運命の出会い
由真 朝陽。
私立明吹大学付属高等学校に入学したばかりの高校一年生。
俺には現在進行形で好きな人がいる。
その人との出会いは入学式。
歓迎行事の一貫で行われた舞台発表。
その日、俺は長かった高校で初めてのホームルームを終え、その後新しいクラスメイトと談笑することもなく何も入っていない軽い鞄を掴むと一人外に出た。
そして部活動の勧誘で賑わう正門までの道を歩く。
勧誘の様子ををぼーっと眺めながら歩いていると正門近くの開けた場所にステージが作られているのが見えた。
その上では楽器を演奏している男女が見えた。
どうせ通り道だから少し見て行こう。そう思いステージに近づく。
ステージの端に置かれた紙には『吹奏楽部』という部活動名が書かれていた。
一番後ろに空いている席があったのでそこに座りぼーっと眺める。
『吹奏楽部』『器楽部』『合唱部』……
その美しいハーモニーは徹夜明けの俺には睡眠導入剤のように感じられた。
合唱部の発表が終わったところでもう帰ろうかと立ち上がる。
そしてあくびを噛み殺しながら正門に向かって歩き出す。
その時だった。
先ほどまで見ていたステージの上から透き通るような、でも張りがあって自然と耳に残る声が聞こえ思わず足を止める。
どうしてかは分からなかったけどその声は吹奏楽部の奏でる音や合唱部のハーモニーなんかよりずっと俺の心の中に響いた。
その声の正体を確かめるために引き返しステージの上を見る。
桜が舞うそのステージの上には一人の少女が立っていた。
俺はその少女に目を奪われる。
長い黒髪、細い肢体はこの学校の物ではない白いセーラー服に包まれていた。
その少女から目が離せない。だが何とか視線をステージの端にある部活動名が書かれた紙に向ける。
『演劇部』。
…ということはあの少女は演劇部に所属しているのか。それにこのステージに出てるってことは十中八九年上なのだろう。
ステージでは演劇が進む。
今ステージ上にいるのは少女を含めて全部で四人。
女子が三人、男子が一人。劇の内容はコメディを含んだ恋愛劇のようだ。
時折周りから笑い声が聞こえる。
だが、その笑い声も劇の内容さえも頭に入ってこない。
俺の意識は少女に奪われている。
そのくらい少女に見入っていたのかは分からない。気が付くと劇は終わっていた。
しかもステージでの舞台発表は演劇部で最後だったらしく観客は徐々に帰っていく。
だが俺は椅子に腰かけたまま誰もいないステージを見つめ続けていた。
「よ、朝陽。いつまで座ってんだ?」
すぐ傍から声が聞こえようやく意識が現実に引き戻される。
その声の持ち主に顔を向けるとそこにはよく見知った男が立っていた。
こいつの名前は丹波達也。昔から仲の良い幼馴染。そして俺が今現在で唯一気兼ねなく話せる存在。
「…ーい、朝陽?もしもーし聞こえてますかー?」
「…天使がいた。」
思わず心の声が漏れる。
それを聞き達也は眉をひそめた。
「は?何言ってんだ?またアニメの話か?」
「違う…そうじゃなくて…お前さっきの劇見た?」
「まあ、見てたけど…それがなんだ……って、あーそういうことか…お前桜ヶ岡先輩に惚れたな?」
「桜ヶ岡…先輩…」
「あのメインヒロインやってた人だろ?白いセーラー着た長い黒髪の先輩。」
「なんで達也があの人の名前知ってんだ?」
「去年学校見学がてら来た文化祭で演劇部の舞台を見たんだよ。で、一緒に来てた友達の姉ちゃんがここの生徒だったから聞いたの。一年前の俺も今のお前と同じようにあの人に釘付けになったなー。でもよ、お前のために言っといてやる。親友だからな。あの人は高根の花すぎるんだ。確かに美人だけど普段は無口だし、でも舞台ではがらりと性格が変わる。天才で不思議ちゃん。だから告白も絶えなかったんだけどその全てを玉砕。ついたあだ名は『山荷葉』。」
「山荷葉?」
「ガラスみたいに透明になる花びらをつける高山植物だよ。生物部の奴が付けたんだと。あの儚いイメージとも相まっているからな。これで分かっただろ。お前が何考えてるのかは知らんがあの人はやめとけ。」
「…………は…」
「は?なんだって?」
「だから、桜ヶ岡先輩の下の名前は?」
純粋な質問をすると達也はぽかんとした後眉を寄せた。
完全に呆れられてるのが分かる。
「お前…俺の話聞いてた?」
「聞いてたって。桜ヶ岡先輩が高い山に咲く一輪の花のように儚くて可愛いってことだろ。」
「全然聞いてねえじゃねえか!俺の言葉美化されすぎだろ!?」
「そんなことはどうでもいいから!先輩の名前を教えてくれ!早く、すぐに!」
そう言うと達也は諦めたようだ。大きくため息をついて口を開く。
「一花だよ。桜ヶ岡一花先輩。」
「桜ヶ岡…一花…」
その名前を繰り返す。
「お、おい!ふらふらとどこに行く気だ!?」
「え…?…あ。」
どうやら自分でも気づかないうちに立ち上がり数歩歩いていたらしい。
「危なっかしいな!あれか頭の中お花畑か!?」
「…もう帰ろうぜ。ここ日の光が当たって暑いし…徹夜明けには辛い。」
「まさかのスルーだと!?」
達也の言葉をスルーし正門に向かって歩き出す。達也とのこんなやり取りはいつも通りのことなので怒ることもないだろう。多分。
頭の中は桜ヶ岡一花先輩のことで頭がいっぱいだ。
桜の舞うステージの上に堂々と立ち演じる先輩。
こうして俺は先輩と出会った。