サイレントジェスチャー
そしてその日の放課後。
「よし、じゃあ今日は『サイレントジェスチャー』をしようか!」
「サイレントジェスチャー…ですか?」
その名前からだいたいどういうことをするのか分かる。
つまり言葉を発さずにジェスチャーのみを使うことによって表現力を鍛えるということか。
「ルールは別に分かってるね!じゃあ…全部で五人いるから二人と三人に分かれようか!一花と朝陽くん。あたしと柊とゆりりんでいいね!」
「にゃ…!」
「なんでそうなるんですか!!」
あまりにもわざとらしすぎる組み分けに一瞬で顔を赤くする桜ヶ岡先輩と抗議の声を上げる俺。
その反応を見て葉音先輩は『ちちち』と人差し指を振る。
「これも立派な特訓だよ!!作戦書によると演技になると一花は大丈夫になるからまずは『演劇の練習をしながら距離を詰めましょう』だって!!」
「むっ!確かに筋は通ってる…」
「作戦書ってなんだ?」
柊先輩は机に頬杖をついたまま葉音先輩に尋ねた。
なんだ…てっきり他の部員も知っているものだと思ってた。
「椎菜先輩に作ってもらったんだよ!一花の攻略法!!」
攻略って!!ギャルゲーじゃないんだから!
柊先輩は葉音先輩の言葉を聞いても何もツッコまない。
先輩ならここで何か言うと思ったのに…
今俺が座っている位置からは柊先輩の顔の表情を窺うことは出来ない。
そして……
「そうか…」
柊先輩は小さくそういうだけだった。
「…あー、そうだ。俺教室に忘れ物してたわ。ちょっと今から取りに行ってくるから先に練習始めておいてくれ。」
そして柊先輩はそう言うと返事も待たずに出て行った。
なんか様子がおかしかったような…?
「よし!じゃあ二人ずつに分かれて練習始めようか!!」
❁
「じゃ…じゃ……れ……しゅ…はじめ……か……」
二人ずつに分かれた後桜ヶ岡先輩は俯きながら小さくそう言った。
言葉の断片から読み取るに『じゃあ、練習を始めましょうか。』と言ったのだろう。
「はい、始めましょうか。まずどっちからしますか?」
これはチャンスだ。
もちろん桜ヶ岡先輩の人見知りを直すためっていうことは分かっているけど、こんなに近い距離で先輩と話せる機会なんてそんなになかったのだ。
ここでいいところを見せなければ!
「じゃ…わ…私から…します…」
今度は聞き取れた。
先輩はそう言うと赤い顔のまま少し距離を取りしゃがみ込む。
そして頭を低くしお尻を突き出して伸びをする。そして小さな舌を出し顔をこする手を舐めるような仕草をした。いや、もちろん実際に舐めたわけではないけど。
この仕草は……
声に出して鳴きまねをしたわけではないのにその仕草だけで『にゃー』と泣き声が聞こえてくるようだ。
なりきってる…ジェスチャーだけなのに…こんなにも伝わってくる…
これは……
「猫ですか?」
そう、どこからどう見ても猫だった。
両手を『グー』にして顔の前に持ってくるなんて定番の動きを避け敢えてこの動きを選ぶなんて…
さすが演劇部のエース。
俺の答えはやはり合っていたようで桜ヶ岡先輩は笑顔を浮かべ『うんうん』と首を縦に振った。
そして立ったまま俺をじーっと見る。
先輩に見つめられ顔が赤くなるのを感じながらそういえば次は俺の番だったということを思い出す。
えーっと…どうしよ…何か…
そこでフッと思いつく。
先輩が動物なら俺も……
肩幅に合わせ足を開き胸の前に『グー』に握った手を持ってくる。そして両足でジャンプして先輩に近づきすぎないように少しだけ前に進む。
あえて露骨な動きはしない。せっかく表現力を鍛える練習なんだ。
さあ、渾身の演技だ。
どうだ!!
「…?」
先輩は首を傾げている。
ああ、だめだ…分かってない顔だ…
そして先輩はハッとした。そして答えを言う。
「…キョンシー…?」
ズッコケた。確かにそう見えないこともないけど!!
俺ってそんなに演技力ないかな…
「…正解は『カンガルー』です。」
先輩には伝わらなかったけど少なくとも俺はそういうつもりで演技してた。
「カンガルー……フッ、フフッ…」
よっぽど俺の動きが滑稽だったのか先輩は体を折りお腹を押さえて笑い出す。
そして笑い過ぎて目の端に溜まった涙を拭いながら先輩は笑みを浮かべた。
「そ…そんなに変な動きしてました?」
「そ…そうじゃなくて…カンガルーに…見えない…なんで…その動きにしたの?」
笑いをこらえながら先輩はそう言う。
演技ではない桜ヶ岡先輩の笑顔は初めて見た気がする。
先輩の笑顔は可憐でとても魅力的で…一瞬で俺の頭に残った。