41.再び『白の塔』へ……
読んでいただきありがとうございます。
活動報告で、登場人物について少しずつ紹介したいと思います。
本文と併せて、宜しくお願い致します。
暗い夜空を照らす月が消え
煌めく星々もその姿を消していった
漆黒に染まっていた空に深い青色が混ざり
闇から光へと移り行く時
東の彼方が白く輝きはじめる
連綿と続く一日の陽の始まり……
五の鐘が鳴り始めた……
朝早く、都の外周門から出て行く一台の馬車と騎乗する三人の騎士達……
誰に咎められることなく『白の塔』へと、一団は向って行った……
カルセドニィが御者を務め、三人の騎士に守られた馬車の中には、神官長と、もう一人……神官服に身を包み慎み深い貞女の証のベールを被った大柄な女性が同乗していた……目を伏せ俯くその女性神官は、美しい横顔をしていた……
◇◇◇◇◇◇◇◇
朝というにはまだ早すぎる、五の鐘が鳴る前……
人目を避ける様に、大巫女ユーフェミアの居室を訪う人影があった。
それは、『感受の巫女』エーレンダニカだった……
一刻……三十分程大巫女の居室で何事か話し合った後、来た時と同様に人目を避け、ひっそりと大巫女の居室から遠ざかって行った……
エレンがユスティアとリンカが滞在している部屋に戻ると、応接間には、昨日飲んだお酒の容器やカップが、そのままになっていた。
もう眠る気にもなれないエレンが、静かに片づけ始めていると、メリルが起き出してきた……
神殿で起きるより少し早く目覚めたメリルは、応接間で片づけをしているエレンに気が付くと、驚き、慌てた拍子に椅子に足を引っ掛けそうになった……
「お、おはようごじゃります、エレン様」
足を引っ掛けて椅子を倒しそうになり、慌てていたメリルは、朝の挨拶を思いっきりかんでいた……
エレンは、カミカミの挨拶をしたメリルが可笑しくて、
笑みを浮かべながら挨拶を返した。
「おはよう、メリル……起こしてしまったかしら?」
「い、いいえ、そんなこと……それより、片づけでしたら、私が致します」
メリルは丸い眼をクリクリさせて、雑事は私の仕事です、と、全身で語っている。
感受の能力など無くとも、分かりやすいその仕草が、とてもかわいい……
エレンは、リンカがメリルを可愛がるのも、分かる気がした……
『感受の巫女』エレンも、メリルの事が気に入った様だ。
エレンが、小さな時から可愛がっていた少女が、心に暗い獣を飼っていた……
しかも、人に害を為す様になるなんて……後継者の様に思っていたエレンは、期待を裏切られた様に感じた。
エレンは素直なメリルと接して、さざ波立っていた心が、凪いで行くような……安らぎを感じていた。
エレンがメリルと二人で応接間を片付けていると、リンカが起きてきた。
「おはようリンカ……」
ゆっくり寝ていていいのに……エレンはそう思いながら、朝の挨拶を交わしたリンカの様子が、どこかおかしい事に気が付くと、眉をひそめた……
まさか、リビングストンが暴走して何か無体な事を……?
そんな事を考えていたら、エティが熱を出して目覚めないという……
目にうっすら涙を浮かべ、気が高ぶっているのか、リンカから様々な感情が溢れてくる……
エレンは、リンカに落ち着くよう諭すと、熱を冷ます薬湯を取りに、部屋を後にした。高熱が続くのは……リビングストンにとって、致命的になりかねない。子を成せなくなっては、リビングストンが不憫だと、エレンは思っていた……
エレンは熱冷ましの薬湯と、着替えを持って、部屋に戻ると、リンカとエティのいる居室に入り、エティの様子を確認した。
どうしたという事か?リビングストンは高い熱を出していたと聞いたのに、今は熱も下がり、呼吸も安定している。何だろう腑に落ちない……
それに、首の後ろに何か……冷たい物が……?
