34.風邪には注意が必要です。
エドワード・リビングストン……女装して愛しいリンカの傍らに居れるようになったエティは距離の近いリンカに翻弄されていた。
ユスティア様にリンカから引き剥がされた後、リンカが私のうなじに、口付けを……??
そう思っていたら、鼻をスンスンして……
な、なにか、残り香が……?私は内心ビクビクしていた……。
なぜか、リンカが密着して……あぁ……嬉しいけど、困る……
こんなに密着して、私が男だと気が付かないとは……
影の用意した女装用具のせいだろうか??
うぅ……複雑だ……
扉が開いて、お酒を取りに行っていたエレン様が、大巫女様を伴って戻られた。エレン様……
密着している私とリンカをそんな目で見られて……
初めてお酒を飲むというリンカ……
何かあっては……心配だ……
私は酒では無くお茶を飲むことにした。
あぁ……甘いからと、口当たりが良いだけだ。
初めて飲むのに、あんな飲み方をして……
心配で目が離せない……リンカと目が合った。
リンカが抱きついてきて、幼子の様に、
「だ~いしゅき」と……
!!む、胸が!リンカの胸が!!
リンカの胸に埋もれて、何も見えなくなった……
ここには、『感受の巫女』がいる。
欲望を感じ取られたくない……
無心にならなければ……うぅ……身動きが出来ない。
固まっていると、リンカが私から離れて、
メリルと言う少女の所に行ってしまった。
ヨルズ?ヨルズが好き??なおクン?
知らない名前を耳が拾う……
ユスティア様が、リンカに好いている男はいるのかと……
その問いの答えに、好きな人はいない??
わ、私は……??エティの事は好きだと……
フォルツァは……兄様としか思っていない??
カルセドニィ?いけ好かない奴の名前が出た……
タラシ??嫌なんだな?嫌いなんだな??
カルセドニィが嫌いと聞いて、私は安堵した。
奴に彼女を取られたとか、好きな女が奴に惚れていたとか、隊員の愚痴を何度聞かされたか……
あぁあ、足元がふらついて……躓いてしまう……
危ない!倒れこんできたリンカを、隣に座らせた。
リンカが私の腕に、両腕を絡めて……
ユース兄様?誰だ?……あ、ああ神官長……モナーフ様か……
ユスティア様がわざわざ聞いている……何かあるのだろうか?
リンカの答えが……なかなか出てこない。考えている様だ……
わからない?好きか嫌いかわからない……微妙な答えだ。
私の事は?エディの事はどう思っているのだ?聞いてみたいが、こわい……。キライなんて言われたら……
うぅ……『感受の巫女』が……エレン様が私を見て笑顔を浮かべ、片目をつぶって合図をしている……何故だ?
エレン様が私の事をリンカに、どう思っているのか
聞き始めた……
聞きたい……が、聞きたくない……嫌われていたら耐えられない……
私は耳を塞ぎたい衝動にかられた。だが、片腕にはリンカが絡んだままだった。
リンカが私を見ている……
大巫女様まで、リンカにリビングストンが好きか嫌いか、
聞き始めた。これは、何かの罰なのか?
付き合っても無いのにキスしようとしてヘンだと……
そうか、エディはヘンなのか……そうだ、ヘンなのだ。
リンカを前にすると、ヘンになってしまうのだ……
キライじゃない?アゴヒゲが好き??私は、耳を疑った。
ヨシ、男に戻ったら時間はかかるが、髭を伸ばすぞ……
それからも、リンカから私を忌避する言葉は聞かれなかった。そばにいるとあたたかいだと……歓喜で涙が出てきそうな私に、リンカが倒れこんできた。
体温が高い……熱でもあるのだろうか??
そう思って見ていると、寝息が聞こえてきた……
酔いつぶれて、寝てしまったようだ。
リンカを運ぶ様に言われ、抱き上げるとエレン様から
側についているように言われた。側に……
誰に言われずとも、リンカの側から離れはしないとも……
私は、退出の挨拶をして、リンカを抱いて部屋に戻った。
部屋に戻ると、リンカを寝台に横たわらせた。
すぐに離れるつもりだった……。だが、リンカが……
リンカの手が、私の髪を掴んで離さない。
私はどうすれば……
身動きできず、リンカを見つめる事しか出来ない……
……?……リンカ……?
