20.交錯する想い……
神官長の戸惑い
三神が統べるこの世界、
『アレスティレイア』
神による行いか……
界による必然か……
時折界を渡ってやって来る『迷い人』……
前回の迷い人は、サキュラという名の、星を読み気象を占う能力を持った女だった。
たいして使えない能力を持っていたサキュラには人をたらしこむ才能があった。禁呪とされる魅了の術でも使っているのかと疑いを持ったほど、人々はサキュラに傾倒していった。
ユスティアは、近くに大巫女の守りがあったからまだよかった……
だが、皇太子だった第一皇子はサキュラの言うがまま禁忌に手を出し失脚した。追放されたのも自業自得だ。
しかし、尻拭いに自分が禁忌に関わる事になった事は許し難かった。
送還によって生じた歪みを修正する為か、自分の力を誇示したいのか、現皇太子の肝いりで大神官により行われた『豊穣の乙女』の召喚……
千年もの時を経て行われた最大禁忌、『召喚の儀』は十三人もの花嫁を犠牲にして、この世界に二人の娘を呼び寄せた。
界を渡って来た一人は『豊穣の乙女』にふさわしく、豊満で見目麗しい、如何にも皇太子が好みそうな娘だった。
予想通り、その娘を『豊穣の乙女』として隷属の首輪を嵌めた。
神の御心に添わない召喚だった為か、言葉が通じなかった。翻訳機だと言えば、疑いもしない愚かな娘。
神官としてロクな力も無い大神官と皇太子は、サキュラに似た雰囲気の娘を連れて、儀式殿を出ていった。
もう一方の娘も、同様かと思えば、どうにも様子がおかしかった……
混乱も起こさず、冷静に状況を観察しているかの様な娘から、何かの気配が濃くなり、直ぐに消失した。
私は、残された娘を執務室に連れて行った。
界を渡ってきた『迷い人』を……
混乱も無く冷静だった娘は大人しくしていたが、同じ世界から来たらしい、迷い人のサキュラが、帰還したという話しに、急に声を荒げ泣き喚いた。
泣き喚く娘に眠りの術をかけ、暫し眠らせた。
リンカと名乗った娘は、幼く見え、十二、三歳くらいと
思ったが十八歳だと言う。
成人している事と、騎士団の報告に『神の花嫁』とする事を思いつく。歪みが消えたなら、此方から人を送る必要はない。この世界に何も無い迷い人こそ神に贈るに相応しい……。
迷い人の犯したツケは、同じ迷い人が払うがいい……
可愛い姪を聖域に贈る事も無くなり、全てが良い形で納まる、そう思った。
そう思っていた……
リンカは今迄、会った事が無い変な娘だ……
子供じゃ無いと言い張るくせに、やってる事はまるで子供だ。
菓子を小動物の様に頬張って、咽るなど、成人した女性ならまず無いことだ。
それにしても、浴場では驚かされた。
湯帷子もつけずに裸ではいっているなど……思った以上に育っていたが……ゴホン
私を男では無いなどというから、思い知らせようと色を匂わせてみれば、溺れるどころか顎に激痛が走った。アレはおそろしい攻撃だった。
腹いせに説教していれば寝てしまった。
仕方なく寝室に連れて行き様子を見ておれば弱弱しく、赤子の様に涙していた。
少しだけ、慰めるつもりで同じ寝台に入れば、連日の疲れから寝入ってしまった。
まさか朝まで共寝してしまうとは……
不埒な真似などしていないのだ……叫ばれたりしては、かなわない……
口を押さえ、落ち着けてから側仕えを入れれば、何も無かったというのに視線が刺さった。
『白の塔』に連れて行けば……、花嫁になれば、言葉を交わすことも、触れる事も出来ない
塔へ行く馬車の中で、子供の様に外を見ているリンカを膝に乗せ外が見やすい様にしてやった。
ほのかに香る甘い匂いに離し難くなってしまった。
誰も花嫁になどしたくない……付き添いとして、贈らずにつれ帰ってしまおうか……
歪みが消えたのだ、花嫁など嫁がなくても……
だが、『神託の巫女』に神々から神託があり、リンカを花嫁として嫁がせなくてはならなくなった。
何かしらの加護があるだろうリンカの事だ、聖域に入っても、界を渡って行く事は無いだろう……
だが、いつ聖域から出て来られるかは、わからない。
『花嫁の儀』は永遠の別れの儀式になるだろう……
リンカ……次に会う時、私は果たして冷静でいられるだろうか……
◇◇◇◇◇◇◇◇
私の名前は鈴花……
でも、使用していたハンドルネーム“リンカ”と、名乗っています。本名なんて、名乗れませんよね?
迷い込んでしまった世界、出来たら楽しく生きたいですよねぇ?
