでも離れようとしない、シュタールの口づけに、リンカが意識を失くし……それでも止めようとしないシュタールに、唯一契約している氷の精霊・ロップが、リンカを守るために、シュタールとリンカの間に割って入った。
「なんだ?何故に邪魔を……」
瞬殺しそうに、鋭い眼差しでロップを睨みつけるシュタールに内からの恐怖を隠し、ロップはシュタールを諫めた。
「唯一神シュタール様、リンカ様は、意識を喪失しておられます」
「む……久しく触れていなかったリンカに、箍がはずれた……」
シュタールは、リンカの為に怖れを隠し、神である自分に、諫言した氷の精霊を褒めた。
「これからも、リンカの事を頼む。聖域に来るまで、あと少し……リンカに危険が無いよう、くれぐれも頼んだぞ」
そう言って、リンカを腕に抱き、寝室へと移動するシュタールに、氷の精霊ロップ以外の、精霊たちが待ったをかけた。
「なんだ?我を遮るとは……」
唯一神シュタールは、寝室にリンカを運んで、もう少しリンカを補充しようとしたところを止められて、すこぶる機嫌が悪かった。
少年の姿で顕現したせいか、精神までが我儘
シュタールだった。
精霊たちは、氷の精霊の様に、リンカと契約をしたいと、シュタールに願った。
「リンカの守りになる故、契約する事を許そう。が、リンカの意思に添わぬ契約は許容できん……」
そう言うと、シュタールは、リンカを抱いて寝室へと消えていった。
精霊たちは、シュタールが満足して姿を消し、リンカが目覚めるのをジッと待ったのだった。
お茶を頼まれて戻っていたメリルは、シュタールが施した結界に阻まれ、部屋の扉を開けることができず、扉の前で途方に暮れていたのだった。