「ねぇリンカ?何をしたの?エティの首の後ろにある物は何なの?何かしたのなら教えてちょうだい……」
エレンが尋ねると、リンカは、始めは答えるのを渋っていた。
問い質されて、咎められると、勘違いしたようだ……
リンカは持っていた薬を飲ませ、熱を下げるために、
首の後ろに氷を入れた革袋を当てているとエレンに答えた。
リンカに、何故首の後ろを冷やすのか聞くと、温度の高い血が流れる部分を冷やすと、効果的に熱が下がると、教えてくれた。
エレンは、この先熱を出した者を看病する時は、同じ様に首の後ろを冷やすことにしようと思った……
エレンが、物知りなリンカを褒めると、施設にいた時に熱を出した子供の世話を手伝っていたという。施設……?聞きなれない言葉だとエレンは思った。
施設という物がどういった物なのか気になったが、エレンはそれよりも、気になっていた事をリンカに聞くことにした。
「エティがまだ目覚めていないようだけど、どうやって薬を飲ませたの?」
エレンが聞くと、リンカは顔を赤く染め恥かしそうにしながら、口移しで飲ませたと……そう答えた。
嫌じゃなかったのかと聞いたら、エティを助けるのに、嫌なんてことは無いとリンカは答えていた……
無意識なのだろうが、エティ……リビングストンが幸せそうな顔をしている訳が分かった。
それにしても、いつまでも寝間着のままでいるリンカに、巫女装束の貫頭衣を着せ、布を重ねて紐で絞め、聖女の様に清楚に飾り着付けた。
可愛らしくなったリンカに、エティは暫く私にまかせて、メリルが用意した朝餉を食べてくるように、部屋から出した。
リンカがいない間に、エティを着替えさせなくては……
だが、エティは女装しているとはいえ、鍛え抜いた体躯を持つ騎士だ。
私一人で、意識の無いエティを着替えさせることは出来ない。
エレンは、昨日から感じる風の精霊に手助けしてもらおうと、精霊に呼びかけた……だが、姿を現した精霊が思っていたよりも、高位な精霊だったことに驚いていた……
精霊王に次ぐほどの高位の精霊に、着替えを手伝わせてもよいものか……
エレンが言葉に出すのを躊躇っていると、精霊が用事は何かと、聞いてきた。
エレンは、エティ……リビングストンの意識が無い今、
着替えさせるために、助け手が必要だという事を告げると、精霊はエティの覚醒を促してくれた。
エレンは風の精霊に、感謝の言葉を紡いだ。
風の精霊は、無表情に黙した後、アレの始末を任せてよいのか?とエレンに問い質してきた。
昨日リンカが襲われた後から、私の意識に同調するように、アレの動向を探っていたのは、やはり、風の精霊だった様だ。
そして、アレの始末を、私に任せると言った。
今は大人しくしているが、アレ再び動いたその時は……
覚悟をするように、考えこんでいる私に、精霊が告げてきた。
「あの娘に害の無き様……心せよ……」
あの娘……あの娘というのが、リンカの事なのか、
精霊に聞こうと思った時に、エティが目覚め始めた。
エティの目覚めと共に、風の精霊はその姿を消していた……
目覚めたエティに、リンカがいない内に、急ぎ着替える様に、言い、着付けの手伝いをした。
エティは、見た事も無い女装用の偽乳を装着していた。
私は初めて見る女装具に手を伸ばし、触ってみると、本物と遜色ないその感触に、エティの胸が大きいと、リンカが羨ましそうにしていた事を思いだした。
着替えを終え、ホッとしているエティに、リンカが口移しで薬を飲ませた事を伝えると、信じられない様な顔をしていた。
やがて、何か思い出したのか耳まで赤くして、両手で顔を隠している。
エティは何かをやってしまったらしく、戸惑っているようだ……
歓喜と後悔が混ざった様な心情を感じたエレンは、エティに何をやったのか、聞きだそうとしていたら、リンカが戻って来た。
ベッドに腰掛けていたエティは、リンカに叱られて、嬉しそうに、ベッドに入っていった……
エレンは、十二の鐘の後に、様子を見に来るから、エティが起き上がらないよう、側で見張っているように、リンカに言うと、部屋を出た。
応接間にいるメリルに、リンカと、エティの事を頼むと、大巫女ユーフェミアの元に向かうため、部屋を後にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
六の鐘が鳴り響き、透明な通路が湖の底から現れる。
外界と『白の塔』を唯一結ぶその通路に、岸辺から一台の馬車と騎乗した三人の騎士が、渡って来ていた。
先触れも無く来訪した一団に、聖騎士団白の塔支部に、
緊張が走った……警戒し、武装した姿で、馬車と三人の騎士の前に出ると、馬車の扉が開いて、中からアスティ教神官長のモナーフが現れた。