その為には、手段は選んでいられません。変態が生息していても一般常識を得る為ならば、我慢しますとも……
そんなで理由で、私達はまだ、騎士団にお邪魔しています。
皇女らしからぬ笑いに、エレンさんが苦笑いを浮かべ、
離すよう騒いでいる隊長を、拘束しているチャラ騎士フォルクス……
混沌と化している状況を破ったのはやっぱりこの人……
「それで、一般常識を知りたいというのは、どういうことです?リンカ様……」
「シリウス様……私、この世界の常識が知りたいのです」
「ええ、それで?どうして騎士団に?」
「私の周りにいる方たちが、一般的では無いからです。神殿とか、塔の中の事では無くて、外の事や一般的な事を教えていただきたいのです」
「外……というと?それに、理由を聞かせていただいても?」
「外というのは、この国以外の事です。どんな国があるのか?どんな人がいるのかとか……理由は、何も知らないからです。シリウス様が、教えて下さいますか?」
「……そうですね、『花嫁の儀』まで、特に任務も無く、
厄介な客人の様なものですからねぇ。私ともう一人、フォルツァがリンカ様のお相手を致しましょう。」
シリウス様はそう言うと、フォルツァという騎士を紹介してくれた。
タンポポの様な柔らかい色の、肩甲骨くらいの長さの金髪を、後ろで一つに束ねている。
そして、晴れた日の空の様に澄んだ青い瞳をしていた。
お伽噺に出てくる王子様みたい……
思わず見惚れてしまった私を見て、微笑みながら私の前で
片膝をつき、右手を取って軽く指先に口づけると、
「ウィリアム・フォルツァと申します、リンカ様」
「リンカです。ウィリアム様、よろしくお願いします。」
「塔に残ったのは、シリウスと、フォルツァだったのね。
二人がリンカの相手をするなら安心だわ」
挨拶を交わす私達を見て、ティア様が満足そうに言っていた。
「……」
シリウスは、複雑な表情でリビングストン隊長を見ていた。
堅物で、浮いた噂一つ聞いた事が無いアノ男が、いったい
どうしてしまったのか……
魅了の能力を持っていたサキュラといい、『迷い人』には何かあるのだろうか?
監視するにも、護衛するのにも、リンカの申し出はありがたい。シリウスはそんな風に、考えていた。
「リビングストン様、フォルクス様、お仕事中お邪魔して
ごめんなさい。お体に気を付けて、お仕事頑張って下さいね」
私達は騎士団の談話室を後にした。居住棟を騎士が出歩くのは難しいので、一階にある部屋を借りて、一般常識について、教えてもらう事になった。
ティア様も、エレン様も、同席して足りないところがあったら、補足して教えてくれる事になった。
ドアを開けて、部屋に入った。中に設置されていたのは
またもや円卓だった。
円卓と騎士……円卓とリアル騎士……
オタクな乙女心がぁあ!!ヤバイ、鼻血出たらどうしよう。萌え萌えだ萌え萌え……
あ、しまった、忘れてた……
『感受の巫女』エレン様の事をすっかり忘れていた。
振り返ってみれば、生温い視線をしている……
そういえば騎士団にいた時、何がおかしかったんだろう?
そんなにおかしな事は考えなかったと思うけど……
気になるなぁ、聞いてみようかな?
「あの、エレン様、お聞きしたいのですが?」
「……何でしょう?リンカ様」
「さっき、騎士団の談話室で、何故笑っていたのですか?」
「リンカ、それを聴くのですか?大胆な……」
ティア様が、眼を見開いた。
「ぅえぇ~?私そんな大それた事なんて、言ってませんよ?」
「確かに、言ってはいませんでしたね。思ってはいましたけれど……」
「エレン様……」
「そうだ!シリウス達も聞いてみたいか?リンカはなぁ……」
ティア様は、二人の騎士に何事か囁いた。すると……
「「ぶぶっ!!あはっはっはは……」」
吹いたよ。二人して爆笑してるよ。何?何で?何がウケたの……?
私一人、訳が分からない……
「くくっ、リンカ様は、可愛いですね。副団長が気に入るのもわかる気がします。くっく……」
「だろう?フォルツァ、リンカはイイだろう?」
ティア様、口調が戻ってますよ?
「……それで、何が知りたいのですか?リンカ様」
シリウス様は、すぐに平常運転に戻られた様だ。
流石勇者シリウス様。私は、この世界に来てからずっと、
気になっていた事を聴くことにした。
「あの、この世界に魔法って、あるのですか?」
異世界転移だよ?魔法あるなら、使いたいよね?
ず~っと、気になってたんだぁ……
他にも、聴きたい事は沢山あるんだから、よろしくお願いしますね?
私は満面の笑みを浮かべて、二人の騎士を見るのだった。
神官長は、どちらかと言えば、
ちっぱい好きなんです。
そろそろ、精霊さんが現れるかも?




