51.招かれざる来訪者
読んでいただいて
有難うございます。
精霊達に、契約してほしいと強請られたリンカは、契約について、偶然契約してしまった氷の精霊ロップに詳しく教えてもらう事にした。
「ロップ、聞いてもいいかな?人と契約すると精霊にとって良い事ってあるの?」
《良い事?う~ん……あるよ!》
「それって、どんな事?」
《契約者との間に絆が出来る、いつも一緒にいられるよ》
「あれ?でも、契約してない精霊も、いつも一緒にいてくれてるよね?」
《それは、王様にリンカを守る様に言われたから……》
「王様?って、精霊王様?」
《そうだよ……始めはね》
《今は……リンカと離れたくないから、契約してほしいんだよ》
リンカの目の前に、精霊たちが姿を現しては消えていった……
リンカはロップに、他にはどんなことがあるのか、質問の答えを促した。
《契約者の想いが精霊に力を与えてくれる……それに、暴走しなくなるよ》
「暴走?それって、な……」
《うん、暴走については、また後で話すね》
「うん、話しを聞かせてね。契約して精霊にとって良くないことはあるの?」
《う~ん……無い……よ?》
人と契約する事で、精霊にとって悪い事が無いという、
ロップの話を聞いたリンカは、デメリット無いんだ……と、呟いていた。
「あ、でも、契約者が死んだらどうなるの?」
《契約者の死と同時に契約は解除されるよ》
「そうなんだ……良かった。契約者が死ぬと精霊も一緒に、消滅するとかだったらどうしようかと思っちゃった……」
《ボクの心配してくれてたんだね。優しいリンカ、大好きだよ》
リンカが契約精霊の心配をしていた事に感激したロップは、リンカの頬に頭をスリスリ……頬擦りしていた。
リンカも、そんなロップの事を可愛いと言って抱きしめていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
やがて、迎えに来たメリルに身支度を手伝ってもらったリンカは、応接間でユスティア、エレン、ミレーヌ、メリルと朝食を取った。
朝食の席で、リンカは朝から……正確には昨日の夜からエティが、いないことを聞いてみたが、ユスティアも、エレンも、はっきりと返事を返すことは無かった。
朝食が終わると、『花嫁の儀』が明後日なので、今日はもう、此方には戻れないと言って、ティア様とエレン様は、部屋を出て行った。
二人が部屋を出て行った後、ミレーヌにエティ姉様の事を聞いてみた。
「ミレーヌは、エティ姉様がどうしているか知ってる?」
「さぁ?エティの事なんて、私にわかるわけないでしょう……そんな事より、リンカは今日はどうするの?」
ミレーヌの態度がとげとげしい……
リンカがそう感じてしまうほど、エティが女装したリビングストン隊長だと教えられたミレーヌの、エティと、『エティ姉様』と言って慕うリンカに対する嫌悪感が、言葉の端々に滲み出ていた。
機嫌の悪そうなミレーヌに、今日はどうするかと聞かれて、私はどうしようか考えた。
私が昨日、自作した地図は、大雑把で、やっと位置関係がわかる程度だ。
今いるこの国も含めて、もう少し正確な地図があれば、見てみたい。
それと、精霊と人間の契約について、契約者から、話しを聞いてみたかった。
雷の精霊と契約しているウィル兄様か、エディに会って、
話を聞いてみたい……
私は、昨日の復習に、地図があれば見たい事、リビングストン隊長と、ウィル兄様に会いたい事をミレーヌに話した。
ミレーヌは、地図を見るのは、許可がいるし、リビングストン隊長と、ウィル兄様にあえるかどうか、確認してくると言って、部屋を出ていった。
部屋に残された私は、メリルとお茶を飲んで、ミレーヌが戻ってくるのを待っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ミレーヌが、神官長の執務室に向かって通路を歩いていると、慌しい様子の、神官とすれ違った。
ミレーヌを一瞥して去った行ったその神官は、レイラだった。
普段は煩いほど話しかけてくるレイラが、挨拶もせずに立去った事に、ミランは、これだから女は信用できない……と、思うのだった。
神官長が使っている執務室に着くと、扉の前で警護している騎士は、ロータスだった。一人で警護とは大変ですね、と、声を掛けると、またか……という表情で、カルセドニィは休憩中です、と言った。
ロータスのうんざりした様な様子に、ミレーヌは、
さっきすれ違ったレイラが、お目当てのカルセドニィに会えなくて、あの態度だったのか……と納得していた。
同僚のロータスに同情しつつ、神官長に面会したいと言うと、部屋の中から入室するようにという返事があった。
執務室に入ると、シリウス隊長、神官長、大巫女ユーフェミア、ユスティア、エレンの五人が、難しい顔で何かを話し合っていた。
部屋に入って来たミレーヌに何用かと、ユスティアが声を掛けた。
「何かあったのですか……?」
緊迫したその様子に、ミレーヌはつい、問いかけてしまった。
言ってすぐに後悔したミレーヌだったが、その問いかけには答えず、刺すような目をしたユスティアに、用向きを話せと、即された。
虎の尾を踏んだかのように、内心ビクビクしながら、
リンカが地図を閲覧したい事、リビングストン隊長に面会を望んでいるという事をミレーヌが話した。
「地図?何故リンカが地図を必要とする?それに、リビングストンに会いたいなどと……」
困惑したように、ユスティアが呟いた。
「地図ならば、書庫にあろう……持ってゆくが良い」
大巫女ユーフェミアが地図の持ち出しを許可した。
それを聞いていたシリウスが、書庫は塔の南側に有る為、
