47.異世界のお勉強再開です
読んでいただいてありがとうございます。
神官長に面会に行ったリンカだったが、寝入ってしまい、ミレーヌに抱きかかえられて部屋に戻って来た。
何があったのかと心配したエティとメリルは、ミレーヌからリンカが神官長に抱っこされて、寝てしまったと聞いて、驚いていた……
ミレーヌがリンカを抱いたまま部屋に連れて行き、ベッドに寝かせると、後ろから付いて行ったエティが入れ替わるように部屋に入った。
エティは、リンカのベッドの側にある自分用の寝台に腰掛けると、寝ているリンカを見守るのだった。
リンカが眠りについてから、四刻(二時間)程が過ぎた。
時を告げる鐘の音が三回、鳴り響いていた……
「う、うぅ~ん……」
「リンカ?……」
ミレーヌにお姫様抱っこで戻って来てから眠り続けていたリンカが、ゆっくりと覚醒を始めた……
エティがジッとリンカを見ていると、リンカの瞼がピクピクと小刻みに痙攣していた。
やがて、固く閉じていたリンカの瞼が数回瞬きをしながらゆっくりと開いていった。
リンカの黒曜石の様な瞳に、心配そうにのぞき込むエティの姿が映っていた……
「リンカ……目覚めましたか?」
「う、うぅ……ん……だ……れ……?」
寝起きでぽえぇ~っとしていたリンカは、まだ眠そうに指先で目元を擦っていた。その仕草を見てエティは、抱き寄せてリンカの顔中、口付けしたい気持ちを必死に堪えた。
「よく眠っていましたね……リンカ……」
「うぇ?エティ姉様?!」
慌てて起き出そうと、急に上体を起こしたリンカの頭頂部が、覗き込むようにしていたエティの額に、ガツンッと当たってしまった。
「痛ぅ~……」
リンカは涙目になりながら頭頂部を手で撫でていた。意図せず、頭突きをしてしまったエティの額を見て、リンカはエティに近付くと抱き着いた。
「エティ姉様、ごめんなさい。」
リンカはベッドの上にペタンと座りなおし、両手でエティの顔を挟んだ。それからリンカは、右手で赤くなっているエティの額をそっと撫でながら、抱きしめた。
エティはリンカの胸に抱え込まれて、額の痛みよりも、リンカの柔らかな胸の感触に、クラクラしていた。
「エティ姉様ごめんなさい……痛かったよね?」
リンカの謝罪にエティはそんな事ないとでも言う様に、頭を数回横に振って、身動きしなくなった……
エティは、リンカの胸に顔を埋めている状態で、うっかり頭を横に振った……。
小さい小さい言われても、もう少しでCカップに届きそうなリンカの胸に、顔を埋めたまま左右の胸にスリスリしてしまったエティは、その事を認識した途端、身動きが出来なくなってしまった……
「うっ……リンカ……」
顔を上げる事が出来ないエティが、小さく呻いた。リンカは、エティの頭を押さえつけていた事に気が付き、慌ててエティを身体から離した。
真っ赤な顔で苦しそうな表情のエティを見て、リンカは勘違いをした。
「ご、ごめんなさい、エティ姉様……苦しかったよね?」
リンカはエティが、リンカに頭を押さえら、顔を胸に押し付けられて、息苦しくなって顔が赤くなったと思ったのだ。
「……」
エティは、リンカの胸を知らず知らず堪能してしまい、
顔を真っ赤にしていたのだが、何故かリンカが自分に謝罪しているのを聞いて急に悪戯心がわいてきた……
「リンカ……苦しかったので、これは……罰ですよ」
「え?何?……」
罰って何?と、リンカが思った瞬間、エティがリンカの顔を左手で固定し、口付けてきた。
「!」
驚いたリンカが、逃れようとしても、エティの右手が後頭部を押さえて、逃げられない。リンカがエティに呼びかけようとして、口を開こうとすると、リンカはエティから、更に深く貪るように、口づけられた……
恋愛経験が無かったリンカは、今までキスもした事が無かった。エティに口を塞がれ、どうやって呼吸するのかわからない……
苦しくなったリンカが、エティの背中を何回か叩いて、漸くエティが、リンカから離れた……
エティが離れ際、何か柔らかい物が侵入してきたような気がしたリンカだったが、それよりも呼吸を整える事に集中して、口を開いたままハァハァと息をしていた。
そんなリンカを見てエティは、口付けに慣れていないリンカの咥内を、蹂躙しなくて……やり過ぎなくて良かったと安堵していた。
「……エティ姉様……ひどい……」
涙目で下から見上げる様に睨んでくるリンカに、エティは溜め息をついた。
リンカ……そんな表情は、余計に情欲を煽るだけです……
「リンカ、罰ですって、いいましたよ?それに、そんな顔したらだめです」
エティにそんな顔したらダメと言われたリンカは、拗ねた様に唇を尖らせていた。
リンカの可愛い仕草に、エティは、そんな顔も逆効果なのに……と、リンカが男に対して無防備過ぎるのをどうにかしなくてはと、益々思うのだった。
「リンカ……?」
「うぅ~……」
「リンカ?怒ったの?……リ……!」
