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36.豊穣の乙女


召喚されてからの、リンカ(鈴花)の義姉

玲奈の話です。過去の話がドロドロです。



◇◇◇◇◇◇◇◇



【豊穣の乙女】宮坂玲奈の話……



 あの日……

私は友人たちと、食後の散歩を兼ねて、観光地としても

有名なお寺まで、歩いて向かっているところだった。


高校生ぐらいだろうか……歩道橋で、猫とふざけて、

持っているキャリーケースも邪魔で……

近くに行って、注意しようと思ったら、アノだった……

戸籍上は血の繋がりがない義妹、鈴花すずか……

施設育ちなだけあって、ガサツでキタナラシイ……

ああ、嫌だ……


「こんな所で会うなんて、最悪。それにしても小汚いアンタにお似合いのキタナラシイ猫ね……」


嫌だ嫌だ……こんなと、本当は血が繋がっているなんて……


「視界に入れたくも無い、同じ場所にいたくもない……アンタも猫も邪魔よ!どきなさいよ!」


踏み出した足の先に、猫が……



「クロちゃん危ない!」



アノが足元に飛び込んできた。ばかじゃないの?

ネコなんて蹴ったりしないわよ。

あらら、足を踏み外して……いい気味……

ってちょっと!!なに掴んで……


「きゃあぁ~離してぇえ!!」


大嫌いなアノに掴まれて、巻き込まれる形で

歩道橋の階段から落ちてしまった。

私に怪我させるなんて、許せない……

アノが下になる様に、バッグを引く方向に、そのまま真っ直ぐ落ちて行くように、バランスをとろうとした時、足元が光った。


な、何?光の中から、手が……い、いやぁ~離してぇ!!

光の中から出てきた手が、身体に巻き付いて……

私を捕らえて離さない……光が溢れて……

眩しくて……目が開けていられな……








 燦爛さんらんたる輝きが収束したのを感じて、私は目を開けた……

薄暗い祭事場を見下ろす様に灰色の服を着た、明らかに

日本人とは人種の違う人達……

槍とか、剣みたいなものを持って、鎧を着ている……

コスプレ大会でもあったのだろうか?




「※※@@@@$$*::」

「*************……」

「$$@@@@@$$※※※」




何よ?何だっていうの?ここはどこなの?あの人たち……何で言葉が通じないのよ……


「何なのよ?嫌だ……近づかないで!!」



 灰色の同じ様な服を着た人達の中から、白い服を着たサンタみたいなお爺さんと、不機嫌そうな背の高いオジサンと……

!?……すごい!なに、あのイケメン!!

え?なに?……不機嫌そうなオジサンが、大きな宝石のついた首飾りを私に付けた……


「綺麗な首飾り、私にくれるの?」



「とてもお似合いです。【豊穣の乙女】この首輪には言語を翻訳する機能があるのです。外してはいけません」


不機嫌なオジサンはそう言って、愛想笑いをしていた。

そして私の手を取って、イケメンの所に連れて行った。

銀色の巻き毛、緑の瞳、王侯貴族みたいに品のある、美しい青年が、私の名前を聞いてきた……

傍らにいる従者が、彼の事を、皇太子様と呼んでいた。



「【豊穣の乙女】発言を許す、名は何という?」



「は、はい。玲奈と……申します……」



「レイナ……其方には【豊穣の乙女】として、私と、この国を救って欲しいのだ……」



私とこの国……私と一緒にこの国を救う……

やだぁ……まるでプロポーズみたい……

「私に出来る事なら、何でもやらせてください」



「ふむ、従順であれば決して悪い様にはせん……」


聞き取れなかったけど、守ってやるって、言ったよね?

言ってたよね?