私の髪に絡んでいたリンカの指が、ゆるりと離れていく……
閉じていたリンカの瞼が、おもむろに開かれた。
黒曜石のように美しい瞳が、私を映している……
……リンカが私の名を……エティでは無く、エディと……
エディと、私の名を呟きながら微笑んだ……
そして、リンカの手が私の頬を滑るように撫でると、熱いと言ってガウンを剥いでしまった。
重ねて着ているのか、初めて見た時よりも透けてはいなかった……
残念?な気もするが、そんな事より、め、めくれて……
寝間着の裾がめくれて太腿が露になっている。
足の付け根近くまで見え、て……
酒に酔って、身体が火照っているのだろうか?
熱いと言って、更に脱ごうとするリンカに、
私は慌てて、かけ布を掛けた。
フリューリンク(春)とはいえ、まだ夜は冷える。
このままでは風邪をひいてしまう……
私は自身を別のかけ布で覆い、かけ布の上から、リンカを抱きしめる様に、傍らに横たわった。
暫くもぞもぞ動いていたリンカだったが、やがて規則的な寝息を立てて、深い眠りに落ちていた。
いつまでも、傍らに寄り添っていたかったが、
リンカが眠りにつくまで、無防備な姿をずっと……
吐息がかかりそうなぐらい、間近で見つめていた私は、
緩く開かれたその唇を、自らの唇で塞ぎ、咥内に侵入し、貪り尽くしたい欲求に幾度となく耐え、リンカの側から何とか離れる事が出来た。
だが、沸き立つ欲望は熱い熱を持ったままで、私は浴場に向かうと、何度も何度も、冷たい水を被った。
深夜に冷水を浴びた私は、冷えた体を温めようと湯船に
浸かったが、熱かった湯もすっかり冷えていて、温まる事が出来なかった。
風の精霊術を使って水分を飛ばしたが、体の芯は冷えたままだった。
寝間着に着替え部屋に戻ったが、冷えた寝台に寝るのが辛くて、かけ布で自信を覆いリンカの隣に横たわると、
別のかけ布を、更に上からかけた。
凍える様に冷えきっていた身体が、徐々に温まり、愛しいリンカの傍らにいる幸福感にいつしか意識を失い、夢を見る事も無く、深い眠りについたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
初めてのお酒に、いい気分だった私は、エティ姉様に倒れこむようにして、寝てしまった。
フワフワ……体がフワフワと、浮かんでいる気がしていた。
トクントクン……微かに響いて来る胸の鼓動、指にからまる柔らかな感触……
ゆっくりと離れていく温もりに、失くしたくなくて、指に絡んでいた柔らかなそれを、離さないように掴んだ……
微かに香る覚えのある匂いに、確かめようと目をあけた。
逆光と、眠くて焦点が合わない……誰……?
私を見つめるクリームブラウンの瞳……エディ……?
私はその人の頬を手で撫でると、そのスベスベした感触に、目の前にいるのがエディでは無く、エティ姉様だと確信した。
ふふ……やっぱり、そっくり……
はぁ……熱い……体がポッポッ火照ってる……
えぇ~い……脱いじゃえ……
私は剥ぎ取ったガウンを足で蹴り飛ばした。
足をあげた拍子に、寝間着がめくれたのだろうか?
足の付け根がスースーする。まだ熱い……
私は重ね着していた寝間着を脱ごうと胸元に手をかけた。
熱いのに、肌掛けを掛けられた。剥ぎ取ろうとしたら、
上から押えられて、身動きが出来ない……
抜け出せないかと、身体を動かしてみたけど、
胸元に置いた手を動かすことも出来なかった……
じっとしていたら、だんだん眠くなってきて……
朝までぐっすり、眠っていた。
遠くに鐘の音が聞こえる……暖かな光と、
頬を舐められて……?え?なに??
寝ぼけていた私は、眼を開いたり閉じたりして、
頬を舐めていた相手を見つけた。氷の精霊ロップだ。
《おはよう~リンカ~》
「おはよう、ロップ」
胸元で何かが蠢いていた。何だろう?
《まだ寒いよぉ。ずっとココにいたいなぁ~》
水の精霊のアクアが、私の胸元で暖を取っていた。
爬虫類には、朝の冷えた温度は、厳しいのだろうか?
「アクアってば、乙女の胸元に忍び込むなんて……」
《……共寝しているリンカに言われたくな~い》
そう言ってアクアは消えてしまった。
私は共寝?それって、何だろう?と思っていた。
するとロップが、思いもよらない事を言い出した。
《リンカの横にいる人間、すごい熱。ボク冷やそうと思った》
?横にいる人間??え?
