19. 騎士団へ……
私とメリルは、ユーフェミア様が用意してくれた着替えや生活用品などを、二人掛りでなんとかクローゼットに仕舞い終わった。
マイバッグも、神官長に貰った髪飾りも、箱の中に入れて
クローゼットに仕舞いこんだ。
談話室といった感じの応接間に戻ると、ユーフェミア様とティア様がエレン様にお茶を入れてもらって、優雅にお茶していた。
喉が渇いて、私もお茶が欲しいなと思い……かと言って、どうすればいいのか迷っていた。
「リンカ様も、メリルもお疲れでしょう?どうぞ……」
そう言ってエレン様が私達にもお茶を入れてくれた。う~ん、仕事の出来る美人さんだ。目指すなら、エレン様みたいな素敵な女性になりたいなぁ……
「うふふ、リンカ様にそう言っていただけて、嬉しいですね」
あれ?また心の声、漏れて……
「素直な感情は、読みやすいのじゃ。エレンに隠し事は
難しいのぉ。何といっても、『感受の巫女』じゃからなぁ」
え?それって、テレパス?考えてる事とか、読まれちゃうってこと?
「私の事が、恐ろしいですか?」
エレン様は、無表情な顔をして、私に聞いてきた。
「……恐くないですよ。恥かしいな?って思っただけで……昨日の事とか、バレたら……って……、アレ?」
何だ?自爆か?自爆した?……何だか皆さん、笑顔が黒いですよ?
「あとで、ゆ~っくり、聞かせて頂戴ね?」
うぅ、ティア様に睨まれたら、逃げられないです。
私は小さくため息を吐きながら、エレン様が入れてくれた
お茶を飲んで考えていた。昨日の事……かぁ……。
かぁああ……
昨日の事を思い出し始めた私は、顔から火が出るほど恥かしい事を思い出した。……いやいや、私は悪くない、悪いのは、神官長なんだからぁ!!
「リンカ様?お顔の色が……」
「な、な、何でもないよ。大丈夫。何も問題ないよ」
心配顔のメリルに、何ともないと答えた。乙女を悩ませる悪い奴……私は、今度神官長に会ったら、絶対に頭突きしてやる事を心に刻み込んだ。
「さて、頃合いじゃ。後の事は頼んだ」
「ええ、小母様。お任せ下さい。」
「む、張り切るのは良いが羽目を外し過ぎるでないぞ」
そう言うと、ユーフェミア様は迎えに来たシンディと共に部屋を出て行かれた。私は、願いを叶える為の第一歩としてティア様に騎士団の詰め所に連れて行ってもらうのだ。
皇女様の側仕えのエレン様も共に、行くことになった。メリルは留守番をしながら、部屋を整えたり、洗濯したりして帰りを待つとの事だ。
洗濯物って、アレだよね?私の下着とかだよね……
私はメリルにハグしながら、他の二人に聞こえない様に
「ごめんね。お願いします」
と、囁いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
【聖騎士団白の塔支部】は、塔の北側の一階部分、通路を監視する事ができる、湖に面した場所にあり、一小隊、十六人の騎士が、貴族子女のいる南側を除く塔の内外を警備している。
定時の巡回、通路発現時の監視以外は、比較的暇な職場であり、出世コースを外れた問題有の騎士が集まっていた。
その日、隊長のリビングストンは隊長室の中を檻の中のクマの様にウロウロしながら、時折り自慢の顎髭を撫でては、溜め息を漏らしていた。
副団長のユスティア様が『神の花嫁』として塔に入る事は周知の事実であったが、付き添いとして『迷い人』が加わり、副団長付きフォルティス隊隊長シリウス・パンツァー、隊長の懐刀、フォルツァの二人が、『花嫁の儀』が終わるまで塔に滞在するという。
「騎士人生に一片の曇り無し」と豪語して止まない、男盛り三十歳独身のリビングストンは、心に疾しい事など何も無いのだが、非常に動揺していた。
なぜなら、これから三人の女性が、騎士団を訪れるという先触れがあったからだ……
三人のうち一人は皇女とはいえ、副団長のユスティアである。今更女性だなどと、気に留めることは無い……問題は、『迷い人』と『感受の巫女』の二人だ。
問題有の騎士が多いとはいえ、騎士道精神に恥じる様な、バカな事をする者はいないだろう。だが、同性にまで
見惚れられてしまうエーレンダニカを前にして、果たして、隊員達が平常心でいられるだろうか?
勇猛果敢なフォルティス隊の隊長シリウスには、侮られたくない。
シリウスとは士官学校で一緒だったのだ。
いったい何をしに来るというのか……
「あ~厄介ごとの予感しかない」
リビングストンは、頭を抱えるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
私は今、聖騎士団副団長でもある、皇女ユスティア様に
案内されて、『感受の巫女』で、ティア様の側仕えでもあるエレン様と、【聖騎士団白の塔支部】に来ています。
あ……向こうにシリウス様発見!