唸っているリンカに、怒っているのかと聞いていたエティの首筋に、リンカがいきなり噛みついてきた。甘噛みで歯形は勿論、跡さえつきそうもない、弱いモノだったが、エティはリンカが首筋に吸い付いた事に驚いた。
「これで、お相子です……」
リンカの口が離れる時の微かなリップ音が、場所が首筋だったからか、エティの耳にはしっかりと聞こえていた。
エティはお相子と言ったリンカに、同意する様に頷いていた。
リンカはベッドの上で両腕を上げて背伸びをすると、エティに話し掛けた。
「エティ姉様……私、どのくらい寝てたのかなぁ……?」
「そうねぇ、四刻程寝ていたわ」
リンカは神官長に『兄様って呼んでもいい』って言われてから後の事を、はっきり覚えてはいなかった。
リンカは神官長に、小さい子にするみたいに抱っこされ、心地良い温もりに、不覚にも爆睡してしまった。
神官長……呆れてるよね……暫く顔合わせたくないなぁ……
「四刻……二刻で一時間だから、二時間も寝てたのかぁ……」
ぐっすり寝たはずなのに、何だか余計に疲れた気がするのは、よく覚えてないけど、夢のせい?それともさっきの、エティ姉様とのやり取りのせいだろうか?
リンカはエティに聞こうか聞くまいか……逡巡したけど結局聞くことに決めた。
「エティ姉様、変な事聞いてもいい?」
「え?リンカ、なぁに?」
「う、うん。あのね、この国って、女同士でキスするのって、普通なの?」
固まった様に動かなくなったエティに聞きながら、リンカの顔は徐々に赤くなっていった。
エティは不思議そうに考えながら、顔が赤く染まったリンカに、問い返した。
「リンカ……キスとは、何の事ですか?」
「え?……えぇ、っと……キスっていうのは……」
「ええ、キスとは?」
「うぅ~~……く、口付けの……こと……デス……」
もぅ……やだぁ……
エティに答えるリンカの声は、段々小声になっていった。そして、顔は真っ赤に染まり、ガックリと項垂れていた。
「リンカ……可愛い……」
エティは俯いたリンカの顔を両手でクイッと持ち上げると、リンカの唇に軽く口づけると、大げさにリップ音をたてて離れた。
「これが、キス……なのですね?」
リンカを軽く抱きしめて、エティは破顔した。
「……お、女同士だからって……口にキスするのダメなのぉ。もぉ~……エティ姉様も……ミレーヌも……ダメなんだからぁ……」
この国(世界?)ではどうか知らないけど、日本人のリンカにとって、たとえ挨拶であっても、軽くホイホイ口にキス……いや、口じゃなくても、簡単にキス何て出来ない……それなのに、もう、何回目なの?
リンカの心に沸々と怒りが沸いてきていた。
エティは、リンカが言った『ミレーヌも』という言葉を聞いて、ミレーヌも?ミレーヌが……?と、ブツブツ呟いていた。
異様な雰囲気のリンカの部屋のドアを、コンコン、とノックする音がした。
ドアを開けて、部屋の中にいるリンカとエティに、ミレーヌが声を掛けた。
「お茶が入ったけど、リンカは……ああ、起きたのね。お茶飲むでしょう?」
ミレーヌは、すぐそばにいるエティは無視して、リンカにだけそう言うと、リンカの手を取って、連れて行こうとした。
「ま、待って、え、エティ姉様も……」
リンカは慌ててエティの腕を掴もうとしたが、ミレーヌに引かれて、エティには届かず、むなしく空を切っていた。
「大丈夫よリンカ……エティなら、どうせ後から付いて来るわ」
ミレーヌに言われてリンカが振り返ると、ミレーヌが言ったように、エティが後ろから付いてきていた。
三人が応接間に入ると、エレン様とメリルが、お茶の用意をしていた。
エレンはミレーヌに手を引かれるリンカを見て、片眉を上げた。
「ミレーヌ、リンカとずいぶん仲良くなったのね……」
「エレン様……私、リンカと友達になったんですわ。ね?そうよね?」
リンカはミレーヌに同意を求められて、嬉しそうに頷きながらエレンに話した。
「そう、そうなんです。ミレーヌと友達になったんです。私、ミレーヌと友達になれてうれしくって……」
リンカはミレーヌを見て笑顔を浮かべていた。
エティは嬉しそうにしているリンカを見て、複雑な心境だった。
ミレーヌがリンカの隣に座ると、エティもリンカを挟んで、ミレーヌの反対側に座った。リンカは両手に華だ、などと、のんきな事を考えていた。
エレン、エティ、ミレーヌ、メリル、リンカの五人でお茶をしていると、扉をノックしてティア様が入って来た。
「はぁ……疲れた……エレン、私にもお茶お願い」
ティア様が、怠そうに椅子に座るとすぐ、目の前にお茶の入ったカップが置かれた。
「はぁ~美味しい……ありがとう……エレン」
ティア様は、ヤレヤレ、とか、生き返るぅ~とか呟きながら、お茶を飲んでいた。
そういえば、朝食の後からティア様は、ずっとどこかに行っていた。
ティア様は、神官長に会ったのだろうか……?
