佳木椎菜
俺にとっての演劇部第一回目の練習日の夜二十二時。
俺は自室でアニメを見ながらラノベを読んでいた。
最近になってこの方法を編み出したのだ。これだと時間の短縮になり、より多くの作品に触れることが出来る。
でもこの方法をとるときは注意点がいくつかある。
それはアニメとラノベを同じジャンルまたは同一作品にしないということだ。
例えばバトル系のアニメを見ながらバトル系のラノベを読むとせっかくの白熱したバトルシーンが混合し、どちらかの作品がおろそかになってしまう。
やっぱりバトルシーンのときはその作品に集中したい。
あくまでこの方法をとるときはライトノベルは一度読破したものであることというのがポイントだ。
だが、時間がもっとたくさんあるならやっぱり一つずつじっくり読みたいのだが。
俺が今期で見ているアニメ作品は全部で三十作品ほど。
まさかこんなに良作ぞろいだとは……
部活にも入っているので睡眠時間がどんどん削られている。
だがしかし!アニメのためなら構わない!
良作を見逃すくらいなら睡眠時間をなくす方がはるかにマシだ!!
あー…、そういえば…ラノベや漫画、ギャルゲーも今月発売するのがあったな…
近場の本屋に行くのもいいが事前にリストアップ済みの作品は隣町にあるアニメショップまで行って買うようにしている。その方が店舗限定特典も手に入るし。ついでに新作のグッズもチェック出来るのだ。
今日は月曜日。今週の土曜日にでも隣町に行くか…。
そこで小学校の頃に買ってもらったフィギュアや本棚に入らない本が置かれた勉強机の上に放置されたままの携帯電話が震えだす。
お気に入りのアニメのオープニング曲、携帯電話のバイブレーションに合わせて軽快な音楽が流れだす。
「ああもう、せっかくいいところだったのに…こんな時間に誰だ?」
本に栞を挟み、パソコンで再生していたアニメを一時停止にする。
そして嫌々立ち上がり携帯電話に表示された名前を見ると……
「…葉音先輩?」
なんで…先輩が…
「あ……」
思い出した。
そういえば今日の練習の最後に番号交換したんだった。
『作戦決まったら連絡するよ!!』
そうは言っていたがまさかさっそく今日連絡が来るなんて…
小さく溜息を付き携帯を耳に当てる。
「もしもし?由真ですけ…」
『っやっほーい!!こんな遅くに悪いね!!』
電話を取った瞬間、途轍もない大声が響いた。
至近距離で大声が響き耳がキーンとなる。
葉音先輩はその一瞬のうちに俺から聴力を奪った。
まあ、すぐ回復したけれども。
「なに大声出してるんですか!?今一瞬俺の聴覚なくなりましたよ!!それに近所迷惑です!」
『朝陽くんだって大声出してるじゃないか。それに大丈夫だよ、あたしは。今家にいないからね。』
「はぁ?親御さんとどこかに行ってるってことですか?」
こんな暗い時間帯だし、家にいないのならそれしか考えられない。
『…親…親ね……、う…ううん。そうじゃないよ。今は…家の近くの海にいる。』
「海ぃ!?なにしてんですか!こんな時間ですよ!!不審者にでも会ったら危ないじゃないですか!!先輩は楽観的すぎです!女の子なんですからちゃんと考えてください!」
『…びっくりした…』
電話越しに聞こえる先輩の声はいつものハイテンションボイスに比べるとひどく小さい。
「なにがですか?」
『いやー、…その……キミはあたしを心配してくれるんだなって…』
「はぁ?そんなの当たり前ですよ。それはそうとして何か用ですか?」
耳から携帯を離しちらりと画面を見ると通話時間は結構経っている。にも関わらずこのままじゃ先輩のテンションに乗せられなかなか本題に入れそうもなかったのでそう切り出す。
