30.『神の花嫁』の秘密
夕餉の後、大巫女ユーフェミアはユスティア、エレンを伴い、居住区にある自室へと戻って来た。
大きな扉の前に着くと、留守居をしていたシンディが扉を開けて三人を迎え、何も言われずとも両腕を胸の前で組み一礼すると静かに扉を閉め立ち去った。
大巫女ユーフェミアは、ゆったりとしたソファに腰かけるとエレンに向かって、話し掛けた。
「……酷いではないか?『感受の巫女』……一人で楽しそうに、何を笑っておったのじゃ?我にも教えるのじゃ。さぁ、早う……」
それを聞いた、ユスティアも、エレンに強請っていた。
「私も是非、聞かせてほしいわ」
さぁさぁ……といった具合に、二人から責められて、
エレンは小さな溜め息を吐くと、リビングストンの耳には
入れないようにと、念を押してから、話し始めた……。
「はぁ……大巫女様が、エティを美しいとお褒めになって、それを聞いたリンカが、綺麗なのに独身で、この世界の男は見る目が無いと……。自分が男なら放っておかないと……背が高くて、胸も自分より大きいと……そのように、考えておりました」
案の定……話を聞いた二人は、大笑いをしていた。
エレンは、リビングストンに同情していた。
それは、大巫女ユーフェミアとユスティアの二人に、笑われているからではなく、恋しいリンカに、まるで気持ちが伝わっていない、残念すぎる姿に、応援してあげたいと、思う様になっていた。
リンカがリビングストンに食事を持って行った時、
涙目で喜んでいたのを、泣くほど空腹だったんだと、そんな風にリンカが考えたあの時に……
これは何とかしなくては、このままでは、リビングストンが不憫すぎると、そう考えたのだった。
「クックック……流石はリンカじゃ……」
「あっはは……た、たしかにこれは、リビングストンには、聞かせられない話だわ……」
「私リビングストン様が、不憫で……」
実年齢は……かなり年上のエレンからしたら、三十歳のリビングストンも、弟……いや、曾孫と言ってもいいぐらい、年下なのだ。
同情して、応援したくなっても致し方ないだろう。
「リンカ様が嫁ぐまで、私はリビングストン様の、お味方を致します。少しでも、共にいられるように、してみせますわ」
「あら、エレンはリビングストン押しということ?私はユース兄様押しだから、兄様が来るまでは、好きにしたらいいわ。でも、シリウスの思惑通り、女装しているうちは、手を出せないでしょうよ」
リンカが『神の花嫁』として、聖域に嫁ぐ事は、避けられない出来事だった。問題は、嫁いだ後……聖域から戻ってこれるのか?戻れるとして、それは何時なのか?
そしてリンカは無事に戻れるのか……
大巫女ユーフェミアも、エレンも、『神の花嫁』として、かつて聖域へと、嫁いでいた……
神と精霊の住まう聖域で数年過ごした後、帰還したのだ。
多重世界のバランス調整の為の花嫁は、嫁ぐと同時に
いずこかへと飛ばされ、消費される。
だが、『神の花嫁』は、消費される事無く聖域に留まり、数年過ごす内に、人では無い者になって帰ってくる。
何かしらの異能を持ち、老いる事無く長命……
大巫女ユーフェミアは既に二百歳を優に超え、エレンもまた、百歳を越えていた……
神に望まれて嫁ぐリンカ……聖域から帰還するのはいつになるだろうか……
「ふふ……リンカがいると、楽しいわね。ずっと、一緒にいられるなら、良かったけど……」
「ティア様、そろそろ部屋に戻られませんと……」
「そうね、リンカが待っているわね……。では小母様、
御前失礼致します」
「うむ……リンカと過ごすがよい。またの……」
エレンとユスティアは、 大巫女の部屋を退出して、
リンカ、メリル、エティ、三人が待つ部屋へと戻って来た。
二人を出迎えたのは、エティだった。
メリルはリンカに教わったミサンガを一心不乱に編んでいた。同時に編み始めていたリンカは、少し前に編み終わって、メリルの様子を見ながら、次に編む物の配色を考えていた。
ユスティアは出迎えたエティを見て、眉を寄せると、
「ありがとう、エティが出迎えてくれるなんて、思ってなかったわ。でも、警護としてはどうなの?」
それを聞いてリンカが、
「ごめんなさい。私がエティにお願いしたの……ティア様、怒るなら私にして下さい。私がいけないの……」
「いいえ、そもそも私が出迎えなくてはいけなかったんです。ユスティア様、罰なら私に……」
メリルは慌てた様子で、ユスティアの前で膝まづいた。
「コホン……べ、別に怒ってなどいないわ。責めたりして
悪かったわね、エティ……」
メリルの様子に、どうにも気まずくなったユスティアだった。
「いいえ、エティはリンカの側を片時も離れてはいけません。何かあった時に、守れませんわ」
一緒にいられる時間は短いのだから……
エレンはそう思って、エティに言うのだった。
「ところで、メリル、その手に持っているのは何なの?
