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16.空腹はつらいのです



 大巫女ユーフェミアの側仕え、ティアレラ・エーレンダニカにユスティア、リンカ、メリルの三人が連れられて退出した後、部屋の中では神官長ユースヴェルク・モナーフが大巫女ユーフェミアと向き合っていた。



 眉間に深く皺を寄せ、シブイ顔の神官長とは対照的に、

大巫女ユーフェミアは、輝くような笑顔で目を細め、別れ際リンカに神官長が渡していた物についての言葉を待っている。



「はぁ……別にどうというものでは……」


 小さく溜め息を吐きながら、言葉を濁した。自分の行動に自身が驚いているのだ。特に意味は無かった、ただ似合うと、リンカの黒い髪に似合うと思い出しただけだ。


「自分で使う機会が無く、とはいえ捨てる気にもならなかったので」


 不用品を下げ渡しただけなのだ。特別な感情など……

()()に持ってどうする……


「そんな事より、小母上、リンカの事ですが……」



「話の前に、人払いじゃ……シンディと、塔に残る騎士を残しあとの者は下がるのじゃ」


 大巫女ユーフェミアの言葉に、打ち合わせてあったのか、護衛騎士はシリウスと、フォルツァ、二人が残った。

カルセドニィはもう一人の騎士と共に扉の外で待期だ。


 人払いが済んだ後の部屋には、大巫女ユーフェミア、神官長モナーフの他に、シリウス、フォルツァ、シンディの三人が残された。



「ふむ、ユース、防音遮断の術を……」



「既に部屋の周囲に構築済みです。して、リンカが『まれなる者』というのは?」



「急かすでない、先ずは話しを聴くのじゃ。今朝の事じゃ……の者が禁忌を犯し迷い人を送還してから、ついぞなかった神託が、下りたのじゃ……」



「神託が?神々は何と?何と言ったのです!?」



「……稀なる存在の娘を粗略にせず尊べと。あとは、禁忌じゃ、話せば神に罰されよう」



「稀なる者……小母上、実は『神の花嫁』ですが、ユスティアの代わりに、リンカを花嫁にと……」



「それでよい……それでよいのじゃ。リンカ(・・・)が嫁がねばならんのじゃ……ぐっ、ごふっ……」



「大巫女様!!……」


 

「む……大事ない、少し喋り過ぎたようじゃ」



 喋り過ぎた?リンカが嫁がねばならない事が禁忌に触れたのか?

間違いがあってはならぬ、確認しなければ……


「小母上……では、『神の花嫁』は()()()で、四日後のアプリール・アンファングに『花嫁の儀』にて、聖域に嫁がせます」



「……うむ、それでよいのじゃ」



 大巫女ユーフェミアの答えに、花嫁をリンカに決めた事は間違いではなかったと、覆せない事なのだと、思い知らされた。

神官長は深いため息を吐くと、何時の間にか手の平に爪が食い込む程、きつく右手を握りこんでいた。



 『神の花嫁』それは時に、皇族であっても神々の供物として聖域に贈られる。

『花嫁の儀』とは、五年に一度、季節の変わる、アプリール『四月』アンファング『始まりの日』に楔無き、界を渡れる者……『花嫁』を聖域に送る儀式の事だ。

『花嫁』ゆえに送る、ではなく、『嫁がせる』と称される。


 界を渡る事の出来る、楔無き者……それは、孤独で思い残すことが無い者……

絶望し、何も持っていない者……全てを諦め、花嫁(くもつ)としての役割を受け入れる者の事だった。


「花嫁の代替えは、此処にいる者以外ではティアしか知らぬ。当日まで……儀式が終わるまで、誰にも漏らすな。特に、リンカに知られてはならぬ……」


 リンカはティアの、付き添いで来ていると思っている。

自分が『花嫁』で、供物として神に捧げられるなど、(いささ)かも、思っていないだろう。



「リンカには当日まで、塔にて不自由なく過ごさせよう……なに、心配などいらぬ……塔におれば、余計な者など近寄ろうにも、出来ぬからのう。無論、おぬしもじゃ、ふふふ」



「……大巫女様のご厚情に感謝いたします。では、用事も済みました故、通路みちが在る内に帰ります。此方には三日後の、メルツ『三月』・アンフィーネ『結びの日』の宵闇に参ります」


