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33.ユスティアとシリウス


リンカが酔いつぶれて寝ているので、

二日前の、ユスティアが神官長と別れて

騎士団に報告に行った時の話



◇◇◇◇◇◇◇◇


 時は少し遡り……

 二日前  聖騎士団・団長執務室にて



 聖騎士団・団長ユーアン・ベンブルグは、『豊穣の乙女』召喚による周辺の状況確認の為派遣した副団長ユスティア旗下きかフォルティス隊からの報告を今や遅しと、待ち構えていた。



 二代前の皇帝最後の子供だったユーアン……

死の床に伏せていた皇帝の看護をしていた下級神官から、

彼が産声を上げたのは、父である皇帝が崩御してから

半年後の事だった。

血の証である銀髪と緑の瞳だけが、彼の出自を物語っていた。


後ろ盾も無く、皇族としての権利も無く、己が剣技だけで

聖騎士団・団長の地位に付いた。


圧倒的な剣の力に団員の崇敬を受け、特に下級騎士の殆どは、団長に傾倒し、力こそ全てと勘違いする者もいた。


人を集めることは出来ても統率する力量は無く、団長職の業務のほぼ全てを、参謀のヴェゼル・リントが受け持っていた。



「落ち着きのない……檻の中のクマですか?」


執務室の中をうろつく団長に、参謀のヴェゼルが声を掛けた。



「ぐ……戻ったと報告があったのに、ユスティアがまだ来ない。すぐに報告に戻ればよいものを……」

 

団長と同じように、剣を選んだ第三皇女ユスティア……

団長よりも年上の甥の娘……又姪でもある副団長ユスティアを団長のユーアンは剣を教え、鍛え、可愛がっていた。



遅いと呟く団長の言葉に、ヴェゼルは眉をひそめ窓から階下に目をやりながら考えていた……。


……確かに、視察から戻ったと連絡が来てから随分と、時間がたっている。

すぐに報告に来れば良いものを、何処で寄り道して……


「チ……また、モナーフの所か……」


似た様な身の上だ、懐くのもわかるが……

団長より神官を優先するなど、我らを侮りおって、小娘が……


 あの澄ました顔を苦痛で歪ませてみたい……

縛り付け、後ろから貫いて、壊してやりたい……

四十歳を前に、男盛りのヴェゼルは黒い欲望を滾らせていた。


「神の花嫁で、無ければな……惜しい事だくっくっく……」



「あん?なんか言ったかぁ?」



「いえ、副団長……遅いですね……」



「フン……大方ユースの所だろうよ。なまっちろい神官野郎が……」



「一応貴方の甥っ子でしょうに……」



「ぁあ゛?」


 強靭な肉体に解り易い思考の、所謂典型的な脳筋のユーアンと大して年のかわらない、知性派のユースヴェルクとは水と油の様に合わない……事あるごとに反発する間柄だった……