「はい……皇太子様の言うとおりにします」


私は皇太子様の言葉に、そう返事をした。

皇太子様は、私の手を取って歩きだした。


薄暗い祭事場には、まだアノが残されている。

誰にも何も聞かれなかった……。この先聞かれたとしても、あんな、私には関係無い……


私の名は、宮坂玲奈。神代鈴花とは、姓名が違う……

私さえ……何も言わなければ……

アノと血が繋がってるなんて、誰も知らない……







◇◇◇◇◇◇◇◇






 長い間、病気療養中だった母……橘玲華(たちばなれいか)が重篤だと、連絡が入った。

気が進まなかったが最期だと思って、療養所を訪れた。


母は、若い頃の傍若無人な行いが祟って、病気により正気を失って久しかった。娘の私を見ても、最早誰なのか

理解する事も出来ない程に……


「ブツブツ……和人さん……どこぉ?ブツブツ……」


時折り聞き取れる母の言葉は、死んだ父の事や、父と一緒に死んだ尚人の母の事だった。

だが、母も自分の死期を覚ったのか、いつもと違っていた。


知らない人が見たら、健常者と見まごうほど、しっかりと話をしていた。


「はぁ……はぁ……お許しを……全て、全て告白致します。私を許して……贖罪をお与え下さ……」


ミッションスクールの制服のままで尋ねた私を、シスターと間違えたのか、母は告解を始めた……


「はぁ……私は……和人さんを妹に……父の愛人の子に

奪われたくなくて、和人さんの子供が出来たと……

嘘を……妹に……花枝に和人さんの子供が出来ていたのに、私は和人さんと一緒になったのに……はぁはぁ……

寂しくて……遊び歩いて……見放されて……

その後……和人さんと幸せそうな花枝が憎くて……

和人さんの娘を……首を絞めて……あんな子に……

橘の家を継がせるなんて……許せなかった……」


 自分の産んだ娘である私に気が付く事も無く、母は

言葉を続けた……


「橘の家は……私の娘が……玲奈がいるのに……あ……あぁあ、玲奈……玲奈……」



「ぉ……お母様?お母様……私……玲奈です。お母様!」



「玲奈……産むんじゃなかった……汚らわしい……禁忌の子……あ……あぁあいや……お父様……アハッ!アハハハハ……キャハハハハハ……」



うぅっ……何なの?……今聞いた事は、事実なの?


「キャーハッハッハッハ……お父様ぁ……あはぁあっは……んん……あぁんん……」


興奮状態で、下腹部に手を這わせ……擦り始めた……

そんな母の状態を見続ける事など出来ない、したくない。


 私は病室を出ると、担当医に延命拒否の希望を述べた。

そして、死んだら連絡するように……

それまでは連絡しないでと告げると、療養所を後にした。



 私は、母が言っていた事を考えていた……。

母の言葉を信じるなら……私に宮坂の血が流れていない?

父と共に死んだアノの母・花枝が母の腹違いの妹?私と鈴花は、血の繋がった従妹……

鈴花は父の実の娘……私の父は……


う……げぇえっ……

キモチワルイ……キモチワルイ……

イヤダ、イヤダ、イヤダ……




 精神疾患の末期的な病状の母が言った事だ。

真に受けることは無い……。だけど、言われてみれば、

父との距離感や、何故私だけ宮坂の実家で育てられたのか、いつまでたっても懐かない弟、尚人の事とか……

橘の……母の実家で忌み嫌われている事の理由が、まるで解けなかったパズルが埋まる様に、全てが収まっていった……


母が亡くなったと連絡が入ったのは、最後の面会から二日後の事だった。




 四年前、母が死んでから私は、鈴花を憎む祖父に言って、尚人に近づけない様に、鈴花の監視をさせる事にした。

また、尚人にも鈴花に接触できない様、規律の厳しい都内の全寮制の学校に編入させた。


 定期報告で写真を見ていたから、歩道橋で会ってすぐ、

アノが鈴花だと……わかったのだ。







◇◇◇◇◇◇◇◇






 皇太子様に連れて行かれたのは、煌びやかなお城だった。お城に着くまでの間、この世界がアレスティレイアという、地球とは違う世界で、ここはアストーリア神皇国という事を聞いた。


 そして、これから皇太子様のお父様、皇帝陛下に謁見する事になった。

私は皇帝陛下にご挨拶するのに、このままでいいのか着替えたりしなくていいのか聞いてみた。

すると、サンタの様な髭のお爺さんが、

 


「いやいや……【豊穣の乙女】はこのままでも十分お美しくて、可憐な花の様ですぞ……」



「左様ですとも……大神官クレールス様の仰る通り」



サンタクロース……じゃなくて、大神官だったのね。

へこへこしてご機嫌をとっている灰色の服を着ているのは、平神官なのかしら?



「もう一人の、迷い人は貧相な小娘でしたなぁ……」



「まったく……あんな小汚い子供は、白の塔にでも行けばいいんですよ」



貧相な小汚い小娘……鈴花の事だろうか?

