23.お兄様が出来ました
重要な事はメモに残して、聞き流して……
この世界の一般的な事だけど、一度に詰め込んだせいで、私の脳内学習の許容量は限界に来ていた……いや、正確には空腹でお腹の虫に、我慢の限界がきていた。
先生呼びをしてから、どことなく様子がおかしいフォルツァ様に声を掛けようとしていた時だった。
「ぐきゅ、っぐごぉおお……」
派手にお腹が鳴ってしまった。
恥かしい……
私の腹の虫め!我慢が足りないぞ。
エレン様、残念な子を見る表情ですね。
特別な能力が無い私にもわかります。
ティア様、肩が震えてますよ。我慢してるんですね。
「ぷっ……リンカはリンカだな。くっく……」
シリウス様、何が言いたいのか、わかりません。
「リンカ、腹が減ったのか?朝飯は食べたのか?かわいそうに、涙まで浮かべて……」
フォルツァ様、涙は空腹のせいじゃないの……恥ずかしいだけ……
でも、笑わないで心配してくれるなんて、優しい……
「優しいのですねフォルツァ様……私、フォルツァ様の事……」
次の発言を待って、身構えているフォルツァ様に私は言った。
「兄貴って呼んでいいですか?」
それを聴いたティア様は、あきれたような表情で小さな子に言い聞かせるように、こう言った。
「はぁ……リンカ……兄貴は無いんじゃなくて?せめてお兄様ってお呼びなさいな、ね?」
「なるほど、フォルツァ様、お兄様って呼んでもいいですか?」
フォルツァ様は少し考えた後で、私を見て言い出した。
「……いい、ぞ……リンカ……今からお前は、俺の可愛い妹だ!これからは、俺がお前を守ってやるからな、安心しろ」
私、異世界で優しい『お兄様』をゲットしました。
フォルツァ様と兄妹呼びになってから、少しして、メリルがお茶とサンドイッチの様な軽食をワゴンに乗せて、部屋にやってきた。
私とフォルツァ様の様子に、メリルは、眼をパチパチして驚いていた。
フォルツァ様は、名前がウィリアムだから、ウィル兄様と呼ぶように、と言った。それを聴いていたティア様が、
「私の事を、お姉様と呼んでもよくってよ?」
と、言っていたが、エレン様に窘められていた。
いや、恐れ多くて、皇女様をお姉様呼びなんて、無理ですからね。
それに私、ティア様より年上ですよ~。
◇◇◇◇◇◇◇◇
私は今、ウィルお兄様と一緒に聖騎士団白の塔支部に隊長のリビングストン様に会いに来ています。
精霊術がどういったものか、実際に見てみたくて、シリウス様が塔で一番優れている精霊術士と言う、アゴヒゲ……では無くて、リビングストン隊長に先触れを出したところ、快諾の返事がありました。
そんな訳で私は、ウィル兄様の案内で、手を繋いで騎士団へとやってきました。
私に、冗談でも、仮でも、兄と呼べる人が出来るなんてね。何だか不思議な感じ……。でも、イヤじゃない。
「リンカ……可愛い妹……」
「ウィル兄様……」
顔を見合わせ、照れている私達……コレってまるでアレじゃない?
付き合い始めのバカップルみたいじゃない?
