13.湖の隠し通路
早朝の薄暗い森を抜けると、対岸が見えない程大きな湖があった。
静かに波打つ透明な湖水の中心に、天へと登っていくかのように、上に行くほど細くなる螺旋状の白亜の建造物『白の塔』があった。
森と湖の間の開けた場所で、乗っていた馬車が止まると、扉の向こうからシリウスが声をかけた。
「現在周辺の状況を確認中。今暫くこのまま車内にてお留まり下さい」
私は神官長の膝の上から、やっと解放された。
精神的ダメージが半端ない……
うぅ……きっとゲームだったら、私のHPはカスカスの瀕死状態だ。
誰か私に回復呪文を……もしくは回復薬を……
そんな事を思っていた。
決して現実逃避ではないからね?
「……『白の塔』に入る前に、話しておく事がある」
無表情に、突然神官長が話し始めた。
「『白の塔』は、花嫁候補の者たちと、成人を迎えた貴族子女が修練をする場所だ。嫁ぎ先が決まるか、迎えが来るまで娘達は塔から出る事が出来ない。花嫁候補以外にも、神に仕える巫女達が生涯を過ごす場所でもある」
「えっと、ティア様は、花嫁なんですよね?迎えが来るんですよね?付き添いっていうのは……ティア様が出るときに、一緒に出られるんですよね?」
「……話は、最後まで聴きなさい。ティアの立場は特殊なのだ。皇族として、六日後の『花嫁の儀』に出なければならない。儀式が終われば、聖騎士団・副団長の務めにも戻れよう。求婚者が現れでもすれば、また違うがな……」
「うふふ、お兄様ったら、余計な事を……」
うわぁ、般若がいる……怖い……
「あら?リンカ、どうかして?」
私は無言でプルプルと首を横に振った。
車内の温度が一気に下がったようだ。
「付き添いの私はティア様と一緒に塔から出られますよね?それで、付き添いって何をすればいいんです?」
これだけは、聞いておかないと……
「付き添いは、付き添いだ……」
何じゃソレ?わかりません先生!もっと詳しくプリーズ!
「花嫁のお世話とか?……って、メリルに世話される私がティア様のお世話って、出来るのかな?」
「無理だろう……」
「無理ですね。お二人のお世話は、私が致します。お任せ下さい」
ぅあ、二人してバッサリ……で、でも、悔しくなんて、無いんだからね……
「メリル一人じゃ大変でしょう?サポートするよ!」
「サポート?リンカ様それは……?」
「お手伝いするからね。任せて!!」
私はニッコリ笑顔で、メリルに親指を立てた。
「ふふ。思っていた通り、リンカはいいな。付き添いの仕事は私の話し相手だ。退屈なのは、ごめんだからな」
おぉ!話し相手とな?それなら私でも出来そう……
「話をするのは好きです。良かったぁ、私でもなんとかなりそう」
「リンカ、よろしく頼む。昨日の話もじっくり聞かせてほしいからな」
昨日の話って、なに??笑顔コワイ……
「グェッホン……ティア、口調が皇女らしくないぞ。そんな事では、求婚者が現れて花嫁になれる日が来るのは、いつになるかなぁ……」
「あら、お兄様にご心配いただかなくても……私の事よりも、お兄様こそお相手をお探しになったら?行く末が心配ですわ」
「聖職者に伴侶などいらぬ。不要な心配だな……」
フフフ……、ホホホ……って、顔、笑ってないし、怖いから!!誰か何とかしてぇ~……
そう思っていたら、救世主が現れた!神様、仏さま、シリウス様!!
「……お話はお済でしょうか?周辺に異常はございません。どうぞご降車を」
そう言ってシリウスが馬車の扉を開けると、まずは神官長が、馬車から降りた。
続いて、シリウスが差し出した手を取って、優雅にティア様が馬車を降りた。
いいな~、私もエスコートされて馬車から降りたいな~。
そう思っていたら、濃い青色、群青色の短髪の騎士が、手を差し出してきた。
緊張しながら左手を乗せると、グイッと引っ張られてバランスを崩しそのまま騎士にダイブしてしまった。うぅ……恥かしい。
「加減を間違えてしまいました。大丈夫ですか?」
倒れることなく、私を軽く抱き留めた騎士が、謝罪してきた。
「は、はい。大丈夫です。有難うございます。」
うわぁあ、髪が赤かったら、オスカー様だ!
群青色の髪なのが惜しい。うぅ顔が火照ってきたよ……
「どうかされましたか?」
「あ、いえ、知っている人によく似ているので……あ、あの、わたし……リンカと言います」
「カルセドニィ……フレデリック・カルセドニィと申します。では、また後程、可愛い方……」
そう言って、私の左手に軽く口付けると、マントを翻して行ってしまった。
うわぁ~、リアル・オスカー様だ。うきゃぁ……
「顔が赤い……リンカは、カルセドニィが好みなの?好きになったの?」
「な、何言って……そんなんじゃありません。知ってる人に似ていただけです」
「そう、知り合いに似ているのね。その知り合いって、どんな人なの?」
ティア様、グイグイきますね。知り合いって言っても、人では無いし、どう説明したらいいかな?うぅ……
「そんな事より、塔までどうやって行くんですか?橋は見当たらないし、船も無いですよね?」
あの塔……水の中に浮かんでいる様に見えるけど、島にでもなっているのかなぁ……
「あら、はぐらかすのねぇ……カルセドニィに似ているんだから、それって男性よね?もしかして、リンカの恋人だったりするのかしら?」
ありゃ、逃げられなかったか……追及激しいなぁ……
「恋人では無いです、けど……大好きで、好きすぎて眠れなくなるほど大好きで、憧れの人です」
「やだ、お兄様残念……振られてしまいましたわね」
「ティア……戯言はそのぐらいにしておきなさい。塔へ渡るまで、先程の続きを……」
「渡るって、どうやって水の上を渡るのですか?」
「それは、いずれわかる」
船も無いのに、どうやって湖の中心にある塔へ行くのだろう?魔法的な何かがあるのだろうか?それとも、空飛ぶ生き物が出てくるとか?どこかに転位するための魔法陣があるとか?
