14.大巫女ユーフェミア
深い森に囲まれ、澄んだ水を湛える湖
寄せる波音だけが響いていた湖の
延々とつづく静寂を破るように
風に揺蕩う湖面を割いて
湖底から透明な通路が出現していた
シリウス様を先頭に隊列を組んで、透明な通路を進んで行くと、遠くから見ても大きく見えた巨大な塔は、一階部分には窓もなく、そそり立つ壁のように見えた。
目の前の大きく開いた入口の前に、古代ギリシャの女神の様な白い貫頭衣を身に着けた、美しい女性が立っていた。
複雑に結い上げられた髪の色は、ティア様や神官長の様な、銀髪だった。
「久しいのぉ、ユスティア……。美しゅうなって、何歳になった?」
「お久しぶりでございます。ユーフェミア小母様……
先のノヴァン(昨年の11月)の月で、十七歳になりましたわ。小母様にはお変わりなく、ご健勝で何よりですわ。」
「……人の域を超えて既にバケモ……」ボソ……
「ユースヴェルク!!何ぞ、言うたか?」
「いいえ、何も申し上げてなど……お年のせいで耳が悪くなられたのでは?」
「む、年のせいとな?自身が年も考えずに、年端もいかぬ子供に欲情せしおぬしに言われとうないのぉ。」
「な!なにを??」
「身に覚えが無いとは言わせぬ。皆の前で言うても構わぬがのぉ、我は良いが、どうする?ユスティアは聞きたそうじゃが……」
「…………」コクコクッ……
無言で頷くティア様、目がキラキラ楽しそうです。
「……そ、そ、それは……」
おっぉお?何だか神官長がタジタジだ。何だろう……あ、アレだ!
『蛇に睨まれた蛙』!!
旗の色が悪い神官長をニヤニヤ見ていたら
「ふふふ、相手は何も気が付いておらぬのだから、不憫よのぉ……」
「……元々、そんな気など無いと……」
「負け惜しみか?残念な奴じゃなぁ……ところで、そこな娘よ。ヘビニラカエルとは、何の事じゃ?」
「あぇ?えっと、それは……」
「無礼者!!下賤の身で、大巫女様に直答するなど……」
突然矛先が私に?しかも、思っていただけで言ってないのに、訳もわからず答えようとしたら大巫女様のお付きの、女性に咎められてしまった。
「控えよ!レイラ、この痴れ者が!!この娘は、『稀なる者』ぞ。禁忌に触れる故、語れぬが、尊き存在ぞ!」
「……大巫女様、お許しを……」
レイラと呼ばれた若い巫女は大巫女ユーフェミアに許しを請うのだった。
「二度は無い、心せよ!……して、ヘビニラカエルじゃ。早く、教えるのじゃ」
大巫女ユーフェミアはレイラという目付きの悪い巫女を叱責すると、そんな事よりもさっきの続きを、とリンカに向き合うのだった。
「はぁ、あの、蛇に睨まれた蛙というのは、蛇という生き物に蛙が捕食される事から、苦手な物、食べられてしまうほど強い物の前では、怖くて動けなくなってしまう……
負けてしまって、勝てないっていうことです」
「なんと!そういうことであったか……面白い。ユースヴェルクは我には勝てぬとそういうことじゃな……ふふふ」
「はぁ……勝ちたいとも、思いませんがね」
溜め息交じりに、神官長が呟いた。
へぇ~、係長の名前はユースヴェルクっていうんだね。なるほど、だからユース兄様かぁ……
「ところで小母上、いい加減中に入りたいのですが……」
「ぬ、楽しゅうて、うっかりじゃ、……ついてまいれ」
そう言うと、大巫女ユーフェミア様は、叱責したレイラでは無くもう一人の側の仕えていた巫女さんに支えられるようにしながら、塔の内部へと私達を先導していた。
入口を通り抜ける時、何かが触れる様な感触がした。
何だろう?もしや、異世界あるあるの“結界”的なアレかもしれない。
だって……入った先は、まるで別世界だったから……
大きく開いていた入り口と思っていた処には、実際には何も無くて、幻影?ホログラム?3D映像的な、何かだった。
現在目の前にあるのは、螺旋の塔を中心に、壁がゆるりと湾曲しているコロッセオの様な造りの荘厳な建物で、塔の高さも十階建てのビル位だった。
私達が通された部屋は十五畳ぐらいの広さで、中央には円卓と十脚程の椅子が据えられ、それとは別に机と椅子が二組、部屋の隅に備えてあった。
小会議室といったところだろうか……
円卓に、大巫女ユーフェミア様が腰掛けた。
「さて、ユスティアと付き添いの娘よ、先ずは部屋に案内させよう。レイラ……案内を、それと『花嫁の儀』までユスティアの介添えをするのじゃ」
「小母様、案内だけで、介添えは要りませんわ。ましてや、人を蔑む様な者など。」
「ふむ……無理もないか……」
下賤のもの……
ユスティアはレイラが放ったこの言葉を忘れていなかった。
誰とも知らぬ『迷い人』なれば、下賤と罵られるのも無理はない。
だが、同じ様に罵倒された覚えのあるユスティアには許せる筈もなかった。
自由で男勝りな第三皇女……彼女の母は『白の塔』の、
花嫁候補の一人だった。
塔で執り行われる儀式に参列した、当時は未だ皇太子だった現皇帝が、戯れに手を付け、打ち捨てたユスティアの母は、皇国に滅ぼされた少数民族の戦災孤児だった。
表に出せぬ子供、孤児、そういった塔に連れて来られた子供達を、巫女長だったユーフェミアは、情けをかけてはならぬと思いながらも、愛情をもって世話をしていた。中でも美しく賢いユスティアの母を、反対を押し切って側仕えにするほど、大事にしていた。
産みの苦しみの中、儚くなった彼女に、残された娘を託され、七歳になるまで塔で育てた。ユーフェミアにとってユスティアは実の娘の様に、愛おしい存在だった。
皇族の血を色濃く受け継いだユスティアが、第三皇女として皇城で暮らす様になって後、皇族でありながらも、
その血以外何も持ちえない者たちに、浅慮にも言われ続けた言葉だった。
「……」
下賤の者を下賤と言って何がいけないのよ!
