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寧国恋獣華伝  作者: 林 ちい
朱夏と琳。(過去編)
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「……ぃっ、てぇ~な……いきなり殴るなよ!」

「黙れ、愚弟っ! 遊ぶのは自由だけど未成年は駄目って、お姉様はあんたに言ってあったでしょうが!? あんたが子供作るのは姉としても南家次期当主としても大歓迎だけど、未成年を孕ませちゃ駄目!」

「孕ませてねぇし!」


 頬を殴られた朱夏は姉に抗議の声をあげつつも、琳の身体に手早く掛け布団をかけ。

 内から輝くような美しい白い肌を、己と姉の視線から隠した。

 

(白虎の姿してるから、病弱ってことで屋敷に隠してたのかとばかりっ……人の姿にもなるのかよ! まずいな、傍にいたら身体が勝手に反応しちまうっ……さっきも『紅焰』の意識が強く出ちまって、"今度こそ”なんて言っちまったし、最悪だ!)


「俺はこいつに手なんか出してねぇ! まだ・・なにもしてないって!」


 兄達以外の前で変化してしまった失態に茫然自失で固まってしまった琳を残して、寝台から出た朱夏が姉にそう訴えると。


「はぁ~!? まだ・・ですってぇええ~!? ふ~ん……"まだ”てっいうのは、どうやら本当みたいね」


 紅華は眼を吊り上げて寝台の乱れ具合を確認し、さらに止めとばかり弟の下半身を睨んでそう言ったので。


「げっ!? どこ見てんだよ! 姉貴には女の恥じらいってもんがねぇのか!? それでも妊婦か!?」


 朱夏は慌てて椅子にかけてあった長羽織に手を伸ばし、急いで身に付けた。 


「恥じらいと妊婦は関係ないでしょ? と・に・か・く! 朱夏、あんたはサッサと服着て南軍精鋭を連れて捜索隊に加わりなさい! いいこと!? 南軍で白煌の妹を見つけて、あの胸くそ悪い美麗中年西家当主に恩を売ってやるのよ! そしてお嬢ちゃん、あなたはもうお帰りなさいっ!」


 寝台の前に立つ弟を邪魔だとばかりに脇へと突き飛ばし、掛け布団の間から顔だけを出した状態の琳へと歩み寄り。

 琳の顔を覗き込みながら、声音をうってかわって優しいものへと紅華は変えた。


「まぁ、とても可愛い子ね。美少女じゃないのっ……まだ十三歳位かしら? あなた、朱夏を好いてくれたのね? ありがとう……姉としては弟がこんな可愛らしいお嬢さんに好かれるのは嬉しいけれど、あなたはまだ"お母さん”になるには早いわ。あと二、三年後に、また来てくれるかしら?」


 琳はぶんぶんと顔を横に振って、答えた。


「吾はもう十五だから大人だよ? でも、まだ雷が怖いの……」

「あら、あなた十五歳なの!? ごめんなさい、ずいぶんと幼く見えっ………………え? 吾? あなた今、吾って言ったの!? うそ、そんな馬鹿なことっ……しゅ、朱夏! 今のはあたしの聞き間違いよねっ!?」


 紅華は血相を変え、弟に詰め寄った。

 われーーーーその一人称を性別も年齢も関係無く使用するのは、あの一族しかいない。

 あの一族の当主は今、血眼になっていなくなった妹姫を探している……。


「…………」

「朱夏っ、答えなさいよっ!」


 先ほど殴られた頬を撫でながら、朱夏は言った。


「……あ~、姉貴、すまねぇ! 白煌殿を呼んできてくれるか? 俺からあの人にちゃんと説明すっからさ」

「しゅ、朱夏っ、無理よ! あの凶悪男があんたの説明なんて聞く耳もつはずないわ!? 死ぬ気なの!?」 


 姉の言葉に、朱夏は。


「そんなわけねぇだろう? 俺はまだ、死にたくても死ねねぇよ。不本意ながら、見つけちまったから・・・・・・・・、な」


 そう答えた。




     ※※※※※※※※※※




 朱夏は、死ななかった。  

 琳が、朱夏を殺そうとした兄を止めたからだ。

 朱夏としては琳が止めてくれなくとも、自力で切り抜けるつもりだったが。

 白煌が刃を抜く前に、それまでずっと何か考え込んでいた琳が動いのだ。


 ーー煌兄様の嘘つき! 雷、吾は十五になったのにまだ怖かった! すっごく、すっごく怖かったんだからね!? 嘘つき、煌兄様に大嘘つきぃいいい! 


 端で聞いていても理不尽としか言いようのないことで、自分を案じて駆け付けた兄を琳は盛大に罵ったのだ。


 ーーり、琳!? すまなかった、兄様が悪かった! よ、良し! 詫びに何でも買ってやるし、何でも願いをきいてやるから許してくれ! 


 罵られた兄のほうは朱夏の存在など気にならぬのか、見ていて気の毒になるほどの平身低頭状態で妹に許しを乞うていた。

 そこには朱夏の知りたくなかった西 白煌の真実の姿が……親子ほど年の離れた妹に頭があがらぬ男の姿があった……。

 琳は自分が池に落ちて溺れたのも、西家と確執のある南家の朱夏に助けられるようなことになったのも、夕飯を食べてそこねて腹が空き鳴っているのも、全ては長兄が嘘つきなせいだと喚き散らしたのだ。

 もう一人の兄、西 戰が必死な形相で妹を宥め……やがて、気の済むまで喚き散らした琳は戰の腕をとり、項垂れる長兄を従えて西家屋敷へと帰って行った。


(……う~わ~、こりゃひでぇな! すげぇ暴君っぷりだ。甘やかすにもほどがあんだろ~に!)


 呆れて西家御一行を見送る朱夏を、琳は一度だけ振り向き。

 兄を罵った可愛らしい唇に、桜貝のような爪に飾られた人差し指をあてた。

 その黒曜石の瞳は、"吾が獣姿だったのは内緒だからね!? 吾の秘密を知っちゃったって兄様にばれたら、口封じで殺されちゃうのよ!?" と言っているように、朱夏には思えた……。

 

(西 琳、か……こいつの獣化能力が公になったら、先祖返りだってありがたがって生き神様扱されっかもしれねぇが……逆に畏怖の対象として疎まれ、化け物扱いされる可能性だってある。どっちに転んでも今の時代じゃ、まともな人間扱いされっこない。不幸になるのは目に見えてる。兄貴達が必死になって隠すはずだ……だから住み込みの使用人は置いてなかったのか)


 『我が儘な妹』を全面に押し出してくれた琳のおかげで、朱夏は最強の武人であり最凶の貴人である西 白煌と対峙したというのに、五体満足どころか傷一つおわなかったわけだが……。

 

「…………さすがにこれは、俺だけじゃなく『紅焰』も初体験だよな?」


 その結果。

 無事に、つつがなく。


 西家令嬢誘拐未遂の疑いで。

 地下牢に、投獄されてしまったのだ。


 百足や蜘蛛や、名も知らぬ虫達が這う湿った牢の中で。


「……琳」


 朱夏は、初めてその名を口にした。



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