そんな事を考えていたら、カルセドニィさんと他に二人の騎士さんが、大きな荷車を引いてきた。何処から引っ張ってきたのだろう?見れば、騎士達が来た方角に倉庫の様な建物があった。
最後に馬車から降りたメリルの指示に従って、積んであった荷物を荷車に移していくと、大きな荷車は隙間が無いほど一杯になっていた。
大きな馬車の割に車内は狭いと思っていたんだよね……いやぁ、納得納得。
「では、あちらに移動を……」
カルセドニィさんがそう言って案内する後ろを、ティア様、神官長、私とメリル、最期に荷車を引く二人の騎士さんが続いた。
倉庫のように見えた建物は、石の様な素材で出来ていた。
雨風にさらされているはずなのに、苔とか、怪しい茸とか、何も付いてない。
外壁には馬を繋げるようになっていて、馬が寝る場所も屋根続きになっていた。
……近くで見ると、大迫力だな、お馬さん。
小屋の内部は、手入れが行き届いているのか、埃っぽくも、ジメっとした感じもなく小さな竈があって、煮炊き出来るように小さな釜も備えてあった。
奥にある戸棚には、調理道具や食器でもしまってあるのだろう……木製のテーブルとベンチがあって、少し高くなったところ所には寝るスペースも有り、イメージ的には山小屋といった感じだ。
小屋のそばまで馬車で来ていれば、わざわざ荷車を引かなくてもよかったのでは?と思い、小声でメリルに尋ねたら、小屋に潜んで待ち伏せされていたら危ないから、距離を置いたのだと説明された。他の人に聞かなくてよかった。
神官長とシリウスは、何事か話し合っていた。それを聞いていたティア様は悪い笑顔で、「カルセドニィ」と言っていた。
対照的に神官長は苦虫を噛み潰した(見たことないよ!そんな人)ような顔をしていた。うん、君子危うきに近寄らず……でいよう、っと。
やがて、六の鐘が鳴り始めると急に慌しくなった。護衛の騎士達にも緊張がはしる。
外に出る様に促され神官長に手を取られた。
「……始まった。よく見るがよい」
そう言われて湖を見ると、眼の前で起きている現象に私は声を失った。
それまでは、静かに寄せていた波が、音を立てて激しく湖岸に打ち寄せ、湖の底から何かが、迫り出してきていた。
無色透明なソレは、やがて『白の塔』へと続く一本の道となった。
いやぁ~……アニメのロボットが出てくるシーンを
彷彿とさせる光景だわぁ~
「『白の塔』随行者は、私の他、フォルツァ、カルセドニィ、ミラン、の四名ロータス、ティアーズ、両名は湖岸待機、周囲の警戒を怠るな!出立!!」
「はっ!」
護衛騎士達は、右手を心臓の上まで掲げると、声を揃えて返事をした。
いきなり聞こえた大きく重なった声に、肩をすくめてしまった。
おぉう……迫力あるぅ。それにしても、皆さん、大きいなぁ。筋肉好きには堪らない光景……だな、きっと。フムフム……。
シリウス様ともう一人の騎士様(名前ワカラナイ)が先頭に立ち神官長とティア様、その後ろに私とメリルが並び、荷車を引くカルセドニィ様、最後尾には、もう一人の騎士様が護衛について、湖底から迫り出してきた透明な
通路を進んでいく。
うわぁあ、透明な通路だから、気を付けないと足を踏み外しちゃいそう……
透明だから、湖底が見えるのかな?魚いるかな?異世界なだけに人魚とか、竜とかいるのかなぁ?
そんな事を考えながら、ティア様の後ろについて歩いていると、
「ボーっとして、落ちても知らぬぞ?」
意地悪そうに言うと、神官長はニヤリと口角を上げた。
「神官長、フラグ立てるの止めて下さい。もしも落ちたりしたら、その時は助けて下さいね。」
営業スマイルでそう言うと、神官長は微妙な顔をしていた。ふふふ、きっと、思っていたのと違う答えだったんだな。やったね。
神官長に意趣返しが出来た私は、知らない内に鼻歌交じりで、スキップでもしそうなほど機嫌が良かった。
対して神官長の顔色は、ドンドン悪くなっていた。
私にやり込められたから?そう思ったが、それはこの後起こる大嵐の前触れだったのだ。
150メートル程歩いて、『白の塔』の入り口が見えてきた。
近くで見ると、一階部分は巨大な壁にしか見えない。
入り口の前で、古代ギリシャの女神の様な衣装を着た美人が、腕を組んで仁王立ちしていた。
やっと、塔の入り口にたどり着きました。
次回は二大怪獣大決戦……
では無く、神官長尻尾を巻いて逃げる?