私はエティが同じベッドにいると思っていなかった。
でも、暖かくて……安心して眠れたことを思い出した。
私は、未だ目覚めないエティの額を、手で触れてみた。
体温計が無いからはっきりしないけど、高い熱がありそうだ。
熱の為か、顔が紅潮し、吐息が荒い……
「エティ姉様……」
声を掛けても、目が覚めない……。どうしよう……
「ロップ……エティ姉様が大変なの、どうしたらいい?」
《リンカ……病気は、精霊には治せないんだ……》
そう、そうだよね……魔法だって、病気は治せないもんね。
熱を下げるには、冷やさないと……
「ロップ、氷は出せる?」
《出せるよぉ……まかせて!!》
「お願い!あ、でも、ちょっと待って……」
氷を直接あてるわけにもいかない……
氷を入れる袋って、あるかな?
私は部屋を出て応接間に入った。
応接間では、昨晩飲んでいたお酒やコップを、片づけているメリルとエレン様がいた。
「おはようリンカ」
「おはようございます、リンカ様」
「おはようございます、エレン様。おはよう、メリル」
私は挨拶もそこそこに、エティ姉様が熱を出して、
目覚めない事を、エレン様とメリルに告げた。
そして、メリルに、氷を入れる袋が無いか聞いた。
エレン様は熱を冷ます薬湯を取りに、部屋を出て行った。
ティア様は、まだ起きあがっていないそうだ。
メリルが、皮の袋と、水差しに水を入れて、持って来てくれた。
氷嚢袋は、ゴム製だし、ビニールの袋なんて、異世界だもん、無いよね……
私は皮の袋と、水差し、コップを持って部屋に戻ると、
ロップに頼んで、袋の中に氷を出してもらった。
氷の入った袋を布で包んで、エティの首の後ろにあてがった。
顔にかかる吐息さえ熱い……
私は常時携帯している偏頭痛の薬を、エティに飲ませていいものかどうか迷っていた。
「ねぇ、ロップ、エティ姉様に私の世界の薬って、飲ませても大丈夫かな?ヘンな副作用とか出ないかな?」
《う~ん??世界が違っても同じ人族だよね……そこの人間とは体の造りが違うけど大丈夫じゃない?》
体の造りが違う??身長とか人種の事かな?
食べ物が平気なんだから、薬だって大丈夫だよね……
私はエティに薬を飲ませる事にした。私より大きいし、
熱が高いから、一回二錠まで飲める鎮痛剤を、
一度に二錠飲ませることにした。解熱鎮痛剤だから、
大丈夫……きっと、熱も下げてくれる……
「エティ姉様……熱さましの薬なの、お願い飲んで……」
エティ姉様の口元に水を入れたコップをあてても、水は頬を伝ってこぼれるだけだった。どうしよう?
どうしたらいいの……?
私はエティ姉様の口をこじ開けて薬を入れると、コップの水を口に含んだ。そして口移しで、エティ姉様に水を飲ませた。
コクン……コクッ…コクン……
薬が途中で止まらないように、私はもう一度、水を含むと、口移しでエティ姉様に水を飲ませた。
……コクン、コクン……
これで、大丈夫かな?そう思っていたら、
「み、ず……もっと……」
「エティ姉様?もっと?もっとほしいの?」
今度は大丈夫かな?そう思ってコップを口元にあてたけど、飲めてない……
私はまたコップの水を口に含み、口移しでエティ姉様に、
水を飲ませはじめた。
余程水が欲しかったのだろうか、エティ姉様の手が、
私の後頭部を押さえ、貪るように私の口を吸いだした。
「ん……んん……、……はぁっ……」
苦しくなって、エティ姉様の肩を叩くと、やっと唇が離された。
……も、もう大丈夫かな?
それにしても、女同士なのに、あんな……
まるでキスしてるみたいなの……
女同士なのに……同性なのに……ドキドキしてしまった……
クロちゃんの時は、軽く触れただけだったから……
同性だし……キスじゃなくて、口移しだし……
ノーカンだよね?
私は心の奥にともった気持に戸惑いながら、
エティ姉様だもん、ヘンじゃない、ノーカン……
ノーカンだよ。
うん、うん……と一人で納得していた。
身体の造りが違う……。
ロップは性別の事を言っていたのですが、
リンカには通じなかったようです。