手首にしている物とは別よね?」
ユスティアは、夕餉の席で目にしていた、メリルの手首にあるミサンガを気にしていた。
「それはメリルが作っていて、もう少しで完成するんだよ」
リンカは、ティア様にと、作ったミサンガを指し出しながら説明した。
「メリルが作って……?リンカ、これは?」
リンカはユスティアの右手を取ると、手首にミサンガを結び付けた。そして……
「これはね、ミサンガっていって、自然に切れると、
願いがかなうって言われているんだよ。それで、これはね、ティア様の為に私が願いを込めて作ったミサンガです」
「リンカが、願いを?」
「うん。ティア様との友情が続きますようにって……」
「まぁあ、リンカありがとう。うれしいわ。それに、とってもかわいいわね。私にも作れるかしら?」
「難しくは無いので、誰でも作れますよ」
「まぁ、それでは、私にも出来るかしら?」
エレン様は、眼を大きくして聞いてきた。
「もちろん、誰でも出来ますよ」
私がそう言うと、ティア様も、エレン様も、すぐに作り始めたそうにしていた。二人に教える前に、先ずは、メリルの作っているミサンガを完成させることにした。
最期は糸を三つ編みにして、玉結びして、余分な糸を
切ったら出来上がりだ。
「ふぅ、これで、完成ですか?リンカ様?ちゃんと出来てます?」
「初めて作ったのに、上手にできてるよ。メリルは器用なんだね。付けたり外したり、調節できる物も有るけど、今メリルが作ったのは始めの輪に最期に作った三つ編み部分を通して結ぶんだよ。だから、つけてあげてね」
「はい、明日食堂で顔を合わせた時に……」
嬉しそうなメリルを見て、あの女の子が喜ぶところを想像して、私も嬉しくなった……
九の鐘が一回、鳴った後だったので、各自湯浴みして、
それからまた、集まろうという事になった。
同じ様な個室が五つ、私、メリル、ティア様、エレン様、そしてエティ、一人一部屋で丁度いいのかな?なんて、思っていたらエレン様が、
「エティは、リンカ様と一緒に……離れていては、警護になりませんからね。寝台の下に、予備の寝台が有りますから、それを出して使いなさい」
「……エレン様……ですが、……いいのでしょうか?」
エティは、何故か顔を赤くして、エレン様に聞いていた。
何だろう?一緒だと、嫌なのかな?
「エテイ、部屋は意外に広いし、二人でも大丈夫だよ?
それとも、私と一緒の部屋が嫌なの?」
「いいえリンカ様が嫌だなんてそんな事ないです!」
(出来ればずっと一緒に……)
「良かったぁ。こっちだよ。一緒に来て……」
私は、エティの手を引いて、自分が使っている部屋へ
入った。
あとに残されたエレンは、満足そうにしていたが、ユスティアは、肩をすくめてあきれた様な顔をしていた。
私はエティを連れて、自分が使っている部屋に入った。
そして、エレン様が言われた通り、寝台の下から予備の
寝台を引きだそうとしていたら、
「私がやります。リンカ様は、座っていらしてください」
「む……エティってば、リンカ様じゃなくて、リンカって、呼んで」
甘える様に腕にすがりながら、エティに言うと、
「わ、わかりました。リンカ……寝台の、用意をしますので……」
そう言って、するりと、縋った腕から抜けていった。
何だかよそよそしい……。やっぱり嫌だったのかな?
あまり、近寄らない方がいいのかな?……
気持ちが後ろ向きになりそうだった私は、もう、湯浴みする事にした。
自分の着替えを用意していて、気が付いた。
「エティは、着替えは?荷物持ってなかったよね?