私は挨拶しようと、シリウス様の処に行こうとして、何かにつまづいた。
「あっ……」
「おぉっとぉ……あっぶないなぁ」
倒れる前に、誰かが私の体を抱き留めてくれた。
「あ、ありがとうございます?」
「いえ、可愛い女性を抱き抱える事が出来て幸運です」
そう言ってはなれ際、私の指先に軽く口づけた。
騎士の挨拶とは想うけど、助けてくれてありがたいけど、なんだかチャラい男だ。チャラ男だ!
???……え?何で、手を離してくれないの?
そう思っていたら、チャラ男が
「可愛い方、お名前を伺っても?」
「あ、あの、手を……離して」
手を離してくれない騎士に、困っていると、
「フォルクス……いい加減にしないか」
顎に髭のある騎士が助けてくれた。
お礼を、と思ったら
「小さな子供をからかって……ん?震えてどうした?怖かったのか?よしよし」
って、頭をなでてきた。私って、そんなに小さい?
振り返ると、ティア様とエレン様は肩をプルプル震わせて、今にも吹き出しそうだった。
「くくっ……久しぶりですね、リビングストン隊長」
「はっ!」
敬礼しようとしたアゴヒゲ騎士に、ティア様は苦笑しながら言うのだった。
「今の私は、副団長ではなく、皇女です。騎士の敬礼では、おかしくてよ?」
ティア様はそう言うと、優雅に左手の甲を指し出した。
アゴヒゲ騎士は片膝をつき、ティア様の左手を取ると、指先に軽く唇をあてていた。
自然体な二人に、物語のワンシーンを見ている様だった。
「大巫女ユーフェミア様から、私達が来ることは、聞いていて?」
「はい、先触れを頂いております。何か、頼みごとがあるとか?」
「ええ、私ではなく、付き添いのリンカからの、頼み事なの……」
「皇女殿下、リンカ様とは?此方の?」
「ええ……リンカ、紹介するわ。聖騎士団白の塔支部の
隊長のリビングストンよ。リビングストン、彼女はリンカ。私の付き添いにして、『迷い人』よ」
ティア様は、アゴヒゲ改め、リビングストン隊長に私をそう、紹介した。
「リンカと申します。先程は、助けていただいて、ありがとうございました。リビングストン様……」
熱い眼差しでリビングストン隊長をみつめる。
乙女の本気の視線を思い知れ!小さい子扱いはもうさせない。見上げながらじっと目を見つめる。
「私、リビングストン様に、お願いしたいことがあるのです。叶えていただけますか?」
小首を傾けておねだりポーズなんて、私には似合わない……祈るように胸の前で手を組み、少しだけ口を開いて見上げた。
「……リンカ様、私に出来る事でしたら、何でもおっしゃってください。私がお力になりましょう。何をお望みです?」
「私、この世界について知りたいのです。特に一般的な常識について学びたいです。お願いです教えて下さい……」
これでどうだ?とばかりに、一歩前に進んで、近い距離からリビングストン隊長の顔を見上げた。
(うぅ……首がイタイ……)
隊長の返事を待っていたら、突然私の両手を取り、片膝をついて、恭しく指先に口づけた。そして……
「なんと可愛らしい。このまま、家に連れて帰って閉じ込められたらいいのに……」
アレ?……なんか、危ない事、言い出したよ?
病んでる?アゴヒゲはアブナイ人だったのか……
私何か失敗した……?一般常識教えてほしいだけなのにどうして、こうなった……???
ティア様と、エレン様は生温かい眼で苦笑いしてる。
私達と一緒に塔に来た騎士さんと、シリウス様は、リビングストン隊長を見て驚いているみたいだ。
助けてくれたのは、チャラ騎士のフォルクスだった。
「隊長、自分より重症っすよ。手を離してあげて下さい」
そう言って、リビングストン隊長を引きずって行った。
その場でまだ固まっている私を、エレン様が後ろから抱きしめた。
「無自覚にたらしこんで……おそろしい娘……」
って、たらしこんでません。アゴヒゲが病んでるだけです。私は悪くない、悪くないってば……!!
『感受の巫女』様に隠し事は出来ない。エレン様はいきなり噴き出した。
「ぷぷぅ……あはっはっ、ああ可笑しい……」
「エレン?どうしたの?何があったの??一人で楽しんで、ずるいわ!私にも教えて!!さぁさぁ……」
「うふふ、リンカ様ったらリビングストン隊長を……」
エレン様は、ティア様に耳打ちした。
「ぶふっ、くっく……あ~やっぱり、リンカはいい。いいぞ!」
そんなに爆笑する様な事、思い浮かべたかなぁ?笑いの沸点がわからない。こんな状況で、私に一般的な常識を教えてくれる先生は……先生になってくれる騎士はいるのだろうか……
願いを叶える為、一般常識を知りたいリンカ
教えるのが騎士になるのはなぜか?
その理由は?一般常識だからですよ。