神官長の後から、騎士に手を取られ、ベールを深く被った女性神官が現れると、迎え出た騎士達は、警戒を解き、
垣間見えるその美しさに目を奪われ、溜め息をこぼしていた。
そんな騎士達を見て、内心ほくそ笑んでいる神官長は、
護衛にミランを連れて、女性神官と共に、大巫女ユーフェミアの執務室へと向って行った。
カルセドニィは、何も言われなかったが、当然の様に、最後尾につき、三人と共に、塔の中へと入って行った。
一言も発せず足早に大巫女ユーフェミアの執務室へと向かう神官長は、最後尾から付いて来るカルセドニィに、舌打ちしたい気持ちを押さえていた。
執務室の扉の前で、シリウスが待ち構えていた。
「どうぞ、お入りください……」
執務室の扉をシリウスが開くと、神官長、女性神官、護衛としてミランの三人が中に入り、カルセドニィは、一人扉の前で、警護についた。
執務室の中に入った途端、シリウスの様子が豹変した……
「ッブッフハァ……ハァ……ハァ……」
シリウスは、突然噴き出したと思ったら、息も荒く……
女性神官のベールを乱暴に剥ぎ取った。
「!隊長、女性に何を……乱暴は……って……はぁああ??」
女性神官のベールを剥ぎ取ったシリウス隊長に抗議したミランだったが、口元が露わになったその姿を見て、奇声をあげた……
「せ……せ、せ、せ、先輩ぃい……!何やってんすかぁ!」
ミランは驚愕の声をあげながら、女性神官……の、姿をした、フォルツァに攻め寄った……
「プッ……クックック……成程……化粧した目鼻だけなら、女性神官で通る……ププッック……」
シリウスは、堪えても堪えても、湧き出す笑いに身がよじれそうだった。
まさか、昨日リビングストンと比べて、ダメだしされた女装をして、塔に戻ってこようとは……シリウスは思いもよらぬ出来事に、腹を押さえて笑い続けるのだった。
「で?いつまでその格好でいるつもりだ?早く着替えねば、大巫女様とエレン様……ティア様も来るぞ?」
シリウス隊長の言葉に、フォルツァは慌てて神官服を脱ぎ始めた。
「フォルツァ殿……焦るのは分かるが、せめて奥で着替えを……」
神官長が言い終わるより早く、執務室の扉が開いて、
大巫女ユーフェミア、エレン、ユスティアが、部屋に入って来た。
半裸のフォルツァを見ても……悲鳴をあげたり、恥かしがる様な、殊勝な乙女は……いなかった……
「……はぁ……朝からムサイ物を見せるな……」
溜め息を吐きながら、ウンザリした様にユスティアが言い放った。
「いや……中々見ごたえのある……」
「大巫女様!いけませんよ……ガン見は……チラ見程度にしないと……」
大巫女ユーフェミアとエレンは、慌てて着替えるフォルツァを見て、悪い笑顔を浮かべていた……
「フォルツァ殿とわからぬよう、女装してきたんです。あまり、見ないでやってくれませんかね?」
神官長は、事情があったとはいえ、騎士に女性の振りをさせるなど、不名誉な事をさせてしまったと、助け船を出したつもりだった。
だが、女装ときいた大巫女の目がキラーンっと、光った様な気がした。
フォルツァが女装していた事を聞いたユスティアは、昨日のフォルツァの女装姿を思い出すと、ウンザリした様に右手で額を押さえた。
「よくも、まぁ、バレずに来れたな……」
昨日の女装姿では、明らかに不審人物にしか見えなかった。
ユスティアは、不思議そうにフォルツァを見ていた。
不思議そうにしているユスティアに、シリウスがベールを見せて、笑いながら、自ら頭に被って見せるのだった。
「なるほど、厳つい部分をベールで隠したのか……」
ユスティアは、女装した男にしか見えなかったフォルツァが、男だと露見する事無くたどり着いた理由に納得するのだった。
「すっかり、騙されましたよぉ。でも、迎えに出たココの騎士が、先輩に見とれてましたよぉ~罪作りだなぁ……」
ミランは、女装なんて他人事だとばかりに、フォルツァの女装が、白の塔支部の騎士をノックアウトしていたと、楽しそうに曝露していた。
だが今の発言を、後になって後悔する羽目になるのだった……。
「何だか楽しそうじゃなぁ……ところで、ユースよ。戻ってくるのが、随分と早いのではないか?三日後に戻ると聞いたは、勘違いじゃったか?」
大巫女ユーフェミアは、神官長ユースヴェルクが何と返すのか、楽しそうに待っていた……
「ぐ……小母上……昨日は確かにその予定でおりましたが、事情が変わったのです」
「事情とは何じゃ?リンカに早う会いたいだけではないのか?」
神官長は、大巫女ユーフェミアの言葉に、呆れたような表情をしながら、諦めたように話しを続けた。
「小母上……そんな事よりも、昨日リンカを襲った騎士を操っていた何かが、報告に来たフォルツァに憑りついて襲い掛かってきたのです。」
