52.過去の出来事……
読んでいただき有難うございます。
中盤、侯爵令嬢による一人称です。
中盤以降、女性にとって不快な性表現が
出てきます。苦手な方はご注意ください。
二十年前……皇帝が、皇太子(現皇帝ユーリウス)に
皇妃を迎えると宣言した事から、あの悲劇は起こった。
当時、妃候補の中で、有力とされた候補の令嬢は、三人いた。中でも、グロッサム辺境伯の令嬢が、最も有力な皇妃候補と噂されていた。
小三国からなるエレメンタール共和国との国境にあるグロッサム辺境領は、東の守りの要であり、東側諸国との交易により、グロッサム辺境伯の総資産は、帝国の収益を凌駕するともいわれていた。
皇帝はグロッサム辺境伯の令嬢を、皇太子の妃として迎える事で、その莫大な資産を搾取し続ける計画を思いついていた。
また、溺愛しているという噂の令嬢を手元に置く事で、辺境伯への抑止力、人質にもなると考えていた。
だが、皇帝の思い描いた計画は、叶う事無く終わった。
皇都に向けてグロッサム辺境領を出立した令嬢一行が何者かの襲撃を受け、消息不明になっていた。
辺境伯の必死の捜索にも、令嬢の行方はわからず、生死不明のまま、辺境伯から、死亡届が皇都に出された。
グロッサム辺境伯の令嬢の事件から半年が過ぎた頃、
『白の塔』に精神を病んだ身重の女性が、預けられた。
更に半年が過ぎて、女性は可愛らしい女児を産んだ。
精神を病んでいた女性は、子を産んで落ち着きを取り戻したが、出産した事を覚えてはいなかった。
体調を取り戻した女性は、迎えに来た者たちに連れられて、一人『白の塔』を去って行った。
産みの親に忘れられた女児は、大巫女に引き取られ、
シンディと名付けられ、孤児院で育てられた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
二十年前のある日、私は侯爵家の養女になった。
皇太子の皇妃候補者になる為だった。
遠縁の貧乏子爵の娘でしか無かった私は、侯爵家の贅をつくした生活に圧倒された。
義父の期待(厳命)に応える為、厳しい淑女教育も
教師や講師が褒めるたび、義父から宝石やドレスを貰えた。輝く宝飾品と豪華なドレスが欲しくて、淑女教育を
二カ月で習得する事が出来た。
淑女教育が終わって暫くすると、義父が私の寝室を訪れて、閨教育をする様になった。
最初は何をされているのかもわからず、嫌悪感しかなかった。何故こんな事をされるのかと、思ったが、逃げようとは思わなかった。
私はもう二度と貧乏な生活には戻りたくなかった。
嫌だった閨教育が、快楽へと変わる頃、東の辺境伯の、令嬢の話を聞いた。
私は、義父の期待に答えたかった……
どんな手を使ってでも、皇太子妃になりたかった。
いや、皇太子妃にならねば……
私は、義父から受け取っていた宝石を換金し、身元が分からない様に偽装して、人を雇い、辺境伯の令嬢を拉致させた。令嬢をどうしようと、それは好きにさせた。
皇都に向けて辺境領を出た辺境伯の令嬢が行方知れずになったと、皇城の夜会で、人づてに聞いた。
事故なのか、事件なのかも分からないという噂だった。
私は笑い出したいのを隠し、悲痛な顔で憐れんでいた。
私が咎人だと、誰も思ってもいない……
皇太子妃の最有力候補だった令嬢が消えて、皇妃候補を選定する予定も無くなってしまった。
義父は、私を責めた。
小賢しい知恵を働かさなければ、側妃の道もあったと、
私を罵倒し、夜な夜な私を責めた。
夜毎義父に責められてから三カ月を過ぎた頃、私は遠縁の男爵家へ嫁ぐことになった。
義父よりも年上の男爵との生活は、可もなく不可もなく、
淡々と日々が過ぎていった。
男爵夫人となって半年が過ぎ、私は女の子を産んだ。実家である侯爵家から、多額の祝い金が贈られてきた。
私の産んだ娘は、義妹によく似た少女に育っていた……
◇◇◇◇◇◇◇◇
この世界……アレスティレイアには、
神々と精霊がいる。
精霊は《光・闇・風・水・地・火・木・氷・雷》の
九つの属性に分かれている。
精霊は聖域で精霊樹から生まれ、一握りの精霊が、
精進して高位精霊へとなっていく……
精霊達は基本、人嫌いだった。
余程の事が無い限り、姿を見せることは無い……
精霊に愛される者だけが、その姿を見る事が出来、契約する事が出来る。
グロッサム辺境伯の娘は、精霊の声を聞く者だった……
生まれつき弱視だったその娘は、目が悪い代わりに、
よく聞く耳を持っていた。
弱視の目で見える世界は、全てが滲んで霞んだ世界だった。
日常生活で困ることは無かったが、淑女らしいマナーを
身に着けるには、苦労していた。
辺境伯を継いだ兄から、皇太子妃になる為に、皇都へ行くように言われた娘は、迎えに来た馬車で辺境領を後にした。辺境伯だった父が亡くなってから、新しく辺境伯になった兄に謀反の噂が流され、グロッサム辺境領の私兵を多くは護衛に付けられなかった。
そうして、皇都に向かっていた一行は、何者かの襲撃を受け、令嬢は行方知らずになった。
目隠しをされ、声を出す事、自害が出来ないように猿轡をされた辺境伯令嬢に、精霊たちが付いていた。
だが、精霊を見る事が出来なかった娘は、精霊の声を聞いてはいたが、何を言っているのかまではわからなかった。
何も出来ない事を歯がゆく思っていた下位精霊達は、近くにいた中位の精霊を娘の側に連れてきた。
下位精霊達に頼まれたその精霊は、人にわかる言葉で、自分と契約して、精霊の能力を使う様に、娘に懸命に、話し掛けた。
だが、娘はそれに応えようとしなかった。
身元を隠した侯爵令嬢に依頼された男は、平民を人間とも思わないような、貴族に反感を持っていた。
貴族の娘を誘拐して好きにしていいと言われた男は、年齢容姿に関わらず、凌辱し、血を穢す……その血統に、平民の中でも底辺の自分の血を混ぜる事に決めていた。
凌辱する為に媚薬を飲まされていた娘は、意識が混濁していて、精霊のいう事に応える事が出来なかった。
媚薬が切れて娘の意識が覚醒した時、自分の身に起こった事を理解した娘は、拘束されたままの両手首と、体液まみれの下半身を露わにした姿で絶叫した……
周辺にいた下位精霊を巻き込み、大気を震わせるほどの激しい慟哭の後、崩壊していく精神を安定させるよう、娘の心に触れていた闇の中位精霊は、娘に取り込まれてしまった。
精神を壊していた娘は、『白の塔』に引き取られた……
壊れかけた娘の精神と、闇の精霊が人の身体でひしめき合い、混沌としていた娘が、自我を取り戻したのは、誰の子とも知れぬ赤子を産み落としてからだった。
娘の身に取り込まれた精霊は、腹に出来た赤子と混ざり合い、一つになっていた。
自我を取り戻した人間の娘は、凌辱された事も、子を産んだことも覚えていなかった。
自分の素性を思い出した娘は、一人塔を後にした。
塔に残された子供は、孤児院に引き取られた。
ひっそりと塔を後にした娘が、その後どうなったのかは、誰も知らない……