大神官の母の実家の出である侯爵令嬢レイラは、第三皇女ユスティアの母が戦災孤児だった事も、七歳まで塔で育った事も知っていて侮っていた。
大巫女に従ってはいたが、その眼の奥には、戦災孤児の血を引く皇女や出自の分からぬ迷い人に対する嫌悪や憎悪といった悪感情が渦を巻いていた。
「大巫女様、私がその役、承りましょう」
大巫女ユーフェミアを支える様に付き添っていた、もう一人の側仕えの女性が申し出た。
「エレンでしたら、私も異論はございません。いえ、ぜひ、お願いしたいですわ」
ユスティア様も、もう一人のエレンという女性ならいいようだ。
「む……エレン、か……ふむ、エレンよティア達を頼む。レイラ、エレンの代わりを誰ぞ呼んでまいれ。そのぐらいの事は出来よう?」
「……仰せの通りに、大巫女様」
レイラは大巫女ユーフェミア様の言い様に顔を歪めながらも、両腕を胸の前で交差し軽く一礼すると、退出して行った。
「ティア様、荷車に積んであった物は、既にお部屋へと運ぶ手配をいたしました。他に何かございますか?」
「ありがとう、流石はエレンね、やることが早いわ」
ティア様とエレンさんは、知り合いなのかな?親しい感じがする。
「そう言えば、付き添いの娘、其方の荷はどうした?ユース、どうなっておる?」
「あ、あの、私、リンカです。リンカと言います。私の荷物はここに、あります」
大巫女様に聞かれた私は、マイバッグと、腰につけていたウエストバッグを見せた。
「リンカと、そう申すか……。して、それだけか?着替えは……ユースヴェルク……腕に囲いし娘に、気が利かぬ奴じゃ。何、心配するでない、我が何もかも用意しようぞ。……憂いなく過ごさせよう」
「気が利きませんで……小母上がご用意して下さるなら安心です。年は喰らっていても一応は同じ女性、微に入り細にわたり、お心を砕いて下さる事でしょう」
確かに、神官長の心臓は砕かれてるかも……
「フン、気の利かぬ男なぞ、需要が無いのぉ、サッサと帰るが良いぞ?」
「小母上の意に沿いたくとも、未だ用が済んでおりませんので……」
二人の応酬に、お鉢が回る事を恐れて、誰も口を挟むことが出来ない。
ブリザードが吹き荒れているようだ。誰だって、巻き込まれたくはないだろう。
シリウス様も飛び火を恐れて、知らんぷり?かと思ったら、何事か騎士達に指示中でした。
う~ん、我、関せず?空気読んでも気にしない?……流石はシリウス様です。
「……代わりの側仕えも参ったことですし、部屋にご案内致しましょう。大巫女様、御前失礼いたします」
両腕を胸の前で組み一礼すると、ティア様に手を指し出した。
エレンさんに先導され、ティア様の後ろをメリルと並んで付いていく。
「待て……リンカこれを……」
部屋を出る直前、神官長が箱に入った何かを手渡してきた。
「?……あ、ありがとうございます……でも、これ、なんですか?」
「大したものでは無い、使えばよい……もう、行け」
半ば追い出されるように、神官長に部屋から出された。
手渡されたソレをマイバッグに放り込み、再びティア様について歩いていく……
異世界に着て二日目の私には、わからないことばかり……
周りに逆らわず、流されるように付いていくだけ……
それにしても……
あぁ……
お腹がすいた
ユーフェミア様の外見は幼女ではありません。
幼女だったらロリ○○アでしょう?
次回は神々の事情についてです。




