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山荷葉せんぱいと凡人くん  作者: 成浅 シナ
3/18

決意

先輩に一目ぼれしてから一月が経った。

ゴールデンウィークもいつの間にか過ぎ去り気温も暖かい。


この授業さえ乗り切れば後はもう放課後だ。俺は机の中に入っていた一枚の紙に手を伸ばし握りしめた。

昨日一時間かけて書いた三文字の文字。そしてこれから提出しに行く予定の一枚の入部届を。


あの日以来ずっと桜ヶ岡先輩が俺の頭の中を占めていた。

だが、当然先輩とお近づきになりたいなんて言う俗な理由で『演劇部』に入部しても続くわけがない。だから入部しようと考えたのにはそれとは別に理由がある。


そう、あれは俺がまだ小学生のときだった―――

俺の両親は普通とは少し違う。

父親がラノベ作家。そして母親がイラストレーター。

二人は父親の書いた小説の出版が決まったときに出会ったそうだ。父親が物語を紡ぎ、母親がイラストを描く。その小説はアニメ化もした。

そんな二人の間に産まれた子供―――つまり俺は二次元好きの両親の影響を強く受け、物心がつく頃にはアニメやゲームに多く触れていた。

だが、そのせいもあって小学校ではいじめの標的にされた。

周りと違う好みを持ち、同級生たちが児童文学を読んでいる間はライトノベルを読み、同級生たちが外で元気に遊んでいる間にも一人で過ごす。

そのせいでクラスでは浮きまくりいじめを受けた。

毎日が暗く染まり、学校に行くのも嫌になった。

だが、学校に行きたくないなんて言ったら両親に心配をかけてしまう。

俺は『両親の愛したものを否定したくない』その一心でクラスメイトからのいじめに耐えた。


小学校を卒業して中学校に上がってからはいじめはなくなったが俺の日常は変わらなかった。クラスではいつも一人。

たまに別のクラスだった達也が気に掛けてくれたのが唯一の救いだった。

中学では隠れオタクを貫き通したが誰かと一定以上仲良くなりそうになると小学校の頃に受けたいじめが頭の中をよぎり結局達也みたいに気兼ねなく話せるような存在を作ることは出来なかった。

灰色の人生。それを受け入れた。


それからは心のどこかで自分はこうなんだ、変われないんだと決めつけた。

だけど…地元から少し離れた俺のことを達也以外知らない高校に入学し、そこで出会った天使―――もとい桜ヶ岡一花先輩。

あの人を見て俺の考えは強制的に捻じ曲げられた。


現実の俺は変えられなくても劇の中でなら…


違う自分になりたい。

確かに俺はアニメが好きだ、ラノベが好きだ、ゲームが好きだ。

それが好きなことを隠しはしても否定はしない。

だけど、その想いを周りに言えない自分のことがとてつもなく嫌いだ。

そんな自分を心のどこかで諦め、見ないようにしていた。でも、そんな現実の俺を変えることはとても難しくて、難しすぎて…

だから…


手に握りしめた入部届に自然と力が入る。

こう決心するのにだいぶ時間はかかったが。

…俺は変わるんだ!

ステージの上で堂々と演じ人々を魅了していた桜ヶ岡先輩のように。

あの日、あの人に勇気をもらったから。


そこで放課後を知らせるチャイムが鳴り響。そしてショートホームルームが終わると鞄に教科書を突っ込み立ち上がった。

心臓はドキドキと鼓動する。手汗をかいて握りしめた入部届が湿る。

立ち上がったまま深く深呼吸。

「よし……行くか…」

「どこに行くんだ?」

「うおぉ!?」

突然横から聞こえた声にびっくりして飛び上がる。

ヤバい!独り言聞かれてた!

ぎょっとしてその声の主を見ると見知った阿保顔があった。

安心して小さく息を吐く。

「…なんだ、達也か…」

「なんだとはなんだよ。昨日お前が言ってた英語の資料を届けに来てやったのに。」

「あー…」

思い出した。確か達也のクラスは俺のクラスより英語の授業が進んでいるから貸してくれと頼んだんだった。

「あー、はねぇだろ。...お前もう帰るんだろ?俺は部活あるからもう行くよ。」

「相変わらず忙しそうだな、さすが特待生。」

達也はサッカー部の一年のエースだ。

昔からサッカーを続けていてこの高校にはサッカーの特待生として入った。俺がこの学校を選んだのも地元の知り合いがいない上に達也がここに入ると聞いたからだ。

「まあな、同じ一年の目も痛いんだがな、嫉妬とか。それはそうとお前何を握りしめてるんだ?すっごいクシャクシャになってるけど。」

そう言われ手に握ったままでいた入部届に視線を落とすと達也に言われた通りクシャクシャになっていた。

「うわ!マジだ!!」

慌てて紙を広げ皺を伸ばす。

そうしていると達也がいつの間にか紙を覗いていた。

「うわぁ、マジでお前『演劇部』に入るつもりか?あんなにやめとけって言ったのに……」

「別に下心で入部を決めたわけじゃねえよ。」

完全に下心がないっていたら嘘になるけど……

「気は確かか?」

「失礼な!!マジだよ!ちゃんと自分で考えて決めたの!」

そう言うと達也は呆れ顔を引っ込めてニカッと笑った。

「まあ、お前がそこまで言うならマジなんだろ?お前が覚悟を決めたなら俺は止めねえよ。でもマジで何かあったらすぐ俺に言えよ。」

「分かった。サンキューな。さすが俺の親友。」

「おいおい、それは言わない約束だぜぇ、親友よ。じゃ、俺部活行くわ。頑張れよ。」

そう言い達也はひらひらと手を振りながら教室を出て行った。

達也が出て行った方を向きもう一度心の中でお礼を言う。そして改めてもう一度気合を入れ直すと皺がまだ残ったままの入部届を掴んだ。


自分で決めたんだ。途中で投げ出してなんかやるか。

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