別の世界でも嫌われ者なのね。

ふふ……いい気味だわ。



 城の通路を進んでいたら、槍を抱えた兵士が守る、

大きな扉があった。皇太子様の姿を見て、兵士の一人が

扉を開け、皇太子様と大神官の訪れを告げた。


「皇帝陛下の御前である……膝まづきこうべを垂れよ」


大神官の言葉に、私は慌てて膝まづいたが、焦っていたので、土下座になってしまっていた……


 皇太子様は、皇帝陛下の隣の椅子に座ると、何事か小声で話していた。



「其方が【豊穣の乙女】か。許す。こうべを上げよ」



威厳の感じられる低音の声が謁見の間に響いた。


頭を上げて、正面の玉座を見ると、流れる様な銀の髪に、

整った顔をした壮年の男性が射貫く様な眼をして、私を見つめていた。


皇太子様の様な、大きな息子がいる様には見えない……

美中年の皇帝陛下に見つめられて、私の体温は上がり、

心臓が早鐘を打つように、激しく胸の鼓動が高鳴るのを感じた。



「ふ……そのように顔を赤くして……愛い奴よ……」


現皇帝ユーリウス・ソル・アストーリアは、四十歳を過ぎてなお、衰えることの無い精を持て余していた……

正妃だった第一皇子の母が亡くなってから、正妃の地位には、誰もいない。皇太子である第二皇子の母も、側室でしかない。


若く魅力的な【豊穣の乙女】を新たな側妃に迎えるのも悪くない……

皇帝は黒い欲望を滾らせ、微笑んだ……


「父上……」



「ふぉっふぉ……陛下もまだまだ、お若いですなぁ……

いやぁ~羨ましい……いっそ共有されては?」



え?今、大神官のお爺さん、変な事言って……



「……口を慎め、クレールス。【豊穣の乙女】を召喚したのは、私だ。所有権は私にある。いずれそうなるとしても、今は私のものだ」



皇太子様が、私を、自分のものだと……そう、そうよ。

私は皇太子様のもの……

皇太子さまの言葉に、私の胸は高鳴り、無上の喜びに、

心が震えた……



「……恐れながら……陛下、発言をお許しください」



 玉座の後ろに控えていた、年配の女性が前に出て膝まづいた。



「女官長、良い……発言を許す。存分に申してみよ」



「それでは、恐れながら申し上げさせていただきます。

先ずは、『豊穣の乙女』様には、此方の作法(しきたり)に慣れて頂くことが肝要かと……」



「ふむ……だ、そうだが?ユークリッド……」



父である皇帝ユーリウスの言葉に、皇太子ユークリッドが、女官長に聞き返した。



「女官長、どうせよと?」



「はい、それにつきましては、殿下、『豊穣の乙女』様を

後宮にて、預からせていただきたく……」



「ダメだ!後宮など、【豊穣の乙女】を預けられるか!」

父の後宮になど、入れてたまるか。あんな、魑魅魍魎の巣に……


 皇太子は、女官長の言葉に激怒した。そして、皇帝に自分の考えを告げた。


「【豊穣の乙女】は離宮に連れて行く。父上、よいですね?」



「好きにしろ……女官長、手配を……」


反対すればかえって意固地になる皇太子の性格を、父である皇帝は、よく理解していた。


皇帝は、女官長に【豊穣の乙女】に付ける女官の手配を命じると、もう用は無いとばかりに、皇太子と【豊穣の乙女】を下がらせた。


 皇太子と【豊穣の乙女】玲奈、女官長が退出したあと、

皇帝は、大神官の話を聞き流しながら、考えていた。


【豊穣の乙女】などと、持てはやそうと、所詮は下賤な異世界の小娘……今は真新しい玩具に夢中のアヤツだが、すぐに飽きよう……慣らされて、熟してから味わうのも、いいものだ……あぁ、楽しみな事よ……


「くっくっく……」



「陛下?何かおかしなことを申しましたか?」



「あぁ、いや……すまぬ。思い出し笑いよ……クレールス、もう一人の迷い人とは、どんな?」



「陛下がお気になさる程の物ではございません……見るからに卑しい、貧相な子供で……」


 大神官クレールスは、見た目が幼く見えたもう一人の

迷い人の事など、一切気に留めていなかった。







 謁見の間を出てから、私は皇太子様に案内され、離宮へと連れて来られた。

それから、女官長と呼ばれていた年配の女性が、私の世話をする女官を二人連れてきた。

二人の内一人は、教育係も兼ねているとの事だ。



此方の作法(しきたり)に慣れて頂くと共に、【豊穣の乙女】様には、皇太子殿下に相応しい、室になられるよう、教育させていただきます」



「女官長のいう事を聞いて、私に相応しい……出来る女になって欲しい……」



 皇太子様にそう言われた私は、教育係のいう事をよく聞いて、早く皇太子様に相応しくなりたいと思った。

すぐに教育的な物が始まるのかと思ったら、その日はゆっくりと湯に入って磨かれたり、古代ギリシャの女神の様な衣装に着替えたり、食事をして過ごした。


 次の日の朝、食事を済ませたあと、女官長と、教育係の

女官がやってきて、この国の事や、アスティ教の事、身分の事などの説明を始めた。身分については、上下がわからなければ、両手を胸の前で組み、頭を下げ、黙っている事だと言われた。



