2.旅立ちはクロちゃんと……
一年を通して、観光客が途絶えない有名な寺院に宮坂家の墓所はあった。地元でも有名な旧家だけあって、広い霊園の中でも探しやすい、大きくて立派な墓だった。
法事でも彼岸でも無しに、お墓参りなんて目立つだろうか?いくらなんでも、キャリーケースを転がして墓参りは無いよねぇ……
鈴花はそんな風に心配していたが、有名な武将の墓が敷地内に在ったり、有名な歌人の碑が在ったりで、思っていたよりも参拝の人出があった。
目立たないように、お墓の柵の外から手を合わせ黙とうする……やっとお墓参りができたけど、多分もう来ることは無い事を心の中で詫びながら、弟の事を見守ってくれるように母と、義父に願った。
駅に向かって、比較的空いている小道を歩いていると、
施設によく遊びに来ていた、黒猫の『クロちゃん』に会った。
黒い猫なんて、どれも同じ様に見えるかもしれない。
でも『クロちゃん』は右の前足に、白い毛がまるで腕輪でもしているように見える、他の猫にはない特徴があった。
「もしかして、お別れに来てくれたの?ありがとう」
一人でいる孤独に悲しい時や、落ち込んでいる私を、クロちゃんはいつも慰め、癒してくれた。
この街を出る前に、クロちゃんに会えてよかった……
キャリーバッグのタイヤに戯れる様に、クロちゃんは私の後をゆっくりとついてきていた。
歩道橋の手前でそろそろ別れないと、危ないかなと思ったけど、クロちゃんはそのまま、後をついて歩いていた。
にぎやかな笑い声にふと目を向けると、前方から、地味な私とは違う、華やかな集団が近づいて来ていた。
着古したミリタリー調のジャケットを着ている私と違って、如何にもお嬢様的なワンピースやスーツ姿に、ブランド物のバッグや靴を身に着けていた。
(はぁ~……キラキラしてるなぁ……)
と、思っていたら、その中の、おそらくリーダーであろう女性に歩道橋の階段の途中で、声を掛けられた。
「こんな処で会うなんて……サイアク……。それにしても、小汚いアンタに、お似合いのキタナラシイ猫ね……」
見ず知らずの他人に、いきなり罵声をあびせられとは……そんなに、ひどい恰好か?お気に入りの服なのに……へこむなぁ……
それにしても、見ず知らずの相手にいきなり罵声を浴びせるなんて、お嬢様の割に考え無しだなぁ、なんて思って、その姿を確認してみれば、そこには十年振りに会った、義姉の『玲奈』が、昔と変わらず、蔑んだ視線で、私とクロちゃんを見下ろしていた。
「視界に入れたくもない……同じ場所にいたくもない……
アンタも猫も、邪魔よ、さっさと、どきなさいよ!」
そう言って踏み出した玲奈の足が、クロちゃんを蹴り飛ばそうとしていた。
「クロちゃん、危ない!!」
私はあわてて、クロちゃんを庇おうとして、濡れて滑りやすくなっていた歩道橋の階段から、足を踏み外してしまった。
落ちてケガしたら、イタリアに行けない……そう思った私が、咄嗟に掴んだものは、玲奈のショルダーバッグだった。
「きゃぁ~……離してぇ~……」
玲奈と二人、もつれるように階段から転げ始めた時、不意に足元が光った。
水溜りが太陽に反射したのかと思ったが、まばゆく光り輝く円陣に、幾何学的な文様が浮かんでいた。
足元の地面がなくなり、フラフラと不安定な体が、抗いようのない、大きな渦に吸い込まれていくような感覚がした。
腕の中にクロちゃんをかばいながら、瞼を閉じてもまばゆい光の奔流に、意識が遠ざかって行くのを感じていた……
意識が無くなる間際……クロちゃんが大きく鳴いた気がした。