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寧国恋獣華伝  作者: 林 ちい
師匠な男と弟子な姫。
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「今度、吾の家にも遊びに来てね! 茶トラのおじさん、またね!」


 友人となった茶トラの雄猫に別れを告げ、目的の人物に向かって琳は駆けだし……。


「お帰りなさい、朱夏! 紅華様、こんにちっ……ッ!? きゃあああああっ!?」


 琳の大きな声により、その存在に気が付ついた者達の視線がいっせいに自分へと向けられたことに、一瞬ひるみ。

 着慣れぬ衣装の、長い裾を思いっきり踏んでしまった。


「きゃあっ、琳ちゃんっ!?」

「「「「「うわあああっ、琳様っ!?」」」」」


 紅華と顔見知りの南軍の兵士達の声が、響く中。

 勢いよく、地面へ向かって前のめりに倒れ込んだ琳の身体は。




「琳っ!!」




 誰より早く動いた男に受け止められ、顔面を地面に強打することを免れた。


「あ、ありがとう、朱夏っ……あ~、びっくりしたぁ~」


 硬くて広い男の胸から顔をあげ、そう言うと。


「気をつけろっ! このド阿呆がっ!!」


 容赦ない罵声が、琳の顔面に降ってきた。

 罵声の主、南 朱夏の顔は琳の記憶の中にあるものより日に焼け。


「お前、相変わらずそそっかしいな! よう、琳。久しぶりだな」


 琳の名を呼んだ唇からのぞく歯が、いっそう白く感じられた。


「朱夏っ……お、お帰りなさい!」

「琳、怪我はねぇな? 足、くじかなかったか?」

「え? あ、うん、ありがとう。大丈夫……」


 朱夏の端正な風貌に精悍さが増したというか、野性味が強くなったというか……琳は思わずその頬に手を伸ばし、触れた。


「朱夏、ずいぶんと日に焼けた……」


 確かめるように肌を撫で、自分を見下ろす鳶色の双眸を見つめ返すと。


「そうか? この一ヶ月半、鏡なんか見てねぇから自分じゃよくわかんねぇけどな。……ったく、怪我が無くて良かったぜ。お前になんかあったら、俺は西将軍にぶっ殺されちまうからな。おい、何気に呼び捨てにしやがって、お師匠様って呼びやがれ!」


 琳のお師匠様は、軽い手刀を頭頂部にストンと落とし。

 怪我がないのに安堵したのか、険しい表情を和らげ笑んだ。


「は~い、お師匠様」

「あのな~、着慣れない服を着て走るのは止めろ! 今日はずいぶんとめかし込んでるよな? 皇子に会う日だったのか?」

「うん。今日は李迦とお茶する日だったから煌兄様が服を選んでくれて、戰兄様が着付けをしてくれて、凱兄様が髪を結ってくれたんだけど……服と髪、これって吾に、に、に、似合ってると思う!?」


 琳としては、似合うかどうか訊くのにかなりの勇気がいったのに。


「………………ほら、掴まってろ」


 朱夏はその問いは流し、琳を軽々と抱き上げので。


「え? あ、しゅしゅ、しゅ、朱夏っ!?」


 答えてもらえなかったことをどうこう思うよりも、朱夏に抱き上げられたことで琳の頭の中はいっぱいになってしまった。


(うわわっ!? やだ、心臓のドキドキがすごいっ……耳としっぽが・・・・・・出ちゃいそうっ!)


「お、おろして! 吾、大丈夫だからっ!」

「また転ばれたら、俺が困るんだよ。師匠を早死にさせたくねぇなら、不肖の弟子は温和しくしとけ」

「え、あ、う、うん、は、はいっ! お師匠様!」


 色白の琳の頬が、目に見えて赤く染まっていった。


「…………」


 それに気付き、誰より間近でそのさまを見てしまった朱夏は。

 なんとなく、見てはいけないものを見てしまった気がして視線を泳がせ……琳と自分のことを無言で凝視している姉他の視線に気付いた。

 皆が固唾をのんで、こちらの様子を伺っていた。


「……………………何だよ?」


 そう問うと。


「武術馬鹿の愚弟が、女の子をお姫様抱っこしてる姿を拝めるなんてっ……さすがよ、琳ちゃん! 琳ちゃん、あたしの義理妹になってちょうだい!」


 姉、紅華が感極まったように瞳をきらきらと輝かせながらそう言うと。

 紅華の言葉に答えたのは、言外に朱夏への嫁入りを進められた琳ではなく。



「断る!!」



 結い上げた黒く艶やかな長髪を風に舞わせた、白い鎧を身に纏った美麗な武人だった。


「煌兄様っ!?」

「あら? 白煌殿。お久しぶりでございます」


 琳の兄。

 西 白煌だった。

 白煌は、目上の者への最低限の挨拶をした紅華を一瞥もせず、真っ直ぐに朱夏へと歩み寄り。


「朱雀の小僧めがっ! 我が妹にその汚い身で触れるだけでなく、抱き上げるとはっ……」


 朱夏を忌々しげに睨みつけた。


「…………はぁ、まぁ、俺は遠征帰りで確かに汚いっすけどね。砂漠地帯じゃ湯浴みなんて贅沢、できなかったんで」

(やっぱりでやがったな、妹馬鹿の過保護兄貴めっ!)


「……迎えにきたぞ、琳」


 瞬時に表情を優しげなものに変え。

 白煌は朱夏の腕の中にいる琳に微笑み、両腕を差し出した。


「兄様が抱っこしてやろう。さあ、琳。こちらへおいで?」

「煌兄様……」


 鬼神から菩薩のように激変した寧国最強の武人であり最凶の貴人、西 白煌。

 彼の宝物である大切で大事な妹は、そんな兄に微笑み返すことはなかった……。

 

「煌兄様、朱夏は吾のお師匠様なのよ?! 汚いなんて、ひどいことを言わないで! だいたい、今日は東家の青淏おじさまとお仕事のはずなのに、なんでここに…………またお仕事をさぼって、吾の後をつけたの!?」

「り、琳っ……兄様はお前が心配でっ……一ヶ月前より立て続けに皇域に禍鬼が侵入したりと、最近はいろいろと物騒であるしっ……分かってくれ、琳! 兄様はお前が心配で心配でっ」

「お仕事をさぼって吾の後をつけたりしないって、今朝も約束したのに! 煌兄様の嘘つき! 嘘つきな煌兄様には、吾を抱っこさせてあげない! とうぶん、吾に触るのも駄目!」

「り、琳!? そのような悲しいことをいわないでくれっ……琳、兄様が悪かった! もうせぬから、許してくれっ……」

「なら、さっさとお仕事に戻って!」

「り、琳っ……」


 朱夏は、この兄妹の毎度毎度のお決まりの展開に苦笑しつつ。


(西将軍、懲りないねぇ~。一ヶ月半前も同じことして、琳に怒られてたよな。ってか、皇域に禍鬼が侵入したって言ったよな!? しかも立て続けにって……さらっと言ってるけど、それって前代未聞の大事件じゃねぇか! 帰った早々、また面倒くせぇことになりそうだな……)


 内心では、深々と溜め息をついた。







 


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