「そういえば、リンカ、ユース兄様に抱っこされて、寝てしまったんですって?」
「ウッ……ゲホッ……」
誰から聞いたのか、ティア様がリンカにとって、恥かしい出来事を、楽しそうな顔を浮かべながらいきなり聞いてきた。
唐突に聞かれたリンカは、飲んでいたお茶が器官にでも入ったのか、ゲホゲホと咽ていた。
「ティ、ア様……ゲホッ……誰に……聞いたんです?」
「ん?ミレーヌよ。一緒に執務室に行っていたのでしょう?」
「……」
ティア様に喋ったのは、ミレーヌなんだ……ふ~ん……
リンカは恨めしそうな目でミレーヌを見ていた。
悪びれないミレーヌを見ている内に、リンカの唇が拗ねた子供の様に尖っていた。
「うふふ……幼子の様に口を尖らせて……ねぇ、エティ?リンカったら、可愛いわよねぇ。そう思わない?」
「エレン様……そうですね、リンカは……食べてしまいたいほど可愛いですね」
「エレン様も、エティ姉様も……私、幼くないし、食べ物じゃないから!む~……」
二人のやり取りを聞いて、口をへの字にして怒っているリンカを見て、ティア様、エレン様、ミレーヌが、声をあげて笑っていた。
メリルは、笑ってはいけないと、リンカを視線に入れない様にしていたが、神官長に抱っこされたリンカを想像すると、笑ってしまいそうになり、我慢してもつい、肩が震えてしまうのだった。
エティは無言でリンカを抱きしめて頭を撫でていた。
エティがリンカを抱きしめるのを見て、ティア様は片眉を上げて抗議した。
「ちょっと、エティ……ドサクサに紛れて何をしているのかしらぁ?」
「リンカがいじけてしまっているので、慰めているのですが何か?」
エティは不服そうなティア様にシレッと返事を返した。
リンカは恥ずかしさで穴があったら入りたい心境だったのを、エティが腕の中に囲う様にしてくれたおかげで、顔を隠せて良かったと思っていた。
エティの腕の中でリンカは、段々と心が落ち着いていくのだった。
「エティ姉様、ありがとう……でも、もう大丈夫だから……」
リンカにもう大丈夫だと言われたエティは、名残惜しそうに抱きしめていたリンカを解放した。
「ふ~……それにしても、恥かしい失敗を本人に断りなく話すなんて、ミレーヌはひどいです……」
「……ごめんねぇ、抱っこされて寝ちゃったリンカが可愛くて、ティア様に喋っちゃった……怒らないで、ね?」
「べ、別に……怒ってないですよ……?」
拗ねた様に口をとがらせて言うリンカを、ミレーヌは後ろから抱きしめた。
「も~可愛いなぁ、リンカ」
「ちょっと!何でミレーヌまで、リンカにベタベタしてるのよ!立場を弁えなさいよ!!」
ティア様がリンカに抱きつくミレーヌの事を叱責した。
ティアはミレーヌに、立場(男なんだから)弁えろと、言いたかったのだが、リンカは、ミレーヌの身分の事でティア様が言っているのだと思った。
「ティア様、私、ミレーヌと友達になったんです。だから……ミレーヌの事、叱らないで下さい」
ミレーヌを庇う様に言ったリンカの友達宣言……。
楽しそうに笑うミレーヌを見て、ティア様は頭を抱えていた。
エレン様は、リンカ達の様子を見て、終始微笑んでいた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
お茶が終わるとブツブツと不満を漏らすティア様をなだめながら、エレン様とティア様が、応接間を後にした。
メリルはカップやティーポットを乗せたワゴンを押して、応接間を出て行った。
「ねぇミレーヌ、ティア様どうしたの?なんか変だったけど……」
お茶している時から、ティア様の様子がどことなく疲れている様で、気になっていたリンカは、ミレーヌにどうしてなのか聞いてみた。
「う~ん……多分アレじゃね?月の……と、いうのは冗談よ、冗談……」
言い始めふざけた様子だったミレーヌだったが、途中で引き攣った様な顔になり、冗談よと言って、口をつぐんでしまった。リンカは気が付いていなかったが、エティがミレーヌの事を、リンカの背後から、殺気を込めた目で睨んでいた。
