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山荷葉せんぱいと凡人くん  作者: 成浅 シナ
18/18

ライアーズ

 「朝陽君……」

 名前を呼ばれ俺の心臓は大きく跳ね上がる。

 普通ではない独特の雰囲気。

 彼女の荒い呼吸、上気した頬、風でなびく長い黒髪。

 

 そうだ…俺は彼女から……


 先輩は言葉を詰まらせながらも続ける。

「私…私……。ずっと前から…朝陽君のこと…好きでした!」

 はっきりとその言葉を言われ俺の心臓が早鐘を打つ。

 まともに顔も見れなくなる。


 でも…俺は…

「ありがとうございます、先輩。」

 俺の言葉の本当の意味を雰囲気から察したのだろう。

その言葉を聞き目の前の先輩……桜ヶ岡一花は苦しそうな表情を浮かべた。

 

 当然だ。

 俺は今から彼女を傷つけるんだから。


「ごめんなさい。」

 

俺は大好きな先輩に思っていることとは正反対の言葉を出来るだけ冷徹に、簡潔に、相手に未練が残らないように残酷に言い放った。

「ど…どうして……」

 言葉を途中で切り先輩は瞳に涙を浮かべる。

「だって…俺には……」

本当はこんなこと言いたくない。

だって俺は桜ヶ岡先輩のことが………


「俺にはほかに好きな人がいるから。」



「はい!カットーーー!」

 そこで葉音先輩の声が響く。


「はぁ…緊張したぁ…」

「ふふ…でもすごく良くなってたよ。なんか気持ちが入ってて。」

「だったら良かったです…」

 口ではそういうものの俺の気分は晴れないままだ。


 どうしてお芝居だとは言え俺が桜ヶ岡先輩のことを振らなければいけないんだ…

 

 今日は六月十五日。時刻は午後六時二十三分。

 あれからしばらくが経った。

 あれから桜ヶ岡先輩は俺の『特訓』をしてくれている。

 今もその『特訓』の真っ最中。

 内容は『とある高校生たちの恋愛物語』。

 

 先ほどの先輩の言葉は先輩の本心なんかでは決してなく…単なるお芝居、台詞。

 それが先輩の本心だったならどんなに良かったことか……


「朝陽くん!アウトーーーー!」

 親指を立てた葉音先輩の叫びがホールの中をこだまする。

「えぇ!俺結構頑張りましたよ!?先輩の言う通り出来るだけ冷たく言いましたし!それになんで他のシーンはここまでダメだししなかったのに『このシーン』だけダメ出しのオンパレードなんですか!?」

 そう今日は水曜日。

 本来なら今日は部活が休みの日だ。

 だが葉音先輩の一声で今日も『特訓』が行われることになった。

 俺としては桜ヶ岡先輩に会えるので本当なら飛んで喜ぶところなのだが…

「さぁ、朝陽君!次行きますよ!次!」

 台本を片手に笑顔を振りまく。

 その情熱は熱気となって俺のところまで届いてくるかのようだ。


 桜ヶ岡先輩の実力はすごい。

 だから普段から相当練習を積んでいるのだとは分かっていたが本気になるとここまで熱くなるなんて…

 

初めて見たときはその豹変ぶりに驚いたものだ。


あれ以来桜ヶ岡先輩との距離は縮まったように思える。

俺が話し掛ければ一瞬ビクッとなり慌てることは変わらないがよく話しかけてくれるようになった。

なんでも自分から話しかける分には心の準備が出来るからいいのだとか。


練習を開始してからもう二時間は経っている。

だいぶ長時間の練習も慣れてはきたが元々の運動不足が原因ですでに俺も桜ヶ岡先輩も汗だくだ。

 唯一俺と桜ヶ岡先輩の練習を傍観…もとい監督していた葉音先輩だけが涼しい顔で椅子に座っている。

 葉音先輩は雰囲気作りのためにいつも来ているジャージの上着を脱ぎ袖を首に巻き付け、わざわざ持ってきていたサングラスを掛けている。そして手に持ったメガホンをぶんぶんと振り回している。

「そうだそうだ!一花の言うとおりだぁ!」

「特訓してもらっておきながらこんなこと言える立場じゃないないことくらい分かってますけど少し休憩させてください!もう二時間以上ぶっ続けじゃないですか!手威力的にもう限界です!」

「なに言ってんだぁ!軟弱ものめ!このくらいで音を上げてちゃこの先やっていけないよ!」

「でもさすがに限界ですって!葉音先輩も参加してくださいよ!」

「え~、やだよ。だって朝陽くんの特訓でしょ?それにいいの…?あたしが加わったら今よりさらに朝陽くんの肩身が狭くなるよ?」

「それってどういう…」

「あたし…『演劇部(この部)』の部長だよ?」

 そうか…確かになんだかんだで部長を任されているのだから当然その実力はあるに決まってる。

 このテンションだけじゃ部長は務まらない。

「でも桜ヶ岡には負けるけどな。」

 そこで今までずっと端の席から傍観していた二人のうちの一人が葉音先輩に水を差す。

「こら柊!そんなこといちいち指摘しないでよ!」

「でも間違ってはないですよ?」

 柊先輩に賛同するように上月が声を上げる。

「ゆりりんまで!」

「その『ゆりりん』ってあだ名やめてください!恥ずかしいですから!」

「えー、いいじゃん。それはそうとあたしはちゃんとみんなに推薦されて部長になったはずだよ!柊だって私を部長に推したじゃん!」

「そんなのただの消去法だ!」

「桜ヶ岡先輩が部長候補から外れた理由は想像出来ますけどなんで一番の部長候補の柊先輩がならなかったんですか?と言いますか練習用の脚本を探すのも練習の仕切りもほとんど…ていうか九割がた柊先輩がしてますよね?」