「可愛げもない根暗神官なんぞ親族と思った事も無いがな……」


そんな事を話していたら、執務室のドアをノックする音が聞こえた。

応答を待つ間も無く団長が乱暴に開け放った其処にはシリウスを従えた副団長のユスティアが立っていた……



「た、ただいま戻りました、ユーアン団長」



「む……良く戻った。早く入れ、待ちかねたぞ」



「はっ!シリウス、団長に報告を……」



「は!」


ユスティアに促され、シリウスが報告を始めた。


「皇都周辺異常無し、暴動を扇動した数名を捕縛、牢にて、尋問中……」



「待たせた割には、ずいぶんあっさりした報告ですね……

皇都民が暴動ですか?」



 参謀官ヴェゼル・リント……

実質的な聖騎士団のトップであるこの男が、どの程度の情報を掴んでいるのか……

瞬時に質疑応答を思いめぐらし、言葉を選んで、報告を続けた。


「『豊穣の乙女』召喚の儀に合わせ、空に光の帯が浮かび、〈神々の怒り〉と、恐れ多くも、責は皇帝陛下と大神官にありと、皇都民を扇動したものと……」



「ふむ、間諜か……」



「おそらくは……西の大国オーヴェスタの者かと……」


シリウスの言葉に、参謀官ヴェゼルはただでさえ細い眼を

更に細めて、遠くを見据えた。


 戦いが始まれば戦場でまた、あの美しい死の女神を目にすることができる……

『銀の戦乙女(ヴァルキリア)』、ユスティアの雄姿を……



 ユスティアは、入室してからずっと、ヴェゼルのねっとりと絡みつくような視線に、居心地の悪さを感じていた。

上手く隠しているが、頭の先からつま先まで、舐める様に

視姦されて気が付かない程、鈍くは無かった。


あからさまなヴェゼルの視線は時にシリウスにも、注がれていた。

男であっても、美しい者は汚してやりたい……

ヴェゼルの歪んだ欲望は、想像だけで実行されない分、

心の奥底に黒く、深く、溜まり、澱んでいた。




ユスティアは、話題を変えて、退出する機会を窺う事にした。


「団長は、もう『豊穣の乙女』には会われたのですか?」



「儀式殿で大神官の護衛についてたから、チラッとな……」



「美しい方だと聞きましたが?」



「美しいっつーか、胸がなぁ……]



「胸が?」



「いやぁ~ありゃ、なんつーか……だな?」



「神官長は、近くで見ているはずですよ」



儀式殿で目にしているはずなのに、『豊穣の乙女』について、言葉を濁す、ユーアン団長と、ヴェゼル……

胸が何だというのか……



「何ですか?その手は?」



ヴェゼルが手の平を上に向けて何かを掴み、揉む様に

指を動かしながら、両手を体の前に出した。


「いや、何とも、重そうな……つい、下から抱えたくなるような、あれはまさに、『豊穣の乙女』と呼ぶに相応しい……」


何かを思い出すように、腕を組み、うんうんと頷くような

ユーアン団長のしぐさにユスティアは、まだ見ぬ『豊穣の乙女』に、あまりいい感情を持たなかった。



「迷い人は貧相な体にて、いないものとされた」


という影からの報告を、聞いたせいかもしれない……

だが、その事が逆に幸運だったのかもしれない。

あの様に、嫌らしい仕草で男どもの話題にされたら、子供の様で、実は成人している『迷い人』が、どの様に扱われたか……



「『豊穣の乙女』……お披露目はいつ頃でしょうか?」



「皇太子と大神官に連れられて、行っちまったからなぁ……まぁ、そう遠くないんじゃないか?大人しそうな娘だったしなぁ」



「召喚してすぐは、泣き喚いておりましたよ……」

私なら、もっといい声で啼かせてやるのに……

「クックックック……」



ヴェゼルの低い笑い声を耳にし、身の毛がよだつ様な、

居心地の悪さに、ユスティアは限界が近い事を感じた。

許されるならば、今すぐ斬り捨ててやりたい……

両手の拳を握りしめても、小刻みな震えは止まらなかった。


ユスティアのそんな様子にユーアンは大きな勘違いをしていた。



「ゴホン、あ~、その、なんだ、ユスティア……我慢は良くないぞ。花を摘みに行きたいのだろう?我慢は良くない。病気になるぞ……」


青い顔を通り越して、白くなり、小刻みに震えている姿に、まるで違う方向に勘違いをしていたユーアン団長だった。

だが、好機とばかりに、シリウスが追い打ちをかけた。


「ユスティア様、報告も済みましたし、退出しましょう。

やせ我慢はいけません」


ここで、これ幸いと退出すれば団長の勘違いを認めた事に

なってしまう……。だが、ここにはもういたくない。

ヴェゼルと同じ空気を吸っていると思うと、息を止めたくなる。苦渋の末、ユスティアは乙女の恥じらいを捨て、逃亡する事を選択した。



「ユーアン団長……御前失礼いたします……」


ユスティアは団長に告げると、ヴェゼルにも騎士の礼をとって、退出した。シリウスも、黙したまま二人に右手を心臓の位置に、騎士の礼をして、団長執務室を後にした。


階段を下り、回廊を進み副団長執務室に入ると

それまでつけていた甲冑を外し、机に腰を下ろした。



「はぁ、ユスティア様、机に腰かけるなど、淑女の……」



「うるさい!!お前がそれを言うのか?人を貶めておいて……」


団長執務室の居心地の悪さと、シリウスの前で大叔父に

尿意を我慢するな、などと言われ、それを肯定するような

態度をとったシリウスにも、ユスティアは怒っていた。



「……悪い……悪かった……俺が悪かった!!」



「…………」


唇を尖らせ、プイッ……と横を向いて拗ねているユスティアに、シリウスは小さくため息を吐くと、立ち上がる様にと、机に腰かけたままのユスティアの前に、右手を差し出した。


