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寧国恋獣華伝  作者: 林 ちい
朱夏と琳。(過去編)
11/17

 傾国の美女でさえ叶わぬと、顔を伏して逃げ出すような美貌を持ち。

 脚を失うまでは南軍の将軍であった朱夏の父、南 紅侶が絶讃するほどの武人であり。

 機嫌が悪ければ、皇帝さえ平然と無視する男……それが西 白煌だ。

 四家当主の中でもダントツの扱い難くさと自己中心的思考、そしていっそすがすがしいほどの協調性のなさは歴代西家当主の中でも群を抜いていた。

 その彼が、実はとても妹思いの兄であったということは。


「余も幼い時は雷が怖ろしかった。だが、母も父もいてくれた……西家の妹姫にとって白煌は、頼れる兄であり逞しい父であり……優しい母であるのかもしれぬな」


 長引く評議に少々苛立っていた皆の心を少し柔らかくしてくれた。


「さて……この悪天候では、白煌のみならず皆も家人が心配であろう。最後の案件は西家当主抜きでは決められぬのだから、これで今日は終いにするとしよう。青淏、それでも良いか?」


 皇帝のその言葉に、宰相である東 青淏が恭しく頭をたれて。


「はい、黄雅様」


 朱夏はやっと、代理の代理の役目から解放されることになった。

まずは皇帝が退室し、四家当主達が続くのだが……彼等より格下である朱夏は、四家の者の中で一番最後に評議場を出た。

 そして、夕飯のことを考えながら、南家の屋敷へ帰るために歩き出し……。


「…………春雷、か」


 途中にある中央回廊で足を止め、想像以上に土砂降りであった雨と稲光を眺めた。


「雷って、綺麗だよな~…………俺は好きだ」


 綺麗という言葉より。

 美しいという言葉のほうが。

 雷には、似合う気がした。


「……"好きだ”、か。あの人・・・にそう言えなかったのは、てめぇが臆病者だからだぜ、『紅焰』」


 『紅焰』ーー南家の御初代様で、朱雀族の将だった天人。

 そして、春雷の夜に。

 あの人・・・を追って、自ら命を絶った男……。


「…………まぁ、てめぇが臆病者だったおかげで、今の南家があるんだ。南家当主の息子としちゃ、礼を言うべきなのかもな」


 朱夏の言葉に呼応するかのように、ひときわ激しい雷が夜空を切り裂いた。


「………………」


 雷鳴に聴き入り、雷光に見惚れていると。

 雨の勢いはしだいに弱まり。

 雷も遠のいていき……。

 厚い雲の間から、月がわずかにのぞくのを見て。

 遠回りにはなるが、久しぶりに夜の宮苑を散策してみようと思いたったのだった……。




     ※※※※※※※※※




 雷雨後の、足元が水浸しの宮苑を散策するような物好きは他にはおらず。

 心地よい静寂が、橋の欄干に肘をつき月を見上げる朱夏を包んだ。


「……西 白煌の妹姫、か。西家御初代様の白凛に、少しは似ているんだろうか?」


 夜空にぽかりと浮かぶ月に、もう二度と見ることはできない金の瞳を重ねてしまったことを朱夏は悔い。

 先ほどの雨で水かさを増した池へと、視線を移した。

 闇色の水面を、月がゆらゆらと泳いでいた……それはまるで、涙で揺らぐ瞳のようだった。


「もしそうなら、俺は絶対に会わないほうがいい。紅焰の野郎は、まだ白凛に未練タラタラだからな~。まぁ、屋敷から出ることのない姫じゃ、俺が会う機会も可能性もないはずだ。大丈夫だろう、うん」


 白凛に似た女が現れたりしたら、紅焰が暴走しそうで怖い。

 あの西 白煌が大事に育てているらしい妹姫に手を出すような事態になったら、西家と南家の全面闘争が勃発し、最悪の場合寧国は内乱状態に陥る可能性だってある。

 そもそも、西家と南家は御初代様以来の一触即発の犬猿の仲だ。

 そうなってしまったのは、南家の祖である朱雀の将『紅焰』に責があるのだが……確かに紅焰が悪かったと朱夏も思うが、白凛がもう少し早く言ってくれていたら……。


「……あ~、もう考えるのやめよう! 大昔に終わったことを今さらあーだこーだ言っても何も変わらねぇんだし! さっさと帰って、飯食って酒飲んで寝ちまっ……んっ?」


 バシャバシャと、忙しない水音が朱夏の耳に届いた。

 池には他種の生物が棲み、鯉や鯰だけでなく水鳥も多くいる。

 だが、あきらかにそれらの生き物の発するようなものとは違った。

 まるで小さな子供が溺れているかのような激しい音に、朱夏は欄干から身を乗り出すようにして水面を確認し……鳶色の眼を見開いた。


「なんだあれ? 犬か?」


 大きさからして、貴族の子女が好んで飼う室内犬のようで……。


「犬って泳ぐのが得意なんじゃねぇのか!? ……ん? あの鼻と脚はっ……」


 溺れてるようにも見えるが、あれも本人(本犬?)的には犬かきのつもりなのかもと思ったが。


「……違う、犬じゃねぇ! 猫だ!」


 朱夏が見下ろした水面には、今にも沈みそうな鼻と必死にもがく前脚があった。

 それは犬のものではなく、猫のものだった。

 普通の猫よりかなり大きな体軀だったので、犬と勘違いしてしまったのだ。


「鯉でも獲ろうとして、池に落ちたのか!? なんつー鈍臭い猫だ!」

 

 何だかんだ言いつつも、朱夏は手早く腰の剣を外し。

 欄干を蹴って、池へと飛び込んだが。

 朱夏の手がその身に届く前に、猫は力尽きたのかいっきに水に飲まれて沈んでしまった。


「ったく、しょうがねぇ。俺、所詮は鳥属性だから猫はちょっと苦手なんだけどな」


 朱夏は大きく息を吸い込み。

 沈んでいく猫を追って、闇色の池に潜った。







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