シリウスは、何かがフォルツァに憑りついていたという神官長の言葉に、突き刺すような視線をフォルツァに向けた。何時の間に、憑りつかれたのか……
フォルツァを厳しい眼で見ながら、シリウスは考え込んでいた。
「襲い掛かられたという割りに、何ともない様じゃな……」
大巫女ユーフェミアは、自分より大きな神官長の全身を、首を上下にしながら、三回ほど見回すと、小さく溜め息を吐いた。
そして、自ら椅子に腰を落とし、皆に着席するよう手で示した。
「大事無い様で、何よりじゃ……フォルツァも……操られておった後遺症は無いか?立ち直ったか?」
フォルツァは、騎士である自分が、守るべき神官長を襲うなど、罰せられて然るべきなのに、自分を気遣う大巫女ユーフェミアの言葉に、目頭が熱くなるのを感じた。
フォルツァは、大巫女ユーフェミアに、椅子から立ち上がり、床に片膝をつき、騎士の礼をとった。
「ふふ……若い騎士に跪かれるなど……照れるのぉ……」
白の塔で、巫女や女神官に傅かれている大巫女ユーフェミアは、騎士に跪かれるなど、何十年も無かった。
目の前で片膝をつく、フォルツァを、可愛いと思うあまり……ついつい、小さな子供にするように、フォルツァの頭を撫でてしまうのだった。
「さて……どうしたものか……エレン、皆に例の話を……」
大巫女ユーフェミアは、エレンに何か話をするように指示をだし、フォルツァに、席に戻る様言うのだった。
エレンは、大巫女ユーフェミアに話す様に言われ、フォルツァが席に戻ったところで、覚悟を決めたように、深く息を吸うと、呼吸を整え、静かに話し始めた……
「昨日、フォルクスとフォルツァの二人を操った者が誰か……判明致しました」
エレンは、円卓に両肘を付き、左右の親指を額に当て、
顔を隠す様に、残った指を交互に組んだ。
そして、溜め息をこぼすと、話しを続けた。
「ですが、あの者が何故、人を操れるのか……何故あんな事をしたのか……わからないのです……」
エレンは、産まれてすぐに塔に預けられたその者を娘の様に……妹の様に……世話をしてきた。
人として必要な教育も、物事の善悪も、他の者たちと分け隔てなく教え、導いてきた……それなのに、なぜあの者だけが……
ユスティアは、黙りこくったまま、一向に顔を上げないエレンを、気遣う様に、傍らに寄り添っていた。
「それで、あの者というのは……フォルクスとフォルツァの二人を、操っていた者というのは、誰なのですか?」
神官長は、二人を操っていた人物が誰なのかわかった、というのに、その名前を告げようとしないエレンに、苛立っていた。
知らず知らずのうちに神官長は、エレンの事を責める様に、厳しい口調で問い質していた。
「ユース!やめよ!!」
エレンを責め立てる神官長を止めたのは、大巫女ユーフェミアだった。
大巫女ユーフェミアは、椅子が後ろに倒れるほど勢いよく立ち上がると、隣の席に座している神官長の頭に向って、空手チョップをくらわせた。
「!な……、何を……小母上!」
神官長にとって、大巫女ユーフェミアから受ける物理攻撃など、痛くも痒くも無いのだが、子供を叱る様なその仕打ちに、精神的な衝撃が大きかった。
見た目だけだったら、大巫女ユーフェミアは神官長よりも、年若い女性にしか見えない……。神官長程の成人男子が、年下の女性から子供の様に叱責されるなど、羞恥以外の何物でもない。
神官長は大巫女ユーフェミアを恨めしそうに睨むのだった。
「イタタ……固いのは、中身だけでは無かったか……しょうの無い奴じゃ……」
予想以上に神官長の頭が硬くて、大巫女ユーフェミアの、叩いた手がジンジンと痺れるのだった。
「その者の名を言うは簡単じゃ……だがの、考えてもみよ……」
大巫女ユーフェミアは、痺れる手に大げさに息を吹きかけながら、神官長を諭す様に話し続けた。
「操られる、その方法も、防ぐ手立ても、今は何も無いのじゃ……そんな状態で名を聞いて、どうするのじゃ……」
神官長は、大巫女ユーフェミアの言葉に、ただ黙って聞いている事しか出来ない。
名を聞いたからとて、その人物をどうすれば良いのか……
打開策が浮かんでこない……神官長をはじめ、誰もが口を開こうとはしなかった。
重苦しい空気が、大巫女ユーフェミアの執務室……円卓の間に流れていた。
ユスティアは、昨日リンカを責めていた時の、フォルクスの様子を思い出していた……。騎士がか弱い子女の襟首を絞め、責め立てるなど、騎士の風上にも置けない。
しかもその相手が……責め立てていた相手が、リンカだったのだ……
ユスティアはその時、帯剣していなかった事を神に感謝した。帯剣していたならば有無をも言わさず、一刀両断にしていた事だろう……あの時……フォルクスは咎められただけで、正気に戻っていた。
ではフォルツァは……?