黙ってしまったミレーヌに代わって、エティがリンカに話し始めた。
「……多分ですが、塔に滞在中の令嬢たちのお相手をしているのでしょう。塔の南側に、貴族の令嬢が滞在しているのを、リンカは知っていますか?」
「花嫁修業をしに、塔で過ごしているって、神官長に聞きました」
「午前中は主に講義、午後からは実技をしていると聞いています」
「実技?ですか?」
「ええ、裁縫や楽器の演奏、ダンスなどですね……リンカはダンスは、踊れますか?」
エティ姉様に、ダンスは踊れるかと聞かれたリンカは、黙って頭を左右に振っていた。
ダンスなんて、フォークダンスとか、盆踊り位しかやった覚えはない。
最近は高校のダンス部が話題になっていたが、バイトで部活なんてする暇も無かった。
「必要無かったから、やったことない……」
「踊ってみますか?」
「ううん、やらない。ごめんねエティ姉様、でもありがとう……」
「リンカ……気が変わったら、何時でも言ってね」
「そうだね……気が変わったら……ね……」
エティはダンスの話をした後、リンカの様子が変わった様な気がした……
リンカは元の世界の事を思い出して、呆然としていた……
戻れないと、諦めてしまっているからなのか、思い出しても帰りたい、戻りたいという気持ちが、少しも沸いてこなかった。
元の世界……日本での生活が、幸せだったかと言えば、そこそこ幸せに、過ごせていたとは思う……
衣食住には、不自由しなかったし、人並みに教育も受ける事が出来た。足りない、無かったものと言えば、家族と愛情……親友ぐらいだろうか?
幼い頃に、両親が自分のせいで死んだと責められたリンカは、弟とも絶縁され、これ以上大切な者を失いたくないと、広く浅く表面上の付き合いだけで、誰とも深く係る事は無かった……
元の世界に残してきたもので、諦められない、執着しているモノと言えば、愛用のキャリーバッグと、その中身だった。
「リンカ……?どうしたのですか?」
急に黙り込んで何かを考えている様なリンカを、心配してエティが声を掛けた。
ミレーヌはリンカの背中をバシバシ叩いて、ぼーっとしてんじゃねーぞとか、元気出せとか、言っていた。
背中をバシバシ叩くミレーヌ……イヤイヤ、ソレ普通に痛いから!
リンカはじわじわ効いてくる背中の痛みに、恨みがましい眼をして、ミレーヌに向き直るとまったく笑っていない目をして口角を上げた。
「ミレーヌ……約束、忘れていないわよねぇ?エティ姉様の具合も大丈夫そうだし、今からどうかしらぁ?ねぇ?」
只ならぬリンカの様子にミレーヌは引き攣ったような笑みを浮かべながら頷いていた。
ミレーヌがリンカの世界の事を聞いてきたので、リンカはミレーヌに、お互いの世界について、話せる範囲で教え合おうって、約束をしたのだった。
「そ、そ、そうね……お茶も終わったし、始めましょうか……」
ミレーヌとリンカのやり取りを見ていたエティは、何故か疎外感を感じて、リンカに何も言えなかった。
「私から聞いてもいいかな?」
「いいわよ、リンカ、何が聞きたいの?」
「この世界の、地理的な事を教えて欲しいの。この国『アストーリア神皇国』を中心としてでいいから、周辺にどんな国があるのか知りたいの……」
「ちょっと待ってね……え~っと、何か無いかな……あっ、これでもいいか」
独り言を呟きながらミレーヌは、暖炉脇の収納スペースから、小さな木箱を持って、リンカの向かい側の席に座った。
ミレーヌが持ってきた木箱には木で出来たチェスの駒の様な物が入っていた。
「細かい事までは、わからないからざっくりと説明すればいいかな?」
「うん、大まかな事でいいからお願いします」
「わかったわ。じゃあ、コレが今いるアストーリアね」
そう言うと、ミレーヌは木箱から駒を一つ摘み上げて、テーブルに乗せた。
その右に同じ印のある駒を乗せて同盟国セヴェイル、その駒と初めに置いた駒の間に、やはり同じ印のある駒を置いて横に倒し、コレ国境ねと言った。