ミレーヌ(ミラン)は、立ち入ることは出来ないと、言った。
「……大巫女様、ミレーヌはどこから見ても女性ですし、
今後の事も考えて、南にも立ち入らせては?」
「エレン様、それは……」
エレンの申し出に難色を示したのは、シリウスだった。
女装しているとはいえ、ミレーヌは男性だ。男子禁制の、
塔の南側に立ち入らせるなど、許される事では無い。
「リンカの安全の為です。ミレーヌは、明後日には塔を去る者、南に立ち入らせても、問題は無いでしょう」
「うむ……南の案内に、レイラを付けよう。外に控えてる筈じゃ」
大巫女ユーフェミアにミレーヌは、入れ違うかのように、レイラとすれ違った事を話した。
それを聞いた大巫女ユーフェミアは、誰かしら外に控えている者に、案内させればよいと、ミレーヌに言うのだった。
地図に関しては問題なく、リンカに見せる事が出来る様になったが、リビングストンへの面会は、許可される事が無かった。
ミレーヌが執務室を退出する寸前、射貫く様に鋭い目をしてエレンが声を掛けた。
「リンカの事、くれぐれも……頼みます」
ミレーヌは黙って頷くと、退出の礼をして、執務室の扉をでた。
そして、レイラの代わりに外に控えていたシンディに、書庫への案内を頼んだ。
北側と繋がっている一階部分を除いて、貴族子女の宿舎になっている南側は、北側と違いかなり豪奢な造りになっていた。
公共施設になっている二階にある書庫に、シンディはミレーヌを案内した。そして、司書も兼ねているシンディが、必要な地図を奥から取り出してきた。
ミレーヌが地図を受け取って、書庫を出た時、通路の向こうからレイラと、何処となくレイラに面影が似ている少女が歩いてきた。
レイラに似た少女は、レイラの従妹の娘だった。
その少女は、ミレーヌと一緒にいるシンディに気が付くと、汚物でも見た様に顔を顰め、聞こえよがしに、キタナラシイ、と、呟くと、挨拶もせずに足早に立ち去って行った。
ミレーヌがシンディを気遣う様に見ると、シンディは、聞こえていなかったのか感情の無い仮面の様な顔をしていたが、開いたままの紫の瞳だけが、感情の揺れを示す様に収縮を繰り返していた。
ミレーヌは一瞬クラッとする様な軽いめまいに襲われた。何とも無かったので気にも止めずに、シンディの後について、通路を進んだ。
中央ホールの先に在る昇降機の隣に、壁と同化したかの様な目立たない扉があった。
ミレーヌがその扉を開けようとしても、扉は開こうとしなかった。
その様子を見て、シンディはうっすらと笑った様だった。
塔の中には登録した者でなければ、開かない扉がいくつか、あるのだという。
南と北を隔てる扉も、その内の一つだと、シンディは説明をした。
「登録していれば、全ての扉を開ける事が出来るのですか?」
「儀式の間の扉は、大巫女様、エレン様のお二人しか、
開く事が出来ないのです」
ミレーヌの質問に、シンディは抑揚のない声で答えた。
そして唐突に、リンカ様はひどい方ですね、と、言うと、
それでは、と言って離れて行った……
ミレーヌは、そう言って去ってい行くシンディを、怪訝そうな表情で見送ると、リンカの待つ部屋へと向った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
『花嫁の儀』を二日後に控えたその日、レイラは大巫女に付き添って、神官長のいる執務室へと来ていた。
大巫女は当然の様に、レイラには外で待つように指示を出し、エレンとユスティアを連れて、部屋の中に入って行った。
扉の前で控えているレイラに、カルセドニィが話し掛けた。始めは、次に出来るのはいつだ?とか、最期まで……とか、そんな話をしていた。
だが一向に良い顔をしないレイラに、気を引こうとして、カルセドニィは余計な事を伝えてしまった。
「今朝、皇太子の先触れが塔にやって来てね。昼過ぎに此方に来るらしいよ……」
レイラの耳元で囁く様に、カルセドニィが言うと、レイラは用事を思い出したと言って、執務室前から去って行った。
貴族子女の宿舎になっている塔の南側に戻ったレイラは、神官長が使っている北の執務室に行くようにシンディに言いつけ、それから、従妹の娘がいる部屋に向かった。
レイラは従妹の娘に、皇太子が来訪すると言った。
『花嫁の儀』を見届けに来るのでは?それならば三日は、
塔に滞在する事になる。
皇太子にはまだ正妃がいない。『豊穣の乙女』は、皇太子の妻にはなっても、正妃とはならない……
レイラは、一族の為に従妹の娘を、皇太子の正妃に据える
手助けをしようと、画策したのだった。
その準備をしている途中で、ミレーヌを連れたシンディと、従妹の娘を連れたレイラがすれ違った。
アノ事を知っている従妹の娘が、シンディを汚い物を見る目で、見下し、キタナラシイと言ったのをレイラは咎めなかった。
レイラは、自分と同じように、シンディを使えばいいのだと、従妹の娘に言うのだった。
アノ事……シンディの出自について触れ回ってもいいのか?と言えば、シンディは黙って言いなりになっていた。
元々の原因を作った従妹の真似は出来ないが、シンディという、言いなりになる駒を作ってくれた事は評価していた。
レイラリイ・クラレンス……気位ばかり高く、思いやりの無い、この愚かな女は、弱者と思っているシンディに反撃されるなど、聊かも思っていなかった……
◇◇◇◇◇◇◇◇
その日……塔の南側にある王族専用施設に、『豊穣の乙女』玲奈を伴なって、皇太子ユークリッド・ソレス・アストーリアが、塔へと来訪したのだった。
この、招かれざる二人の来訪者に、大巫女ユーフェミアは、大いに、頭を悩ませるのだった。
次回はシンディの出自に纏わる
十九年前の悲劇が明らかになります。