ユスティアはシリウスの右手を取ると、思いっきり引寄せた。


「ティア様……」


 鍛え抜かれた体躯を持つシリウスは、ユスティアに倒れかかる事無く、執務机の縁に手を掛け持ちこたえた。

ユスティアはそんなシリウスの顔を両手で掴むと、その頬を横に引っ張った。



「……」


黙ってユスティアの為すがままにされているシリウス……



「つまらんな……昔みたいに、ビニョ~ンって伸びない」


そう言いながら、ユスティアはシリウスに顔を寄せると、

耳元に口を寄せ……


「私はこれから塔へ行く為の準備を始める。シリウス、明日からの、護衛の選定は終わったか?……塔から戻った後の、ユース兄様の身が心配だ。口が堅く、信頼のおける者を最低数……常時張り付いて居る様に指示をだせ。よろしく頼む……」


返答するシリウスもユスティアの首筋に吸い付くように口をよせていた。


「もちろんです。お任せを……」


そう言うと、わざと大きくリップ音を立てた。



「う、ん……」


目と目で合図する二人……。そして、シリウスは自然に後ろに首を振り、追う様に、影に指示した。



「何者かな……?」



「さぁ?影が何か掴むでしょう……」



「それにしても、最後のアレ、やり過ぎじゃないか?」


ユスティアは、シリウスが派手なリップ音を立てた事に

驚いていた。普段なら、ここまでする事など無かった。

あからさまに、何かあるかの様な態度をとるなんて……


「アレですか?……張り付いてなかなか離れなかったもので、つい願望が……」



シリウスから思いもよらない言葉が出た……


「お前がそんなこと言うなんて、揶揄からかっているのか?」



「さぁ?どうでしょう?……では……」


ユスティアの問いかけに言葉を濁して、シリウスは、執務室を出て行った。


明日からの護衛任務に就く者を思い浮かべながらシリウスは、騎士団施設棟のフォルティス隊・隊長室へ向かっていた。

護衛騎士は既に選び終えていた。歩きながら考えているのは、ユスティアの事だった。


ユスティアの従者となったのは、シリウスが十三歳の時、

五歳のユスティアが、まだ塔で生活している時だった。


 十歳になるまで、塔で生活していたシリウスは、ユスティアが赤ん坊の頃から知っていた。

泣いているユスティアをあやしたり、おぶったり、年上の子が、下の子の面倒を見るのは塔では当たり前の事だった。


成人し、聖騎士団・副団長となった今でも、シリウスにとってユスティアは、手のかかる女の子という存在であった。


なぜ、あんな事をしたのか……

誰に対するけん制だったのか……

自分で自分の気持ちがわからない……

参謀ヴェゼルのイヤな視線にあてられたのだろうか?

そうだったとしても、副団長室を窺っていた何者かに

見せつけるのに、やり過ぎだったか……


ユスティアに特別な感情を抱いた事など無いが、自重しなければと、思い返すのだった……





 一方、執務室に残って明日からの準備を進めていたユスティアは、いつもとは様子の違ったシリウスのやりように、思い返しては顔を赤くするのだった。


ユスティアにとって、シリウスとの出会いはまだ塔で生活していた五歳の時だ。

自分の従者として、片時も離れず守ってくれる存在に幼く淡い恋心を抱いても、仕方がないだろう。


父である皇帝に引き取られ、やがて『神の花嫁』として

聖域に嫁ぐ運命さだめに、封じ込めた想い……


『迷い人』が代わりに聖域に嫁げば、逃れる事が出来る。

聖域に嫁ぐことなく、シリウスと離れる事も無い……

何年も前に、無理やり蓋をして封印していた想いが、少しづつ漏れている様な気がして、溢れる事が無い様、押さえつけなければと、ユスティアは気を取り直すのだった。



酔いつぶれたリンカとリビングストン

あの二人は、どうしているかな~

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