それから、左側に同じ様に横にした駒を置いて、で、コレは東の国境……
国境の隣に印の無い駒を三つ重ねて、エレメンタール共和国と言った。
リンカは続けようとするミレーヌに、ちょっと待ってて、っと言うと、応接間を出て、部屋へと向って行った。
息を乱して応接間に戻って来たリンカは、その手に何かを持っていた。
「お、お待たせ……」
リンカは持っていた薄い本の様なモノを開きテーブルの上に置くと、右の手には細い棒の様な物を持っていた。
リンカが右手の細い棒を、細かい格子柄の本のページに押し当てると、そこには黒い色で丸い物が浮かび上がった。
「リンカ……それは何?」
目をギラギラさせてミレーヌがリンカに問いかけた。
リンカは同じ様な作業を続けながら、ミレーヌに返事をした。
「ん~?コレはメモ帳とボールペンだよ……え~っと、コレがアストーリアで、コレがセヴェイル……で、コレが、エレメンタール共和国っと……」
リンカはミレーヌから聞いた事を繰り返しながら、国名をカタカナで書き、丸で囲った。書き終わるとリンカは、ミレーヌに国名と位置を確認した。
ミレーヌにオッケーをもらったリンカは、続きをお願いとしますと言った。
エティは、リンカが何故ミレーヌに聞いているのか、どうして自分に聞いてくれないのか……疎外感に打ちひしがれていた。
エティがそんな気持ちを抱いていると思いもしないリンカは、対面に座るミレーヌと、話し続けていた。
夕餉の時間になるまで、リンカはミレーヌからこの世界の事を、ミレーヌはリンカからリンカがいた世界の事を、互いに教え合っていた。
夕餉の後も、お茶を飲みながら話し込んでいるリンカとミレーヌの二人を見て、エティの心は冷静ではいられなかった。
何を話しているのか、二人の話は九の鐘が鳴り終わるまで、続いていたのだった。
「もうこんな時間……リンカ、続きは明日ね……」
「何処へ行くの?ミレーヌ?」
「此方に部屋が無いので、宿舎に戻るのよ。明日になったら、また来るわね……」
「え?……そうだ、私のベッド、大きいから一緒に寝られるよ?嫌じゃ無かったら……だけど……」
「魅力的な話ね……でも、遠慮しておくわ、リンカのイビキがすごそうだし……」
「な!……そんな事ないよ!も~……」
ミレーヌはゲラゲラ笑いながら、振り向きもせず右手をヒラヒラさせて、応接間を出て行った。
ミレーヌを見送ったリンカは、言い逃げだ、とか、イビキなんて、とか、ムカーとかブツブツ唸っていた。
やがて、落ち着きを取り戻したリンカは、ずっと黙っていたエティに話し掛けた。
「エティ姉様、一緒にお風呂入ろう?いいでしょ?いいよね?」
「え?え?オフロ?」
お風呂と言われても、エティには何のことかわかっていなかった。
リンカはエティと応接間から個室へ向かい、部屋の奥にある脱衣所兼洗面所へ入って行った。そして、リンカの言ったお風呂というのが、“湯浴み”の事だとエティが理解した時には、リンカは服を脱ぎ始めていた。
一人ではちゃんと着付けできない貫頭衣だが、脱ぐのは早いリンカだった。
焦っているエティの横で、帯を解きたくしあげて頭を引き抜くと、あっという間に下着姿になっていた。
リンカは両手で顔を覆い始めたエティに近付くと手を伸ばして言うのだった。
「エティ姉様、脱がないの?手伝おうか?」
そう言ったリンカの手がエティに届くより早く、何事か叫んで、エティは脱兎のごとく、脱衣所兼洗面室を出て行った。
顔を真っ赤にしたエティは、女装している事が辛くなっていた。
リンカの側にいられるのはうれしいが、男に見られないのも辛い……かと言って、女装しているのがわかってしまうのはイヤダ……
エティの心の中は、混乱しきっていた……
リンカの側に闇の精霊が付いていれば、ここまで混乱しなかったかもしれない。
だが、今闇の精霊ダークは、神官長とフォルツァに、付き添っていた……
やっと周辺国家の説明を始める事が出来ました。