 こんなにしっかりしてて頼れるのに…

「俺は…そういうのはやらないんだよ。」

「やらないって…何でですか?」

「なんででも。」

 柊先輩のその声はもうこれ以上聞くなと言っているかのようだった。

 これ以上は踏み込むな、そう言われているかのような…


「もぉ!みんなしてあたしをバカにしてーーー!!だったら今すぐにでも(すず)(くれ)葉音(はのん)の実力を見せてやろうじゃないか!」

 そう言って葉音先輩は椅子から立ち上がる。

「おうおう。それじゃ見せてもらおうじゃないか。お前の本気。でもお前本番以外で本気出すことなんてないじゃねぇか。いっつもいっつも練習では適当な感じなのに本番では観客どころか部員も驚かせるような演技しやがって。」

「いや~、そんなに褒められると照れるな~。」

「別に褒めてない、このバカ。だいたい本番であんな演技が出来るなら練習でもしっかりしろ!」

「だって練習で本気出しても本番で出来るとは限らないじゃん。……『練習』と『本番』は違うんだよ。」

 そう言い葉音先輩は俯いた。

「先輩……?」

 その顔は俯いたせいで陰になり窺うことは出来ない。

「さあ、というわけだから練習始めよっか!あたしが参加するんだから当然柊も参加してよね、それにゆりりんも!」

「えー。」

 柊先輩は心の底から面倒くさそうな声を上げる。

「『えー』じゃないよ!じゃあなんでここにいるのさ!」

「お前が『いまから面白いものが見られるから絶対来ること』ってメール送ってきたからだろうが!『しかも来なかったらどうなるかわかってるよね…ふふふ。』って強制させたんじゃねぇか!!忘れてんじゃねぇ!」

「あー…」

 葉音先輩は思い出したというように声を上げる。

 …って。

「…って『面白いもの』って何ですか!?」

「ま、まあいいじゃないか。それより早くしないと最終下校時刻になっちゃうから早く練習始めよ!ほら朝陽くんも早く初めの位置に戻って戻って!」

「は…はい!」

 まだ疲れが抜け切れてない体を動かし水分補給をしてからタオルで汗を拭う。


「朝陽君。」

 いつの間にか目の前に立っていた桜ヶ岡先輩は台本を持っていない方の手を俺に差し伸べた。

「桜ヶ岡…先輩……」

「練習…行こう?」

 そんな風に言われたらいくら疲れていても、喉が痛くなっても…俺はここで立ち止まるわけにはいかない。

「はい!」

 今の俺はまだまだ実力不足だ。

 完全に『演劇部』のお荷物。

 葉音先輩も柊先輩も同じ一年であるはずの上月でさえも…それにもちろん桜ヶ岡先輩もその実力は俺より遥かに上。

 このままステージに一緒に立ってしまったら完全に俺は浮く。もちろん悪目立ちすると言う意味で。


 そんなことになるわけにはいかない!


 先輩たちの晴れ舞台を俺がぶち壊すわけにはいかないんだ。

 そのためには先輩や上月よりも多くの時間練習して講演までに少なくとも悪目立ちしないようになるくらいの実力をつけなくてはいけない。

 いつか単に人数合わせとして必要とされるのではなく、実力が認められて必要とされるようになるその日まで…!


「先輩。」

「どうしたの?」

「俺、もっともっと頑張りますから…っ!いつか先輩の隣に立てるように!先輩に助けてもらうんじゃなくて俺が先輩を助けられるまで実力つけますから!だから『特訓』付き合ってください!」

 俺の言葉を聞き桜ヶ岡先輩は戸惑ったようだったがすぐに笑顔を浮かべた。

「もちろんですよ。それに私はもう朝陽君にいっぱい助けてもらった。…だから頑張るのは私の方です。…私も早く朝陽君の気持ちに追いつかなきゃ…」

「え…?」

 先輩は何かを小さく呟いたような気がしたが何を言ったのかは聞こえない。

 だが、先輩はその言葉をもう一度繰り返すことはなかった。


 先輩は俺の手を取ると引っ張り起こす。

「もうひと頑張りだよ、朝陽君。」


 

 今は俺の中にあるこの気持ちが先輩に届かなくてもいい。

 今のままじゃ、到底先輩の隣に立つことなんてできないけど…

 どんなにみっともなくあがいても、どんなにかっこ悪くてもいい。

 頑張り続ければ…努力すれば必ずしもいつかその努力が叶うなんてことはない。

 どんなに努力しても報われないこともあるんだから。

 でも、そもそもその努力さえもしなかったら初めからあったかもしれない可能性を失う。一%でもいい。

ゼロじゃない限り可能性はあるんだから。

最低限の努力をしないのなら才能がある人を羨む権利なんてない。

成功できないのは成功者が積み上げてきた努力を想像できないから成功しないんだと父親の代表作である小説に出てくる主人公は言っていた。

 

一生懸命であり続ければ…立ち止まりさえしなければいつか願いは天に届くとそう信じて俺は先輩の手を握り返した。


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