ユスティアは、ハッとしたようにフォルツァに顔を向けると、次いで神官長の顔を見た……
「……ユース兄様……お聞きしたい事があります」
神官長に話し掛けるユスティアの声は、神官長を兄と慕う、いつもの様な声音では無く、聖騎士団副団長の……問い詰めるような……尋問するかのような……凍りそうなほど冷たい声だった……
「……昨日、操られていたフォルツァに、襲われたと……言いましたね」
見た事も無いような、険しい表情をしたユスティアに、問われた神官長は、何を聞かれるかと、姿勢を正し、身構えた……
「それで……操られていたフォルツァは、何を引き金に、
その支配から逃れて元に戻ったのですか……?」
「う……それは……」
「どうしたのです?まさか昨日の事なのに、覚えていないとでも?」
「……くっ……」
フォルツァはユスティアが、神官長を問い詰めるのを、見ていた。
神官長は、どうしてしまったというのか……昨日の事を話せばいいだけなのに、なぜか口を開こうとしない……
フォルツァは神官長に代わって、昨日の事を話そうとした。
「昨日の事ですが、私が……??」
神官長に代わって昨日の事を話そうとしたフォルツァだったが、途中で声が出なくなってしまった。
フォルツァは喉を押さえ、顔を歪ませ振り絞る様に……声を出そうと試みるが、口がパクパクするばかりだった。
「何を……?やっている、フォルツァぁあ!」
ユスティアは、口をぱくつかせて、ふざけている様にしか見えないフォルツァを怒鳴り、立ち上がると、椅子を手に取り、フォルツァに向けて力任せに投げつけた……
何とかして声を出そうとすることに集中していたフォルツァは、飛んでくる椅子に気が付くのが一瞬遅かった……
ドッカァ~ン……バリバリバリ……
轟音と目がくらむ程の閃光が、執務室に満ち溢れ、
ユスティアが投げた椅子は瞬時に塵と化した……
フォルツァの契約している雷の精霊、《レヴィ》が飛んできた椅子からフォルツァを守る為に、雷で椅子を破壊したのだった。
間も無く、光が収束し、執務室に静寂が戻って来た。
「ぐっ……げほっ……げっほん……」
「眼がぁあ……眼がぁああ……」
ミランは契約している風の精霊が防御してくれたおかげで、衝撃は受けなかったが、閃光をまともに見てしまい、
眼がチカチカして目を閉じていても中心に光の残像が消えないでいた。
「いったい……何が……ハッ?小母様?小母様、ご無事ですか?」
ユスティアが床に倒れている大巫女ユーフェミアに気が付いた。
意識が無いのか、呼びかけても、身体を揺すっても、気が付くことは無い……ユスティアは、エレンに助けを求めた。
エレンは、大巫女が意識不明だと言うのに、落ち着いていた。
なぜなら、意識が無くとも、胸の鼓動は規則的に動いているし、呼吸もしていたからだ。ならば、考えられることは……
「ティア様、落ち着いて下さい。直に意識は戻られます」
エレンは、大巫女ユーフェミアの体を抱え呆然としている、ユスティアに、安心するように声を掛けた。
「大巫女様は今、高位の存在と対話しておられます」
エレンは、意識の戻らない大巫女ユーフェミアが、神託を受けている時と、同じ状態であることを、皆に説明した。
大巫女ユーフェミアが、神託を受けようとする時は、
祈りの間にて神に祈りをささげた後、神に呼ばれて意識を
聖域に飛ばしていた……
長き年月を大巫女と共に生きてきたエレンだが、大巫女がこんな風に前触れもなく呼ばれ、意識を無くす事など、いまだかつて無い事だった……
大巫女ユーフェミアの意識を、まるで刈り取る様に奪い、接触しているのは、いったい何者なのか……
大巫女ユーフェミアの執務室・円卓の間で、エレン、神官長、ユスティア、シリウス、フォルツァ、ミランの六人は、大巫女ユーフェミアの意識が戻るのを待つ事しか出来なかった。
キレるとコワイ皇女様でした。