そんな事を考えた私は、余計に照れくさくなってきてしまった。
優しいお兄さんが出来てうれしいけど、ずっと手を繋いでいるのは、さすがに恥かしい。
どうしよう?とか思っていたら……
目の前の隊長室のドアが開いて、リビングストン隊長が現れた。
私達を見ると、目を見開いて、一度よく見てから、更に繋いでいる手の辺りをじっくりと、二度見していた。
「……フォルツァ殿、何故リンカ様と、そのように手を繋いでいるのですか?……」
鼻をひくひくさせながら、眉間に皺を寄せて、リビングストン様がウィル兄様に問いかけた。
「うん?何って、妹がはぐれない様に手を繋いでいるだけだが、何か?」
「はぁあ?妹?リンカ様が貴殿の妹?何をバカな事を言っているのだ?」
「兄になってくれと、頼まれたのだ。なぁ、リンカ?」
「そんな馬鹿な話が……」
「ウィル兄様の言う通り、私がお願いしたんです」
信じようとしないリビングストン様に、私はそう、説明をした。
「な、何もフォルツァ殿に頼まなくたって……頼まれなくとも私が兄に……いや、夫に……ゴホン……」
「騎士団なんて、独身のアブナイ奴ばっかだからな……
俺が守ってやる。傍を離れるなよ。……」
「頼りにしてます。ウィル兄様……」
私達のやり取りを見て、リビングストン様はその場でフラフラとよろめくと、倒れそうに見えた。
私は咄嗟に支えようとして手を伸ばし、足がもつれてリビングストン様めがけて、倒れこんでしまった。
「……あれ?」
「……リンカ様、私の所に、ご自分から……」
う~ん、すぐ近くから声がする……何だか身動きが取れない……
「リンカ、一体何やって……」
ウィル兄様はリビングストン様に抱き留められている私を見て、眉間に皺をよせ、冷酷な顔をリビングストン様に向けると、地の底から響くような低い声で言い放った。
「リビングストン、リンカを離せ……」
「……嫌だ。と言ったらどうする?」
挑発するように、リビングストン様はそう答えた。
一触即発しそうな緊張感に、空気が震えていた。
なにこの状況?私のせい?私のせいだよね。
ちょっと待って……。私は焦っていた。
「ウィル兄様!リビングストン様は、躓いて倒れそうだった私を助けてくれたのです」
私は、リビングストン様の腕が緩んだすきに、反転し、リビングストン様の顔を見上げて、
「助けていただいて、有難うございます。リビングストン様」
と、声をかけ、そのまま話し続けた。
「あの……リビングストン様は塔で一番優れている精霊術士だと聞きました。お願いです。私に精霊術の事を教えて下さい。リビングスト……」
「エドワード、です。リンカ様……」
リビングストン様が呟くように懇願した。
私は、家名?が長くて、言いづらくて……
先生呼びのタイミングを計っていたぐらいだ。
“エドワード”という、名前の方がまだ呼びやすい。
「エドワード様、私の事は“リンカ”で……様は不要です」
年上の人からの、様呼びは正直ツライ。私、偉く無いし……
「では、私の事も、“エディ”と呼んで下さいね、リンカ……」
そう言って、素早く私の左手の甲に口づけを落とすと、破顔した。
「精霊術の何について、教えればいいのですか?……リンカ」
「あの……」
「精霊術がどんな物か実際に、見せてやってくれ」
私が答えようとしたら、ウィル兄様がエディにそう言って頼んでくれた。
「あぁ、なるほどね。フォルツァ殿の属性は、攻撃特化の雷だからな、事故でも起きたら……」
「そんなヘマはしない。だが、安全策として狭い室内でやらなかっただけだ」
「フッ、なんとでも言えよう。だが、確かに場所は選んだ方がいいな……リンカ、鍛練場に行ってみますか?」
私はエディに右手を引かれ、騎士団の鍛練場に案内された。ウィル兄様は、腕を組み仏頂面で、私達の後ろをついてきていた。
鍛練場は、塔の北側、騎士団宿舎の横にあり、屋根のついた広いグラウンドの様だった。
観覧用の席は無かったが、鍛練場の様子が見られる、四角く囲われた大きな部屋が三室、宿舎の二階から出入り出来る様になっていた。
「ここだったら、俺が術を使っても、問題ないな」
「……フォルツァ殿は、細かい制御は不得手では?まぁ、何かあっても、雷属性の術など私がいれば、心配無用ですよ、リンカ」
「あの……エディ様は、何属性なんですか?」
「“エ・デ・ィ”ですよ、リンカ。私は火、風、土、光、の四属性の精霊と契約しています。精霊術とは、契約した精霊の力を使って、術を行う事です」
「精霊と契約……どうやって契約するんですか?私にも、
精霊と契約って、出来ますか?」
「う~ん、今は、ちょっと判断が難しいんだけど……フォルツァ殿、精霊は戻ってきていますか?」
エディは何事か考えこんだあと、ウィル兄様にそう問いかけていた。
「いや、まだ戻ってきていない。術の行使は問題なく出来るがな」
「……リンカ、普段ならば、契約精霊が傍らに控えているのですが、今精霊がいないのです。精霊を感じて、契約できれば、精霊術が使えると思うのですが、今は精霊がいないので……」
私は無意識のうちに、だいぶガッカリした顔をしていた様だ。そんな私を、ウィル兄様が、ギュって、ハグしながら、慰めてくれた。
「そんながっかりするな……あとで一緒に精霊を呼び出そう……先に、精霊術を見るんだろう?危なくない様にはなれてるんだぞ」
そう言うと、ウィル兄様は呼吸を整え、息を吸い込んだ。
「リンカ、危ないから、私の側に」
エディがウィル兄様から私を庇う様に間に入った。
ウィル兄様の周りで静電気が起き始めた。
バチバチッ……
ウィル兄様の髪が、逆立つと、右手を高く掲げ振り下した。
「サンダーボルト」
ウィル兄様の発した言葉と共に、鍛錬場に稲妻が落ち、土煙がたった。
「プロテクト」
稲妻が落ちる直前、エディが見えない壁を構築して、迫りくる土煙と衝撃を防いでくれた。二人とも、術の名前だけで、無詠唱だった。
「二人とも、すごい……」
放心した私は、自分では知らない内に、ポカーンと口が開いていた。
「可愛いお口が開いてますよ、リンカ」
そんな私にエディがクスクスと笑いながら教えてくれた。私の顔は、真っ赤になっている事だろう。それにしても、
私は危機管理が甘かった。エディが病んでるのをうっかり忘れていた。
「ああ、リンカ、なんて可愛い」
ちょ……何で顔が近づいて来るのや、や、や……
何?エディってば、もしかしてキスしようとしてる???