大巫女様がたくさん用意してくれたから、良かったら、
エティも使ってね。サイズは、合うといいんだけど、合わなかったら、その時はどうしよう?エレン様に聞いてこようか?」
「あぁあ、わ、私の事はお気になさらず……だ、大丈夫ですから……」
「……う、うん。じゃあ、お風呂先に入るね。またあとでね。」
「は、は、はい……また、あとれ」
私は、エティを残し、着替えと試供品のセットを持って
浴室に入った。脱衣スペースで、ロップを呼ぶとすぐに垂れ耳兎の氷の精霊、ロップが現れた。
《リンカ、なぁにぃ~》
「ねぇ、ロップ、これなんだけど……」
私はロップに、試供品のシャンプー、トリートメント、
ボディソープのセットを見せた。そして、使っても減らない状態維持の方法が無いか、聞いてみた。
すると、水の精霊、アクアが小さな蛇の姿で現れた。
《ねぇねぇ、それって、液体だよね?液体……水溶性の物の事なら僕に任せて~。いつもその入れ物の中が、満ちていればいいんだよね?》
それまでは、小さな蛇の姿だった水の精霊が、二メートル程度の水龍、和風の龍の姿になり、試供品の小さな容器に息を吐きかけた。
《これで、いつまでも尽きる事無く中の液体は満たされよう》
姿だけではなく声も口調も、子供から成人になったように、変化した。
「無くなる事を考えないで使えるんだね。ありがとう、アクア」
私は水の精霊にお礼を言って、ハグした。
「うわっぁ、スベスベだね。気持ちいい」
私はアクアの肌を撫でて、その感触に浸っていた。
《うぅ……我を翻弄するとは……リンカ、我の姿が恐ろしくは無いのか?》
「う~ん、驚いたけど、怖くないよ。だって、姿が変わっても、アクアはアクアでしょう?全然知らない相手だったら、恐いかも?だけどね。」
《そうだね。どんな姿でも、僕は僕だよね……》
そう言うと、アクアは、小さな蛇の姿に戻っていた。
そして、私の腕に巻き付くと、
《僕ねぇ、リンカが大好き。ずっとこうしていたいなあ》
そう言って、そのまま離れようとしない。
「しょうがない……一緒にお風呂行こうか?」
《……》
アクアから返事は無かったけど、離れないんだから、
一緒に行くしかないよね?昨日入ったお風呂と違って、
個室ごとに専用のお風呂だから、誰かと顔を合わせる事も無い。
私は、湯帷子はやめて、裸でお風呂に入る事にした。
アクアのおかげで、量を気にすることなく
使えるようになったシャンプー、トリートメントを使い、
ボディソープで体を洗って、湯船に浸かった。
湯加減は、少し熱いかな?っと思ったが、構わず入っていた。
ふと気が付くと、洗っている時でさえ離れなかったアクアがいない。あれ?おかしいな?と、思ったら、
湯船にプッカリ浮かんでのびていた。
小さな蛇には、熱かった様だ。私は氷の精霊、ロップを呼んで、のびてしまったアクアを冷やしてもらった。
《まったく、いい気になってべたべたするからだ》
憎まれ口をたたいていても、垂れ耳兎だから可愛い……
垂れ耳兎に叱られる蛇……なんかスゴイな……
見ていた私は、自然と笑顔になっていた。
アクアは、ロップと一緒に、消えて行った。
私は、身体を拭いて、下着を着け、寝間着を見て、ハッとした。そうだ……大巫女様の用意してくれた寝間着は……セクシー系だった……
ま、まぁ、いいか……どうせ女子しかいないし……
そうだ、そうだよ!女子会だよ。
お風呂から上がったら、女子会だぁ。
まだ髪が乾いてないけど、エティのお風呂が遅くなってしまう……。私は、お風呂から出て、エティに声をかけた。
「ごめ~ん、遅くなっちゃった。エティも早くお風呂入って。女子会が、まってるよ」
「リンカ……な、な、なんて格好を……」
「えぇ?やっぱ似合わないよね?大巫女様が用意してくれたのって、こんな感じの、セクシー系ばっかりなんだよね……。私と違って、エティは似合いそうだよね?」
「な、なにを……私だって、こんなの無理です。ちょ、ちょっと失礼いたします」
そう言うと、エティは慌てて部屋から出て行った。
残された私は、髪を拭いて、少しでも乾かさないと、頭から、風邪ひいちゃう……などと思っていた。