 神官長は、何かを振り払うかのように、目を閉じ、

一度ゆるりと頭を振ると、意を決したように席を立った。



御前おんまえ失礼いたします」


 神官長に続きシリウス、フォルツァ、の二名も席を立ち、両腕を胸の前で組み、大巫女ユーフェミアに礼を取った。

フォルツァが開いた扉の先には、退出していた護衛騎士二人と、レイラが控えていた。


 カルセドニィと何か話していたレイラは名残惜しそうに、その場を離れると、部屋へと戻って行った。

塔に残留する二人の騎士、シリウスとフォルツァにあとの事を指示すると、護衛騎士二人と共に、神官長は透明な通路を進んで湖岸へと戻って行った。






◇◇◇◇◇◇◇◇



 エレンさんに案内されてティア様の後ろを、メリルと並んで歩いていた。


 建物の外観はコロッセオの様に湾曲していたのに、内部は直線的な造りになっている。だが、やたらと曲がり角が多く、まるで迷路の様だ。自然、メリルと手を繋いでいた。

階段を上って、通路を進んで、曲がったらまた階段があって、建物のどの辺りにいるのか、まるで分からない。



「この先、階段を上がった所が、お部屋になります」



混乱を隠せない私に、エレンさんが教えてくれた。



「ティア様の荷物も、もうお部屋に届いていますわ」



エレンさんはそう言うと、通路の右側の扉を開けた。

十畳程の応接室の様な部屋に、木箱が五つ、積んであった。

荷車にはもっと積んであったのに箱が五個しかない?



「ありがとうエレン。でも、私だけの荷物では無くってよ」



 不思議に思っていた私に、ティア様が説明してくれた。

大きな荷車に満載だった荷の大部分は、塔に常駐している

騎士団への補給物資との事だ。それから、塔にいる子供たちへのお土産のお菓子。暇つぶしの本。そして、洗面道具といった日用品と、着替えと、甲冑……。

甲冑??



「遠征から戻って直ぐだったから慌しくって、準備がね……」

 

 

誰に言い訳しているのでしょう?ティア様……

エレンさんにかな……?



「はぁ……ティア様は、お変わりないですねぇ。いい事なのか、悪いのか……」



 ティア様とエレンさん、姉妹みたいに仲がいいなぁ。

美人で、仕事が出来て、上司(大巫女様)の受けもいい。

いいなぁ、憧れちゃうなぁ……。あ、エレンさんと目が合った。

うわぁ、ニッコリ微笑んでくれた。へへ……。


「リンカ……そんな熱い視線でエレンを見て……?はっ!?え?リンカってば、まさか??」



「ふふ、私はリンカ様のように、小さくて可愛らしい方は好きですよ」



「だ、ダメです。リンカ様にはモナーフ様が……」



……皆さん何を??ティア様まさかって、なんでしょう?

エレンさん……私、十八歳で小さくないですから……


メリル……モナーフ様って、何で神官長が出てくるの??あっ!神官長で、思い出した……何かもらったんだっけ。何だろう?あ~スゴク気になるけど、此処で開けるのはイヤな予感しかしない。

よし!絶対一人になってから、コッソリ見よう……



う~ん、三人して、すごく盛り上がってるなぁ。

そろそろ、止めた方がいいかな?

そんな事を思っていたら、お腹が……


「ぐぐぅ、きゅるるるる、ぐぉおお……」



「ぷぷー……あはっ、うふふ、ほほほほ」


 三人は一斉に噴き出すと、涙まで浮かべて笑っている。

私の顔は、真っ赤に違いない。熱くて汗が吹き出しそうだ、軽く握った手がプルプルしている。



「ふふ、荷解きは後にして、食堂に行きましょう」



「顔が赤くなって、リンカってば、かわいいわ」



「リンカ様、昨日は、夕餉が早かったですから、お腹すきましたよね」



「……」


 私は何も言えず、顔の赤いのが、早く取れるように

平常心、平常心、と呟きながら、はぐれない様に後を付いて行った。


「平常心、平常心、ごはんごはんごはん……」


このままでは、ごはんが、

ゲシュタルト崩壊を起こす……

かもしれない…………


神官長もツライですが、空腹のリンカもつらいのです。

想いのすれ違い度、メーター振り切ってます。


次回、リンカはご飯にたどり着けるでしょうか……


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