「ま、待って、待って……だめぇ、ひ、髭いや!」
焦った私が、髭の事を言うと、エディは片眉を上げて
止まった……。
「髭が邪魔だもん、いや!」
私は、エディの顔を押さえて、そう言った。
チクチク、ジョリジョリ、は本当に嫌!!
口を押さえた時に触れた顎鬚は柔らかかったけど、何でキスしようとしてるの??
訳わかんない。それとも勘違い?
結界の中で、密着している私達を見て、ウィル兄様が駆け寄ってきた。
土煙を防いでくれた壁は、ドーム状に構築されていて、ウィル兄様が手で叩いても、ビクともしなかった。
「リビングストン、リンカを解放しろ!っざけやがって……」
怒ったウィル兄様が、雷で防御壁を破壊しようとした。
エディが構築したドーム状の結界は強固で、ウィル兄様の放った雷が、結界に弾かれてしまった。
弾かれた雷が、ウィル兄様に当たってしまった。
「きゃぁあー。ウィル兄様ぁあ。」
私が絶叫したことで、エディも自分がしてしまった事に
気が付き、防御壁を消した。
私はウィル兄様の所へ近づくと、怪我の状態を確認した。
「う、……思ったよりひどい……」
直撃は避けたようだけど、袖が破れて、皮膚が赤黒く焼けていた。
「ごめんなさい……私が、術が見たいなんて言ったから……どうしよう……ウィル兄さ、……」
「……リンカが悪いんじゃない……私が……」
ウィル兄様の怪我を見て、エディの顔も蒼白だった。
「ちが……弾かれるのがわかってて、雷をぶっ放した自分のせいだ。二人とも気にするな……」
ウィル兄様はこんな怪我何でもないって……強がりだ。
それから、この事は黙っているように言い出した。
「問題になると拙いから黙ってろ!いいな?」
エディは、項垂れたまま黙っている。
私は、もしも治癒魔法が使えたらって思っていた。
精霊術だけど、魔法が使えるのだ。治癒魔法があれば、全回復できる魔法が有れば……
「精霊さん、もしいるのなら、力をかして……ウィル兄様を……彼を助けて!!」
私は、そう叫んでいた。
何処からか………
声が聞こえてきた……
それは、たくさんの声………
私達の周りに光があふれた……
光はやがて、大きな七つの光と
たくさんの小さな光になった……
やがて、大きな光が
「私が彼を癒そう……」
「彼の者は私が……」
そう言ってるように聞こえた……
光から響いて来る声は、何重にも重なって聞こえてくる、
不思議な声だった……
大きな光が、ウィル兄様と、エディに近づいた。
ウィル兄様の腕の怪我は、始めから無かった様に綺麗に治っていた。袖だけが、酷い怪我をしたのだと、物語っている。
項垂れたまま何処か虚ろな眼をしていたエディはいつの間にか、安らかな表情で眠っていた。
あのままだったら、エディは精神的に危かっただろう、爪が食い込んだのか、手の平には血がにじんでいた。
霞む様に、滲んでぼやけていた光の影が、一つだけはっきりとした輪郭を取った……
人の様に見えて、人では無い……そのヒトは、どこかで会ったような……ずっと一緒にいたような、
不思議な感覚だった……
はっきりと見えるのは、ストーカーだった
闇の精霊さんです。
ウィル兄様の溺愛っぷりがすごいです。
アゴヒゲ、暴走ダメ……。




