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寧国恋獣華伝  作者: 林 ちい
師匠な男と弟子な姫。
8/17

 武術のお師匠様である南 朱夏の脇に抱えられた少女、西 琳。

 彼女は15の春まで、西家の屋敷から出たことがなかった。

 琳にとって"世界”とは、西家の屋敷と三人の異母兄達だけだった。


 西 琳という者が西家の末子として存在することは、四家に義務づけられた出生届により他の四家の者達も知ってはいた。

 が、その姿を見た者は15年間唯の一人もいなかった。

 西家当主であり彼女の兄である西 白煌は、妹は身体が弱く、屋敷において療養生活を送っているのだと周囲に言っており……皆がそれを信じていた。

 現在は行われてはいないが、四家は御初代様より継いだ血が薄まるのを怖れ、数代前まで兄弟姉妹で婚姻関係を結ぶことも珍しくはなく……特に西家は皇帝より四家に近親婚禁止令が出るまでに最も多くそれを繰り返していた。

 そのせいもあって、身体の弱い赤子が産まれることも西家では珍しいことではなく。

 妹を案じて、その美しい顔に憂いの色を濃くした白煌の言葉を疑う者は誰もいなかったのだ。

 もっとも、白煌の言葉は全てが嘘というわけではなく、琳は普通の健康な赤子として産まれることできず……小さな、それはそれは小さく弱々しい身体で産まれた。

 その身体は、兄の白煌の片手に収まるほど小さくて……。


 人の形を。

 していなかったのだ。


 それゆえに。

 琳を産んだ母親は。


 腹を痛めて産んだ我が子をその腕に抱くことを、拒み。

 一滴の乳を、与えることすらなく。

 

 その手で。

 我が子を。


 殺そうと、した。

 

 

 

     ※※※※※※※※※




 朱夏は外套に包んだ琳を小脇に抱え、皇域内にある西家の屋敷へと向かった。

 四家は皇域内に各々屋敷を持っており、直系である当主とその家族が居住している。

 琳が兄達と住んでいる西家の屋敷は皇域の西端に位置していて、南門からはかなりの距離があった。

 抱えた琳の身体の重さと体積が減少していくのを感じながら、朱夏は走り……。


(まずいなっ……完全に変化しちまんうじゃねぇか!?)


 人目を避けるため宮苑を横断することを選択し。

 苑内の一番大きな池に架けられた朱塗りの橋を渡りきった時。

 おとなしく俵状態で抱えられていた琳が、手足をばたつかせた声をあげた。


「ウガッ、ウガガッ……ブニャ!」


 だが、その声は。

 すでに、人の物ではなかった。


「完全に獣化しちまったのか!?」


 それは、人ならざるものの……獣の唸り声だった。

 これが、琳が十五歳まで西家の屋敷から出されることのなかった理由だ。


「ガウッ、ガァ……ウガガッ、ガウ!」


 自分が着ていた服と朱夏の外套で小さな身体をぎゅっと包まれてしまい、琳はとても息苦しくて……それを訴えたのだ。

 それが人の言葉でなくても、朱夏は琳の意思を正確に理解することがこの約二年の間にできるようになっていた。


「もう少しだけ我慢しろ、琳!」


 皇域産まれ皇域育ちで、宮苑を遊び場にして育った朱夏には勝手知ったるなんとやら。

 整備された散策用の苑路から脇の小道へと躊躇うことなく足を進め、その奥にある秋海棠の群生の中へと分け入った。

 ここの秋海棠は背丈が高く、長身の朱夏の顎程もあり。

まだ時期が早いため花は咲いてはいないが青々とした葉が繁り、朱夏と琳の身を隠してくれる……。


「ここなら、苑路から俺達の姿が見えない。ほら、安心して出てきて大丈夫だぞ?」

「……グウゥ、ガウウ、ガウ!」

「え? 下衣が絡まっちまって、無理矢理出たら破けそう? ったく、仕方ねぇな~」

 

 まずは外套を外し四つ折りにして、敷物の代わりに地に置いた。

 そして、琳の着ていた衣服の中に腕を入れて、朱夏が取りだしたのは。


「おお~、相変わらずの極上のふわもこだなっ!」 

「ガウッ!」


 虎の子、だった。

 しかも、野にいるそれらとは違い。

 白い毛の……。


「…………お前、こっちの姿ほうは二年前から、胸と同じでちっともでかくなってねぇな」


 地上にいるはずのない、神獣白虎…………の、子虎。


「……ガウッ……ガガガウッ」


 15の時、初めて朱夏と出会った時も。

 琳は、この子虎の姿だったのだ。


 

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