『あー、そうだった、そうだった。いやー、朝陽くんと話すのが楽しくてついつい本題を見失ってたよ!』
「もう、しっかりしてくださいよ。それで何か用ですか?」
『そうそう、作戦決まったから明日の朝七時に集合ね。『よしき書店』ってわかる?』
俺がよく行く駅前の本屋だ。
「知ってますけど…」
『じゃあそこに集合ね。そういうことだから。じゃ、ばいばーい。』
「あ、ちょっと先輩!?」
そして通話は切られた。
結局なんの電話だったかわからない。
作戦って…なにするつもりなのだろう…
本当に掴みどころのない人だ。テンションが高く、いつも笑顔を絶やさないムードメーカ……いや、トラブルメーカー。
「あの人悩みとかなさそうだよな…」
先輩のいう『作戦』というのがどんなものかは分からないがこのモヤモヤした気持ちは明日まで続きそうだ。
❁
そして日をまたぎ時刻は午前七時過ぎ。
「ふぁぁ…」
眠い目をこすりながらあくびを噛み殺す。
いつもなら鳴り響く目覚ましに勝利し、愛すべき布団に包まれて二度寝という幸せを噛みしめている時間だ。そしてその後はだいたいいつもなかなか起きてこない俺を起こしに来た妹にドロップキックを食らわせられる。
それにしてもまだかな、先輩。こういうイベントは今まで体験したことがなかったから少し早めに来すぎていたらしい。
でも、こういうのって結構メジャーなイベントだよな…『ゴメン、待った?』『ううん、今来たとこ。』みたいな。
「ごめんよ!遅くなった。待った?」
「いやいや、ホント遅いですよ。もう時間過ぎてるじゃないですか。」
現実は二次元みたいにそう上手く出来てはいない。
ちらりと時計を見ると針は約束の時刻より十五分先を指している。
呼び出しておいて遅刻なんて…
おかげで今日は三時間しか寝れてない。
「もうそこは『今着いたとこだよ。』っていう場面じゃないかー。」
「そんな『お約束』の展開はしません。そういうのがしたいなら彼氏にでも頼んでください。」
「あたし彼氏いないんだけど!?なんか今日の朝陽くん冷たくない!?」
「こんな朝早くに呼び出して遅刻しておいて言うことですか!?俺、朝は弱いんです!機嫌が悪そうに見えるのは勘弁してください!」
「あー…、それならそうと言ってくれればよかったのに。」
「先輩が言う暇をくれなかったんでしょ!!」
朝の駅前に俺と葉音先輩の声が響く。
近所迷惑になるかもなんて考えは朝のぼーっとした俺の頭の中にはなかった。
「あの、お客さん?近所迷惑ですよ。」
その時ガラガラと『よしき書店』のシャッターが開きよく見る強面の店長が出てきた。
お・こ・ら・れ・る!!
「あ、おじさん、おはようございまーす!」
そんな店長さんに葉音先輩は臆するどころかいつも通りの明るい声で普通に挨拶をする。
「ああ、葉音ちゃんか。元気なのは結構なことだけどこんな朝早くにうちの前で叫びあうのは勘弁してくれんか?店の評判に関わる。」
「そうですよね、ごめんなさい。」
「そっちの子は…」
そう言いながら店長は俺の顔を覗き込む。
「や…、俺は…」
「ああ、君のことは知ってるよ。いつもうちでたくさん買い物してくれるからね。」
覚えてくれてた…
どうやら不審者扱いされて通報…なんていう可能性はないようだ。
「それでこんな朝っぱらからうちになんの用だい?」
「ああ、そうそう!椎菜先輩いますか?」
椎菜先輩?誰だろう…
「ああ、椎菜ね…。あー…そう言えば朝のうちに葉音ちゃんが来るって言ってたっけな…。ちょっと呼んでくるから店内で待っててくれないか?新作入荷してるよ。」
「マジっすか!!じゃあお邪魔しまーす!!」
新作をこんな早くに手に入れられるなんて…!!
