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白虎の将であった『白凛』と朱雀の将であった『紅焰』の末である西家と南家は、御初代様の時代より犬猿の中だった。
ゆえに、西家の姫が南家の子息に弟子入りするなど前代未聞であり。
それを知った皇帝黄雅が、驚きのあまり茶を吹き出してしまうほどの大事件であった。
寧国上層部を驚愕させた琳の朱夏への弟子入りのきっかけとなる二人の初めての出会いは、寧国の都安寧が激しい雨と春雷にみまわれた夜だったーー。
※※※※※※※※※
二年前の春。
小一時間前までは小雨だった雨は、叩き付けるような激しいものに変わり。
眼を焼くような閃光と大気を揺らす雷鳴が、安寧を襲った。
「きゃああああっ!」
稲光が裂いたのは、夜空だけではなく。
琳の平常心をも雷鳴と共に、ビリビリと容赦なく引き裂いた。
「ひっ……」
琳は部屋の隅にうずくまり、身を丸くして震え。
一昨日、十五になったのを兄達が祝ってくれた時に、もう十五になったので雷が鳴っても一人で大丈夫だと胸を張って宣言したことをとても後悔していた。
(吾、ぜんぜん大丈夫じゃないわよ!? ど、どうして!? 十五はお嫁にいける歳だから"大人”なはずなのに! 大人になったら雷も怖くなくなるって、兄様達が言ってたのに!)
幼いときから、琳は雷がとても苦手だった。
兄達は大人になれば怖くなくなるから大丈夫だと言っていたのに、琳はまだ雷がこんなにも怖くて……。
寧国で女性が成人として認められる十五歳になった……つまり大人になったというのに、雷がこんなにも怖いままというのはどういうわけだろうか?
兄達の言った大人というのは年齢のことではなく、精神的な意味でのことだったのだが……それを理解していなかった琳の頭の中は雷への恐怖と、大人になったはずの自分が未だに雷が怖いことへの疑問でいっぱいだった。
「兄様達の嘘つき! 嘘つき、嘘つっ……ひぃ、また光った!? 煌兄様っ……戰兄様、凱兄様っ! お願いっ、早く帰ってきてっ!」
寧国の四季の中では、春が最も雷が多い。
晴れていた空にあれよあれよと言う間にもくもくと黒く厚い雲が現れたかと思うと、盥をひっくり返したかのような激しい雨と雷が急襲するのだ。
この雷雨は乾燥した大地を潤し、寧国に豊かな恵みを与えてくれるありがたいものなのだと兄達は教えてくれけれど、ありがたいものでも怖いものは怖い。
今までは雷雲が皇域に近づくと、それに気が付いた兄達の中の誰かが急いで宮中から西家の屋敷に戻り、雷を怖がる琳と共にいてくれていた。
雷が遠ざかるまで、怯える琳を抱いて髪や背を優しく撫で、声をかけ続けてくれた。
だが琳は今、一人だ。
雷が鳴っても、もう帰ってこなくとも良いと。
いや、むしろ帰ってきたら怒ると。
無理はするなと言ってくれた兄達に自信満々で言ってしまったのは、琳自身。
激しい雷の中、一人という状況になってしまったのは琳の自業自得だった。
「ふぇえ、に、にい、さまっ……」
自分の発言を後悔した琳の大きな瞳から、涙がどっと溢れ出るのと同時に。
ドオオーンッという轟音とともに、部屋全体が揺れた。
屋敷の近くに落雷したようだった。
「きゃぁあああああああっ…………フギャアァアアアアアアアッ!!」
恐怖が限界点を突破してしまった琳は無我夢中で突進し。
百年前の名工の作った、文化財級の瀟洒な扉を破壊して。
四本の脚で、外に飛び出してしまった。