「皇太子宮でも、皇城でも、『豊穣の乙女』様より身分が上の方ばかりですので、お気を付けください」



女官長の言葉に、教育係の女官が一瞬、侮蔑ぶべつの表情を浮かべて私を見た様な気がした。



「『豊穣の乙女』様、どうかされましたか?」


私が見返すと、何も無かった様に、親しみやすい笑顔で、

と、聞いてきた。

私はその笑顔を見て、さっき見たものは気のせいだと、

見間違えたのだと思った。



 もう一人の、私付きの女官は、無駄に話しをする事なく、黙々と、私の世話をしている。食事、身支度、お風呂まで、何から何まで、彼女の世話になっている。

トイレと、寝るとき以外、ほぼ彼女と一緒だ。

お風呂の後のマッサージがとても上手い。三日目にして、

初めて口を聞いた。



「『豊穣の乙女』様のお肌は、まるで赤子の様に柔らかですね」



「……ありがとう。貴方がマッサージしてくれるからじゃない?」



「も、申し訳ございません。余計な事を申しました……」



 それっきり、貝のように口を閉じてしまった。

私は何とか打ち解けようと、話しかける事に決めた。


「私の名前、玲奈というの。今度から『豊穣の乙女』では無く玲奈と呼んでほしいわ」


私がそう言うと、彼女は、



「お、お許しください……『豊穣の乙女』様をお名前でお呼びするなど、出来ません」



涙まで浮かべ、お許しくださいと言うばかりだった。

まるで私が虐めている様だ。


「何も、泣くことは無いじゃない。虐めているわけじゃないのよ」



「お願いです。お許しくださいませ……」



異変に気が付いて、女官長が浴場に入って来た。



「この者が何か粗相を致しましたか?」



女官長にそう聞かれて、私は何も粗相などしていない。

少し会話しただけだと言った。



「申し訳ございません。『豊穣の乙女』様と言葉を交わすなど……これだから、塔出身者は……」



女官長はそう言うと、もう一人の、教育係の女官に、私の世話を命じると、塔出身と言っていた世話係の女官を連れて、浴場から出て行った。

私は教育係の女官に着付けられながら、初めて耳にした、

塔出身と言う事について質問した。



「塔出身と言うのは、孤児と言う事ですわ」



「塔と言うのは孤児院なの?」



「いいえ、塔……『白の塔』は、貴族の娘が花嫁修業をする場所ですわ。管理している大巫女様が、塔で孤児の世話をしているのですわ」



 教育係の女官は、個人的な事や、無駄話はしないが、

こういった質問に対しては、卒なく答えてくれていた。



「花嫁修業……私もしたほうがいいのかしら?」



「それは私には、わかりません」



 何を聞いても明確な答えをくれていた彼女が、わからないと答えた。それは何故と聞いたら、その答えは、わかるのだろうか?



「『豊穣の乙女』様は、花嫁修業などしなくても、

相手も決まっている事ですし、必要ございません。」


 私が聞こうとするより先に女官長が戻ってきて、こう言った。花嫁修業とは貴族の娘が、結婚が決まるまで『白の塔』で修練をする事なのだと、相手が決まっている私には不必要だと説明した。


 女官長は、新しく私の世話をする女官を連れて来ていた。その女官は、どことなく雰囲気が、教育係の女官と似ていた。

前の世話係の女官はどうしたのか聞いたら、塔に帰すことにしたと、女官長が言った。そして、今度の女官は優秀なので、間違いはありませんと言われた。


私は、前の女官が気に入っていたので、代えなくても良かったのにと言ったら、本人がもう嫌なので、塔に帰りたいと言っていると言われ、あきらめた。


その時、新しく来た女官が眉根を寄せていたことに、私は気が付いていなかった。



白の塔から帰還したあとの神官長、

最近ご無沙汰のウィル兄様は

どううしているのでしょう?

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