俺はウキウキした気分で店内に足を踏み入れる。
「朝陽くんは本好きなの?」
ライトノベルコーナーを眺めながら葉音先輩は問う。
「好きですよ。ジャンルによって好みはありますけどね。」
「へー…あたしこういう本は読んだことないんだよね。今度おすすめがあったら貸してくれる?」
「せっかく本屋にいるんだから気になる本を買ってみたらどうですか?」
「んー、お金あまり持ってきてないから今度ね。」
「さいですか。」
そんなやり取りをしていると店内のスタッフ用の扉が開かれ私服姿の女性が出てくる。長めのスカート、白いブラウス、サイドテールに結わえた長い髪の上にはリボンのついた白いカチューシャが乗っている。
綺麗な人だった。俺に『好きな人』がいなかったら惚れていてもおかしくはなかった。
「おはよう、待たせてごめんなさいね。」
その女性は透き通るような綺麗な声でそう言った。
「おはようございます、椎菜先輩!」
「相変わらず元気ね。それで、そちらの『彼』が例の?」
「あ、はい!そうです。ほら、朝陽くん。」
そして俺は先輩に背を押されその女性の前に出される。
「あ、あの…俺、由真朝陽と言います。」
「そう、あなたが…。よく店内であなたのことは見かけるわ。いつもこんな寂れた本屋を贔屓にしてくれてありがとう。」
「寂れた本屋って…でもこの店ライトノベルも漫画もすごく品ぞろえがよくって!俺は好きです!」
「……まさか出会ってすぐの男の子に告白されるなんて思ってもみなかったわ。」
「違います!俺が好きなのはこの店です!」
「…振られるのも生まれて初めての経験だわ。」
この人も葉音先輩と同じく人の話を聞かない系か!?
しかも葉音先輩とは対照的に基本無表情で声も淡々としていてますます掴みどころがない。
「ああ、まだ自己紹介がまだだったわね。私は佳木椎菜。この本屋の一人娘。今は明吹大学の文学部に通ってるわ。」
「ちなみに椎菜先輩は元演劇部だよ。しかも演技は上手い!その上脚本も手掛けていたんだから!!」
「えぇ!!脚本をですか?」
「そんなに驚くことかしら?でも私の脚本なんてお粗末なものよ。」
「なーに言ってるんですか先輩!!先輩の脚本プロの人からも評価されてるじゃないですか!」
「えぇぇ!!プロからって…それすごいじゃないですか!」
「そんなすごいものではないわ。それに私は脚本家になるつもりはないもの。」
淡々と先輩は言う。
せっかく才能があるのにもったいない。
「あなたはライトノベルが好きなの?」
「はい、好きです。」
「ちなみに最近のお気に入りは?」
「そうですね…最近はこの『椎月芳野』先生の『失恋ラブレター』って本がすっごく好きです!!心情描写がすごく細かくて、登場人物たちの感情がすごく伝わってきて!それにヒロインがとにかく萌えるんです!それで……」
そこで先輩の驚いたような顔に気付きハッとする。
ヤバい…つい語りすぎてしまった。
もしかして引かれてる…っ!!
「へぇ…そうなの…」
だが、そんな俺の心配は杞憂だったらしく、先輩は薄い反応をする。
その表情からはなにを考えているのか読み取れない。
「…では、本題に入りましょうか。葉音。」
「はい!!」
「本題って…」
例の『作戦』というやつだろうか。
「はい、これ『例の』ものよ。」
「へへへ、確かに受け取りましたぜ。」
芝居がかかった声で葉音先輩は差し出されたプリント用紙を受け取る。
「何なんですか?それ?」
「お、気になるのかい?朝陽くん?」
「そりゃあ、まあ…」
「はいこれ。」
「?」
先輩は紙を俺の目の前に突き出す。
そこには…
『桜ヶ岡一花キャラ改変計画』。
おう……これは…
「なんか…タイトルだけ見ると危ない計画のように見えるのは何ででしょうかね!?」
「まあ、そういうことだから学校に行きながら作戦会議をしようか!!」
「あの…葉音先輩?いまいち話が見えてこないんですけど。」
「朝陽くんは知らないだろうけど去年も先輩とあたしでこの作戦を立てたんだよ!!先輩に今回のことを話したら『面白そうね』って話になって作戦を立てるのを先輩が、実行するのを私がするってことになったわけ。今日は先輩が早速書いてくれた作戦書をもらいに来たんだよ!ついでに朝陽くんのことも紹介しようと思ってね。」
「この時間に呼び出したのはそういうことか!! …ってことは…」
前に柊先輩が言ってた葉音先輩と協力して計画を立てた先輩ってこの人のことか…!!
「まあ、そういうことだからよろしくね。由真君。」
佳木椎菜先輩は相変わらずの淡々とした口調でそう言った